第40話 めでたし、めでたし
「ああー、マイクテス、マイクテス。本日は晴天なり」
私はバルコニーに設置された《拡声》の魔道具の調子をチェックする。
うむ、音割れもないし、音量も十分だ。
お天気についても定型句ではなく、実際見事な日本晴れだ。
いやもちろん、ここは日本じゃないんだけど。
「えー、我が親愛なる『悪の秘密国家ジャークダー』の国民諸君、今日は私の拙い演説を聴きに来てくれて、感謝の極みだ」
群衆から「そんなことはないぞー!」「きゃー! キルレイン様ー!」「太もも見せて―!」などの反応が返ってくる。最後のやつはけしからんな。仕方がない、立ち姿を工夫してギリギリ見えるか見えないかのところまで攻めてやろう――と思ったらパルレに肘で小突かれた。
なんだよう、悪の女幹部にはお色気だって必要なんだぞ。
「私が国家元首に就任して早2ヶ月が経った。混沌の魔王ナイアル、そしてイログールイ・ハレムがもたらした悪夢はいまや影も形もなくなり、平和を取り戻せたことをじつにうれしく思っている」
群衆から歓声が湧き上がる。
拳を突き上げて踊っているものまでいる。
まあ……この言葉には多分に嘘が含まれるのだが。
あの戦争で死んだものは多いし、後遺症のあるものもいる。
とくに、魔物の進路上にあった農村はほとんど全滅状態だった。
どれだけ街や村々の復興が進んだとしても、それらの傷が完璧に癒えることはない。傷跡は未来永劫残り続けるのだ。
しかし、区切りというのは重要だ。
こうして「傷は癒えた」と宣言することで、人々はそれを信じることができる。
明日に向かって歩む力を得られるのだ。
「就任2ヶ月を記念して……というにはキリが悪いが、今日は3つの発表があって皆に集まってもらった。聞き逃すものがいるといけないからな。少し、静粛にしてくれると助かる」
こう告げると、群衆はすっと静かになった。
うーん、「はい、静かになるまで○秒かかりました―」みたいな小ネタを挟みたかったのだが、そんな暇はないようだ。
「本題の前に、改めて確認したい。あの戦争のあと、貴族のみならず平民までもがハレム前王家を拒絶し、私を王として戴くことを選んだ。その選択に後悔があるものがいたら、ここで声を上げてほしい。私はそれを罰さないし、責めもしない。皆の正直な心を知りたいだけだ」
しばらく待つ。
声を発するものはひとりもいない。
うむむ、本音では誰か一人くらいいねえかなあと期待していたのだが。
私の女王就任は、戦後のドサクサ紛れに勢いで決まってしまった感がある。
一発選挙でも挟んだ方が正当性を打ち出しやすいのだが……ま、しょうがないか。
「皆、ありがとう。私の勘繰りだったようだ。では、ひとつ目の発表をする」
ここでちょっと溜める。
どんな重大発表があるのかと、群衆がごくりと唾を飲む。
「――悪の秘密国家ジャークダーには、平民議会を設置する。先の戦では平民も貴族も関係なく、力を合わせてよく戦った。これからは、平民にも積極的に
群衆の大半はこれが何事か理解できていないようだが、一部のインテリ層にはどよめきが広がっている。ハレム王国では平民が貴族に物言するなど許されなかったのだ。これはその垣根をぶち壊すという宣言なのである。
って、それは言い過ぎだけどね。
もともとギルド長が集まった平民の会議体はあったのだ。それが有力貴族に陳情する形で、民の意見はある程度吸い上げられる仕組みができていた。非公式だったそれを、公認のものにするというだけで実のところ大した改革ではない。
「平民議会の初代議長には、先の戦で戦功著しかったものを任命する。バハト=ニシュカよ、これへ」
「はっ、
バルコニーに出てきたのは浅黒い肌を持つ長身の女。
そしてその衣装は百足を象った鎖を全身に巻き付けたもので……って、百足怪人センチピードレスじゃん!? 事前の衣装合わせじゃちゃんとした礼服だったのに!?
ニシュカはにやにやと笑っている。こんちくしょう、ぶっ込んできやがったな……。
「《黒百足の》バハト=ニシュカよ。お前に平民議会の議長を任せたい。あるいは、伯爵号を授け貴族にしてやることもできるが、どうする?」
「議長の件、ありがたく拝命いたしやす。そのなんたら号ってのはご勘弁を。あっしは根っからの擦れっ枯らしでね。お貴族様なんて上品なもんになったら息が詰まって死んじまいそうだ」
群衆の中でもガラの悪い連中の間に笑いが巻き起こる。
貴族連中は青い顔をしているが、だいじょーぶだいじょーぶ、これは打ち合わせどおりなのです。これでニシュカには「伯爵級の格がある」という箔付けができたのだ。今後、多少目障りなことがあったとしても、容易に手出しはできなくなるという寸法だ。
「うむ、頼んだぞバハト=ニシュカ。お主の助力で、この国がよりよくなることを願っている」
「へい、全力でお勤めさせていただきやす」
議長の証として
ニシュカが室内に戻っていく。
「次は『夜の種族』についてだ。彼らの素晴らしい活躍と献身とを否定できるものはいないだろう。彼らがいなければ、先の戦争での勝利はなかった。これに異のあるものはいるか?」
たっぷりと時間をかける。
群衆を見渡すが、異論などひとつもない。
あの戦いでは、ジャークダー所属の怪人だけでなく、市中に紛れていた夜の種族もその本領を発揮して活躍していた。いかに見た目が恐ろしかろうとも、醜く見えようとも、ともに槍を振るった戦友に悪感情を持つものなどいないのである。
「いないようだな。では、レヴナント・フメレーツィクィイ、これへ」
「はっ、女王陛下」
執事服を着たレヴナントがバルコニーに姿を表すと、黄色い歓声が上がる。
人間モードのレヴナントは線の細い美形だからなあ。
前世で例えるなら太宰治系のイケメンだ。
おい、くれぐれも女を泣かせるんじゃないぞ?
