第26話




「瑞樹ちゃん。兄貴の話も聞けそう?」


 私と父がひとしきり泣いて落ち着いた後、叔父が尋ねた。私が頷くと、父は声を震わせて話し始めた。


「・・・何を言っても言い訳になると思うけど、瑞樹のお母さんが亡くなってから、どうしても受け入れきれなかった。悲しくて、寂しくて、可笑しくなりそうだった。いや、可笑しくなっていたんだと思う。瑞樹とお母さんと暮らしていた家にいるのに耐えられなかった。」



 隣にいる雅也さんをちらりと見た。雅也さんが、急にいなくなったら、私はその後の世界で生きていけるのだろうか。



「それで、逃げたんだ。瑞樹のことが一番大事だったのに・・・。それで考えないようにするために、仕事ばかり没頭していた。」



 う・・・まさか、私が社畜なのって遺伝では・・・そんなことを考えていたら、隣から雅也さんの視線を感じた。おそらく同じことを考えていただろう。



「こんなことじゃいけない。瑞樹に会いたい。瑞樹と暮らしたい。すぐそう思うようになった。だけど、怖くなって・・・瑞樹と向き合うのが、いや拒絶されるのが怖かった。拒絶されて当たり前なのにな。」



「ひどい父親で、本当に申し訳なかった。それと、今日も急に来てごめん。だけど瑞樹にも、雅也さんにも、会えて嬉しかった。」



 頭を下げる父に、少し間を置いて、一番伝えたかったことを伝えた。




「今までのこと、許せないことがいっぱいある。謝られても許せそうにないの。」


「ああ。」


「だけどね、大事な人が亡くなって逃げたくなるのも分かる。私も、お祖母ちゃんが亡くなって、こっちにいられなくなって、今の場所に引っ越したの。そこからずっと働きづめだった。」


 遺伝かな、と笑うと、父は何とも言えない表情をしていた。


「それで今は、家族になりたい人も出来て、お父さんとこのままは嫌だと思った。昔のことを水に流すことはできないけれど、これからの関係は作っていきたいと思っているの。」



「み、みず・・・」


 声になら無いほど泣き始めた父に「だから、たまには帰国してよね。」と伝えると何度も大きく頷いた。


◇◇◇



「瑞樹さんのお父さん、これを。」


 父が落ち着いたのを見計らって、雅也さんは封筒を差し出した。


「これは・・・?」


 父が不思議そうにしているのも無理はない。


「瑞樹さんが作ってくれたレシピカードです。私がミニトマト農家なのでミニトマトのレシピカードを作ってくれました。どの店舗でも人気で、他の農家からも作ってほしいと、依頼が来るほどです。」


 そう。これが今私の大事な収入となっている。多くの農家さんからオファーを貰い、レシピカードを作っているんだけどこれが楽しい。


「そうか・・・これを瑞樹が・・・。」


「良かったら持っていてください。これが瑞樹さんが積み上げてきたものだと思っています。」


 父は何度も頷きながら、大事そうにレシピカードを隅々まで見ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る