第41話 侍女パルレは見た!(後日談)

 ヴラドクロウ家の使用人、パルレ。

 長女イザベラ・ヴラドクロウの付き人であり、幼い頃は遊び友達として、長じてからは侍女として仕え続けている。姓がないことからもわかるとおり、彼女は平民の出だ。魔物に襲われた村の生き残りで、ヴラドクロウ家に拾われて育ったのである。


 イザベラは昔から破天荒な性格だったが、例の婚約破棄があってからさらに一皮むけた……というかはっちゃけていた。それまで以上に無茶をするようになったし、「トクサツ」とかいうよくわからないことについて語り出すと止まらなくなった。


 ショックで変になってしまったのか……と心配したこともあったが、無茶苦茶ではあるものの話を聞くと理屈は通っているから余計に不思議だった。

 事実、『プロジェクト・ジャークダー』は大成功を収め、ハレム王家を追い出してこの国の女王に君臨してしまったのだから恐れ入ると言うほかない。


 ……しかし、いまのパルレにとって一番の関心事はそんなことではない。


「キルレイン陛下! 頼まれていた書類できたっす!」

「うむ、ありがとう」

「あとついでに街で評判のお菓子を買ってきたっす! 休憩にどうぞっす!」

「お、おお、すまないな。あとで頂くとしよう」


「すっすすっす」と奇妙な口癖が抜けない全身黒タイツはマサヨシだ。

 ジャークダーの平戦闘員だったのだが、イザベラは詳しく語ってくれないが、先の戦で大手柄を挙げたらしい。そのうえ、物覚えがよく読み書き計算もあっという間にマスターした。

 そのため、いまでは女王の筆頭補佐官として働いている。生真面目な性格でみんなに好かれており、古参(といってもせいぜい数ヶ月の差だが)の戦闘員たちもマサヨシの大出世を心から祝っていた。


 ……そして、そんなこともパルレにはどうでもいい。


 パルレはティーワゴン紅茶台車を押して執務室に入った。


「お嬢様、お茶を淹れてきました。そろそろ休憩におやつでも……あら、マサヨシさん、いらしてたんですね! わあ、お土産のお菓子まで! よかったら一緒にお茶をいかがですか?」

「えっ、いいんすか? キルレイン様は忙しいんじゃ……」

「お嬢様もかまいませんよね?」

「あ、ああ、もちろんかまわんぞ。ちょうど小腹が空いてきたところだ」


 イザベラが真っ赤な顔をぶんぶんと振っている。

 十年以上仕えてきたが、こんな表情のイザベラを見るのははじめてだ。

 かつてイログールイとの婚約が決まったときには毛筋ほども動かなかった表情が、マサヨシと一緒にいるときは固まったり汗をかいたり驚いたりと百面相だ。


 そしてその様子を、ジャークダー一同はにやにやしながら眺めている。

 くっつくのか、くっつかないのか、くっつくのならいつ頃なのかと賭けまではじまっている始末だ。

 いつもは果断を通り過ぎて猪突猛進なイザベラが、この件についてだけは乙女のように慌てるのが、パルレにはとても好ましいことに思えていた。


「そういえば、マサヨシさんって恋人はいるんですか?」

「ぶっ! ごほっげほっごほっ」


 というわけで、話題をぶっ込んでみた。

 いまお茶を吹いて咳き込んでいるのはマサヨシではなく、イザベラである。 


「恋人っすか? いたことないっすねえ。王都って男のほうがずっと多いじゃないっすか。自分なんかには縁がない話っす」


 一方で、あっけらかんと答えるのがマサヨシだ。

 パルレは、このにぶちん・・・・ぶりには正直イラッとすることがある。


 ちなみに、王都の人口が男に偏っているのは事実だ。

 地方や農村から家業を継げない次男坊、三男坊が集まってくるため、王都は常に女日照りなのである。


「へえー、意外ですね。マサヨシさん、優しいからモテそうなのに」

「いやいや、ぜんっぜんっすよ。オーゼキングさんみたいに逞しくもないっすし」


 関取怪人オーゼキング、その人間形態は体重二百キロを超える筋肉ダルマである。

 どうもこのマサヨシという男、美醜の感覚が一般からズレているところがあった。


「またまたー、使用人の間でもちょっと噂になってますよ。爽やかだし偉ぶらないし、好きになっちゃうかもって」

「ぶっ! げほっげほっげほっ」


 咳き込んでいるのはイザベラである。


「あはは、冗談はやめてくださいっす、ジージョさん。自分なんてまだまだっすから、もっとがんばって、キルレイン様の補佐として、一生一緒に・・・・・いられるよう・・・・・・頑張らなきゃいけないっす!」

「ぶがぁっ! げほっげほっげほっぐほっがっがっがっ」

「だ、だいじょうぶっすか!? キルレイン様!? お菓子が喉に詰まったっすか!?」

「ふひー、ふひー、ふひー」

「た、たいへんっす!? 呼吸がおかしいっすよ!?」

「あー、これは一大事ですね。療術士を呼んでくるので、背中をさすってあげてください」

「了解っす!」

「ぴゃ、ぴゃぁぁあああ……」

「キルレイン様、気をしっかりもつっす!」


 パルレは療術士を呼びに行ったふりをする。

 そして、ドアの隙間からマサヨシに背中をさすられて目を白黒させている愛すべき主人の姿を見守っていた。


 その表情は、めちゃくちゃにやにやしていた。

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