(おい、何をくだらぬことを言っている。早く式を進めんか)
いっけね、考えていることが口に出てしまったようだ。
レヴナントに怒られてしまった。
「《夜の種族》は多数のギルドにまたがって所属していると聞く。しかし、それではまとまった意見が出しづらかろう。よって《夜の種族》には平民議会の議席をひとつ与え、それにはレヴナント・フメレーツィクィイ、お主を任命する。よいか?」
「はっ、身に余る光栄。謹んでお受けいたします」
レヴナントは胸に手を当ててゆったりと一礼する。
私はその胸元に、議員の証となるバッヂを留めた。
そしてレヴナントが室内に姿を消す。
ふう、これでひと仕事済んだな。
もともと、『プロジェクト・ジャークダー』の最終目標は立憲君主制の確立だったのだ。
君臨すれども統治せず、ってやつだね。
その目標はいまこのときを以って完遂されたと言っていいだろう。
権力は長く続くと必ず腐敗する。
ハレム王家がいい例だ。ここ三代は暗君が続き、王国の力は衰退していた。
そして、腐敗した権力が崩壊したときの反動は恐ろしい。
大量の血が流れ、国が割れてしまうことだってある。
それを防ぐため、じわじわと王家から権力を剥ぎ取っていく予定だったのだが――思わぬ形で一気に計画が進んでしまった。まさか私が女王になるなんて、計算違いどころの話じゃない。
戦が終わって、ハレム王家を追い出した国民や貴族たちは……何を血迷ったのか、私を女王として戴きたいと言い出したのだ。
魔王を討ち取って勲功は文句なしにぶっちぎりの一等賞。
おまけに名門ヴラドクロウ家の令嬢にして、人気赤丸急上昇中の悪の秘密結社の頭領でもある。
どうしたらええねん……と色んな人に相談した。
結果は以下である。
お父様「民の期待に応えるのも青い血の義務であるぞ」
お母様「あら、いいじゃない。娘が女王様になるなんて、母さんうれしいわ」
パルレ「わわわわわ、すごいじゃないですか! お祝いにケーキを焼きますね! よーし、ひさびさに本気の本気を出しちゃいますよー!」
ニシュカ「かっかっかっ! はじめに会ったときに『この国を盗ろう』なんていうから正気を疑ったけどよ、本気でやっちまうとはさすがは豪傑令嬢様だぜ。いや、豪傑女王様だな!」
レヴナント「ふん、貴様は我らが長でもある。その程度のことでうろたえるな、みっともない」
マサヨシ君「女王様なんてすごいっす! あ、あの、グッズはどこ行ったら買えるんすか?」
というわけで、戴冠しました。女王様になりました。
なんなんだよこれ、思わずチベットスナギツネの表情になっちゃったよ。
目のほっそーいブサカワのキツネね。
はあ……いろいろ疲れたが、3つ目の公約を発表しなくては。
私は改めてマイクの音量をチェックし、背筋を伸ばして群衆に宣言する。
「3つ目、これがもっとも重要だから、くれぐれも聞き逃さぬよう心せよ」
群衆の目が、一層真剣になって注がれる。
視線の圧で後ずさってしまいそうだ。
しかし、負けじと腹から声を出す。
「これより、我が悪の秘密国家ジャークダーでは、毎週日曜日の朝9時からヒーローショーを開催することとする!」
群衆にざわめき。
「ヒーローショーってなんだ?」
「聞いたことねえよ」
「何かの儀式でしょうか?」
そんな疑問が駆け巡る。
ふふふ、つかみはなかなかいい感じじゃないか。
「説明しようっ! ヒーローショーとは、我らが悪の秘密国家ジャークダーに千年前から伝わる神事である! ……って設定だ! ジャークダーが悪事を行い、ジャスティスサンライズがそれを阻止せんと奮闘する! 笑いあり、涙あり、手に汗握るアクションありの極上のエンターテイメント! ご家族ご友人もお誘い合わせの上、ぜひお気軽にお越しください! 10歳以下の子どもには無料でイカ焼きをサービスするよ! 怪人はきぐるみではなく本物の夜の種族……にしたかったんだけど、朝じゃ変身ができないので、我こそはというスーツアクター志望も大募集! 衣装はこちらに用意があります! ほら、ご覧くださいこの蝙蝠怪人バット・バッデスの毛皮の質感! 皮膜の照り感!
日が暮れるまで語り続けてたら、誰もいなくなっていた。
なぜだ。
(特オタ令嬢、第一部「完」)
【作者あとがき】
長々とお付き合いいただき、ありがとうございました!
特オタ令嬢イザベラの大活劇、楽しんでいただけたでしょうか?
もし、評価(★)の入れ忘れなどあれば、木戸銭代わりにぽちぽちっとやってくれると幸いにございます。
感想コメントやレビューももちろん大歓迎。頂戴できるとむせび泣きます。
このあとは、おまけの後日譚やIFストーリーを数話投稿する予定です。
なので、作品のお気に入りはそのままにしていただけると幸いであります。
あと、活動報告の方に長めのあとがきや、裏話などを投稿しようと思うので、気になる方は作者フォローをお願いできればと。本作以外にもいろいろ書いてるしね!
では、『特オタ令嬢』に長々とお付き合いありがとうございました!
改めて、厚く御礼を申し上げます。
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