謁見 2話


 要するに、彼女は私のことが気に入らないのだ。――おかしいなぁ、原作のヒロインはもっとこう……『良い子』だったのに。


 そう、原作のヒロインは、自分に近付いてくるダニエル殿下を好きになるけれど、彼は婚約者のある身。彼が好きだけれど、だからこそ、『どうかわたくしではなく、エリカさまとお過ごしください』と言える子だった。


 ――あれ? 私、学園生活で一度もそんなセリフ聞いたことないぞ。


 徹底的に会わないようにしていたけれど、どうしてもすれ違うことだってある。ダニエル殿下と話しながら歩くアデーレの瞳は、私に対して挑戦的だった。


「――どういうつもりもなにも、我が娘に縁談が来たからだが……。どうやらボルク男爵令嬢は、それでは納得しないようだね?」


 すぅっとお父さまが目元を細める。それを見たお母さまがぽっと頬を赤らめる。……ああ、お母さまはこういうときのお父さまも大好きなのね。置いてけぼりをくらっているレオンハルトさまは困惑しているようだ。


 そりゃ、そうよね。レオンハルトさまは私たちの学園生活も知らないし、縁談が来るまで繋がりのなかった方だから。


 だからこそ、なんだか申し訳ないわ、この状況……。


 それに……アデーレの言葉は、私からの敗北宣言を望んでいるようにも聞こえるから。


 私が至らなかったから、ダニエル殿下の元を去りますっていう言葉を聞きたいんじゃないかなぁ? そんなこと、絶対に口にしない。敗北宣言なんて、誰がするものですか!


「フォルクヴァルツ辺境伯との縁談は、彼の父君から望まれたことだ。きみが口出す資格はない」

「――縁談が来たからって! そんなにすぐにまとまるわけがないじゃないですか!」


 いきなり声を荒げるアデーレに、私たちは彼女を見つめる。……どうしてそんなに気持ちが荒れているのかしら? 悔しそうに表情を歪めているのを見て、デイジーさまが冷たい視線をアデーレに向けた。


 ……それにしても、なんだか立場が逆転している気がするわね、こんなに悔しがるアデーレを見ていると。


「……アデーレ……?」


 ダニエル殿下がそんなアデーレを心配そうに見ている。……殿下は、ちゃんとアデーレが好きなのかなぁ。その気持ちが本物なのならば、浮気はやめて彼女一筋になって欲しいわ。心から、そう思う。


「――私は、王都からフォルクヴァルツへ向かいます。レオンハルトさまとともに、フォルクヴァルツ領を守ります。これは私の意志です。誰にも彼の隣を譲りません。――ありがとうございます、ダニエル殿下、アデーレ嬢」


 凛とした声を出す。すると、その場にいた全員が私を見る。


「あなた方のおかげで、レオンハルトさまに出逢えました。私は――彼を、愛しています」


 過ごした時間が短いなんて、私にとっては些細なこと。これから長い間一緒にいるのだから、この愛は深まっていく予感がする。


 私があまりにもきっぱりと言ったからだろうか、ダニエル殿下とアデーレは、わなわなと拳を握って震えていた。


 そっとレオンハルトさまが私の手を握る。それに気付いて、私がレオンハルトさまを見ると、彼は優しいまなざしを私に向けていた。


 ――ああもう、本当に、すっごく格好良い……!


 レオンハルトさまは私からダニエル殿下とアデーレに視線を移動させて、それからにっこりと微笑みを浮かべた。


「――確かに、ダニエル殿下とアデーレ・ボルク男爵令嬢のおかげでエリカに出逢えたので……感謝しています。彼女との婚約を白紙にしていただけて」


 ダニエル殿下はカッとしたように顔を真っ赤にさせた。アデーレはレオンハルトさまを憎々し気に睨んでいるし……一体なにがどうなっているのやら。


「ダニエル殿下はアデーレ嬢と婚約するのでしょう? エリカとはもう関係ないではありませんか。どうしてそんなに顔を赤くさせて激昂しているのです? まさか、彼女が自分以外を選ぶわけがないと考えていた、なんてことはありませんよね?」


 煽ってる? 煽っているの? そんな爽やかな笑顔で? ああ、でも怒気が目に見えるようだわ……。そんなところも素敵。


 ダニエル殿下が「誰かあいつの口を塞げ!」と騒いだけど、誰もダニエル殿下の言うことは聞かなかった。……オイゲン陛下がとても冷たい目でダニエル殿下を見つめる。


 ……一体、なにが起ころうとしているの?


「……王として、父として情けない。エリカ・レームクール伯爵令嬢、よく八年もの間耐えてくれた。レオンハルト・フォルクヴァルツ辺境伯、エリカ嬢をよろしく頼む」

「はい、お任せください。ふたりで幸せになります」


 レオンハルトさま、私が言ったことを覚えていてくださったのね。


 そして、今現在、とても幸せです! とは口を挟めない雰囲気。戸惑っている私に、アデーレが叫んだ。


「ダメよ! エリカさまが国内に居ないと、あのイベントが発生しないじゃない!」

「……アデーレ? なにを言っているんだ?」


 ダニエル殿下が驚いたように彼女を見た。そして私は、イヤな予感が的中したことを知る。これ、ヒロインも転生しているパターンだ! よく小説や漫画であるよね!


「おかしいのよ! だってこの世界はわたくしのための世界なのに!」


 そのセリフがおかしいことに気付いて……!


 困惑しているダニエル殿下たちに対して、デイジーさまは冷静だった。凛とした声で、「錯乱しているようだから、大人しくさせなさい」と護衛たちに命じた。


 腕を掴まれて動きを封じられたアデーレは、ダニエル殿下に助けを求めたけど、彼はアデーレの豹変についていけないようで、なにも言えずにいた。いや、戸惑っているのは私たちもなんだけど……。


「わたくしはこの国の国母になるのよ! 離しなさい!」

「頭を冷やせるところへ連れていきなさい。そうね、塔の最上階なんていかが?」


 デイジーさまは扇子を広げて口元を隠し、淡々とした口調でそう言うと、オイゲン陛下へ視線を向けた。陛下が「王妃の言う通りに」と一言告げると、護衛たちはジタバタと暴れるアデーレを引きずるように去って行く。


 ……私がこの国に居ないとイベントが発生しないって、どういうことだったのか……。


「ダニエル、アデーレ・ボルクはお前に対してもあのような態度を取っていたのか?」


 確認するように、オイゲン陛下がたずねた。ダニエル殿下はふるふると首を横に振る。呆然としているように見えるのは、気のせいではないだろう。


「女の裏側を知らないとは、情けないわね」


 なにかを知っているのでしょうか、デイジーさま。呆れたような視線を受けて、ダニエル殿下はうつむいてしまった。

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