謁見 1話


 王城につき、両親たちとともに謁見の間へ。おごそかに扉が開かれ中へ入り、陛下たちの前まで歩きひざまずく。


「……顔を上げなさい」


 オイゲン陛下の言葉に、私たちは顔を上げた。


 陛下の隣には王妃殿下が座っている。そして、私たちの前に立ちはだかるように立っているのはダニエル殿下とアデーレだ。


 なんと彼らはこの謁見の間で腕を組んでいた。見せつけるような仲の良さアピールに、ため息が出かかった。なんとかこらえたわ。


 王妃殿下が私たちを見つめ、それから口を開く。


「お久しぶりですね、エリカ」

「ご無沙汰ぶさたしております、デイジーさま」


 声を掛けられた私は、王妃――デイジーさまへ挨拶を返す。デイジーさまは、少し安堵したように微笑んだ。


 デイジーさまがオイゲン陛下に視線を向ける。その視線を受け、小さくうなずいてからオイゲン陛下が言葉を発した。


「今日は報告があるとのことだが?」

「はい。我が娘エリカと、フォルクヴァルツ辺境伯との婚約を認めていただきたく……」

「なっ! 婚約破棄して一ヶ月もしないうちに別の男と婚約するなんて、エリカ、お前浮気をしていただろう!」


 お父さまの言葉をさえぎるようにダニエル殿下が叫んだ。よくもまぁ、そんな残念な考え方が出来るわよね……。思わず呆れた視線を向けてしまった。


「黙れ、ダニエル!」


 オイゲン陛下の鋭い言葉が飛んできて、ダニエル殿下は言葉を飲み込んだ。ちらりとレオンハルトさまの様子を見ると、少し驚いたように目を瞬かせている。


「え、あの人が八年もの間、エリカの婚約者だった人?」


 小声でたずねられて、こくりとうなずいた。レオンハルトさまはマジマジとダニエル殿下を見て、「……えぇぇえ」と困惑したように眉をひそめた。……ああ、その表情も格好良いわぁ……。なんて思わずうっとりしてしまった。


「――許可しよう」

「父上!」

「ダニエル。エリカとの婚約に関して、あなたはなにも口を出せる立場ではなくてよ」


 デイジーさまにぎろりと睨まれて、ダニエル殿下は悔しそうに唇を噛んだ。……婚約破棄したっていうのに……なんでダニエル殿下が口を出せると思ったのだろう? なにを考えているのかわからなくて怖いわ。


「レオンハルト・フォルクヴァルツ。そなたのことはこの王都にも耳が届いておる。よくぞ国境を守り切ってくれた」

「陛下の臣下として、当然のことをしたまでです。それに、わたしだけが国境を守っているわけではありませんので……」

「謙虚なことよ。エリカ・レームクール。そなたの才を、フォルクヴァルツ辺境伯の元で発揮しなさい」

「ありがたきお言葉です、陛下」


 ――まさか、陛下からこんなに温かいお言葉をもらえるとは……。


 少し驚いたけれど、レオンハルトさまのことがこの王都にも伝わっているのだと考えると、彼は本当にすごい人なのだと改めて感じた。


「フォルクヴァルツ領にはいつ向かうのだ?」

「お許しをいただけるならば、今すぐにでも」


 ――思わず本音が出た。オイゲン陛下とデイジーさまは、顔を見合わせてから私を見た。


 アデーレがなぜかぎょっとしたように目を見開き、扇子を開いて口元を隠す。


「どうしてそんなにすぐに王都から出て行こうと思うんですか? あ、もしかしてダニエル殿下と婚約破棄をしたから……?」


 紡がれた言葉に聞こえないようにため息を吐く。ちらりと彼女を見ると、ぎゅうっと胸を押し当てるようにダニエル殿下と腕を組んでいて、さてどう返答しようかしら? と考えていると、私よりも先にレオンハルトさまが口を開いた。


「フォルクヴァルツは遠いですからね。それに、善は急げと言うでしょう? わたしにとってエリカ嬢をめとれるのは善なので、急ぎたいのです」


 レオンハルトさまの言葉が、私の心に沁み込んでいくようだった。こんなに私のことを望んでくれる方がいるなんて、なんて幸せなことなのかしら!


「ええっ? でも、そんなに急ぐ理由はないじゃないですか! レオンハルトさまも王都に来たばかりなのでしょう? もっとゆっくり過ごせば良いじゃあないですか?」

「――アデーレ嬢、私を王都から出したくないような言い方ですね」


 アデーレはそれが図星だったのか、一瞬眉を跳ねさせた。口元を隠していても、彼女の表情が歪んでいるのがわかる。


 私が原作の流れを無視していたから、アデーレとダニエル殿下はまだ婚約者じゃないのよね。原作なら、卒業パーティーで婚約破棄を宣伝後、すぐに結ばれるふたりのはずだ。


 八年前に婚約してから、ダニエル殿下の浮気癖に気付いた。そのおかげで彼に本気で惚れることはないな、と感じたのも事実。


 私は私を大切にしてくれる人が良い。


 婚約者になって最初の浮気に気付くまでは、彼に見合う女性になろうとした。浮気に気付いてからは、『ダニエル殿下』という個人ではなく、『王族』の婚約者として胸を張れるようにがんばったのよ。


 彼に見合う私になるという、その決意を……ことごとく台無しにしたのはダニエル殿下だ。


 学園に入学してからも、彼は私よりも他の女性を選んだ。その筆頭がアデーレなのよね。ダニエル殿下はアデーレを選んだ。それだけの話。


「そ、そんなことはありませんわ。ただ、わたくしは……エリカさまとお話をしたくて」

「なぜ?」

「えっ?」


 私が問いかけると、アデーレは目に見えて狼狽うろたえた。


 なにをそんなに狼狽えることがあるのか……。そもそも婚約者を奪ったアデーレと奪われた私で、なにを話すことがあると言うのか、聞かせてもらいたいわねぇ。


「だ、だって……婚約破棄したばかりなのにすぐにお見合いなんて、どういうお気持ちだったのかしらって……」


 だって、に繋がる言葉ではないわよね?

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