王城へ!


 ……そして、正式にレオンハルトさまとの婚約を陛下に報告する日が来た。


 ああ、あまり気が乗らないわ……。たった数週間前の出来事とはいえ、私の心におもーくのしかかるダニエル殿下の『元婚約者』という称号。


 ほんっとうに気が重い……。だけど、陛下に許可をいただかないといけないのよね……貴族同士の結婚って。


「大丈夫ですか、エリカさま……」


 メイドが不安げに聞いてきた。小さくうなずくと、「無理はしないでくださいね」と心配そうに声を掛けてくれた。


「ありがとう。今日は気持ちが強くなれそうなドレスにしてくれる?」

「かしこまりました」


 メイドたちはこの決戦の日に相応しい、赤いドレスを選んだ。ドレスに着替え、メイクもバッチリとしてもらい、自分の心を落ち着かせるために深呼吸を繰り返す。


「お綺麗です、お嬢さま!」

「ありがとう、行って来るわ」


 手首にはプロポーズのときにもらったブレスレット。これを身に付けて、視界に入れるとなんだかどんなことにも耐えられる気がする。気合を入れるようにもう一度深呼吸をした。


 自室から出て行くと、私のことを待っていたのか、レオンハルトさまが扉の近くに居た。私の姿を見ると、ふわりと表情を緩める。


「今日もとても綺麗ですね」


 そう声を掛けてくれた。――この人はっ、これだから……っ!


「あ、ありがとうございます……!」

「……? 頬が赤いようですが、熱でも……?」

「大丈夫です!」


 あなたがさらっと私を照れさせることを言うからです! とは口が裂けても言えない。


 レオンハルトさまはすっと私に手を差し出す。彼を見上げて、それからその手を取った。きゅっと握られる手の温かさを感じて、なぜかはわからないけれど……その体温に緊張が解けていくようだった。


「――行きましょうか」

「……はい」


 玄関まで歩き、王城に向かうための馬車に乗り込む。お父さまとお母さまは別の馬車で向かうようで、私とレオンハルトさまはふたりきりだ。


 馬車が走り出し、窓から流れる風景を眺めていると、ぽつりとレオンハルトさまが言葉をこぼす。


「不思議な感じがしますね」

「不思議、ですか?」

「はい。陛下に婚約の許可をいただくためなのに、なぜダニエル殿下とアデーレ嬢も一緒なのかわからなくて……」

「……そうですね……。ダニエル殿下とアデーレさまはまだ正式に婚約者と言うわけではないはずなので……、もしかしたら、同じタイミングで婚約を結ばせるのかもしれませんね」


 あれから数週間経っているのに、一度もダニエル殿下とアデーレが婚約したという話は耳に届かなかった。……レームクール邸のみんなが私の耳に届かないようにしてくれたのかもしれないけれど、婚約したのなら教えてくれるとも思うのよ。


 同じタイミングで婚約、なんてことになるかはわからないけど……。


 そもそも、オイゲン陛下がどうして招待状なんて渡したのかもわからないのよね。お父さまが持っていた招待状、本当にいつ届いたのかしら……?


「緊張していますか?」


 レオンハルトさまの問いに、思わず彼を見つめる。そして、自分の胸元に手を当てて、眉を下げて微笑んだ。


「正直に言えば、そうですね。ですが、レオンハルトさまとの婚約が認められると思えば、なんてことありません!」


 ぐっと拳を握って意気込むと、彼はキョトンとした表情を浮かべた。私の言葉が面白かったのかくすりとはにかむ。その表情もドストライクです! ……とは、面と向かって言えないけれど、本心だ。


「……ただ、レオンハルトさまが晒しもののように見られるんじゃないかって、それだけが心配で……」


 私が晒しものになるのは構わないんだけど……。ダニエル殿下と婚約してからずーっとそんな感じで見られていたし。伯爵家って、中間で便利といえば便利な位置に居るんだけど……。王族の地位と比べるとさすがにねぇ……。


 それに、ダニエル殿下が望んだ婚約者ってことで注目度も高かったし。


 王都で暮らしているとどうしても注目を浴びてしまうのが、王族の婚約者のつらいところだった。……婚約破棄もあれだけ派手にやったからね、どんな目で見られるのかしら、今回は。


 ……でも、レオンハルトさまにプロポーズを受けた場所では、視線は気にならなかったな……。貴族のお茶会と一緒にしちゃいけないとは思うんだけど……。あれは別の意味で注目を浴びていたようなものだったけれど。


 レオンハルトさまは、そんな私の表情を見てどう思ったのか、軽く手を振る。そして、私のドレスを見つめた。


「オレはそんなこと気にしませんよ。……そういえば、赤いドレスがお好きなんですか?」

「え? ああ……いいえ。これは気合を入れるために着ました」

「気合い?」

「王族の方々との謁見ですから!」


 自分をふるい立たせるためのドレスだ。だからこそ、パッと見てわかるくらいの鮮やかな赤色にした。どうしてそんなことを聞いたのかしら? この赤色、お気に召さなかったかしら……? でも、『綺麗』って言ってくださったし……。そういえば、レオンハルトさまの好きな色も知らないわ。今度聞いてみなくちゃ。


 レオンハルトさまが私へと手を伸ばす。首を傾げると、彼はそっと私の手を取って、手の甲にちゅっと唇を落した。


「れ、レオンハルトさま……?」

「今日、陛下たちへの報告が済めばオレたちは無事に婚約者です。がんばりましょう?」

「…………はいっ!」


 そうよね。がんばらないと。レオンハルトさまとの婚約を許可してもらえば、私はレオンハルトさまと一緒に彼の領地に向かうことになる。


 ――そこで新しい人生を始めるのよ!

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