第39話 戦い終わってその後は

「ふふふふふ……あはははははは!」

「どうした、11番イレヴン?」

「くくくくく、はーはっはっはっはっ!」

「笑うのをやめなさい、11番イレヴン。懲罰房に入りたいのか?」


 先生・・が、鞭を取り出した。

 子どもの私が、怖くて怖くて仕方がなかった鞭。

 でも、いまの私にはちっとも怖くない。


 なぜなら、いまの私は――


「下郎が! この私がそんなくだらぬ脅しに屈すると思ったか!」

「な、何を言っているんだ、11番イレヴン!?」

「わけのわからぬ名で私を呼ぶな!」

11番イレヴン、気でも違ったのか!?」


 先生・・が、一歩、二歩と後ずさる。

 それを追って、二歩、三歩と距離を詰める。

 腰から鞘ごと《人喰い雄呂血》を抜き、左手で鞘を、右手で柄を握る。


「な、何をするつもりだ、11番イレヴン!?」

「そんな名ではないと何度言わせる」

11番イレヴンでなければ、誰だと言うんだ!? ┓▓*▨か!? イザベラか!?」

「どちらでもないっ!」


 鞘から黒刃を抜き放ち、上段に構える。


「私の名はキルレイン! 武の道に生き! 己が悪を貫き通す! 悪の秘密結社ジャークダーの女幹部、斬殺怪人キルレインだッッ!!」


 暗黒刀技――邪刃一閃じゃじんいっせん――


 黒刃を斜めに斬り下ろす。

 人喰い雄呂血が先生・・を両断する。

 もろともに、灰色の世界が真っ二つに切り裂かれる。


 灰の世界の残骸が細かな粒子となって散っていく。

 そのギザギザの切れ目から、世界が元の色を取り戻す。


 目の前には、袈裟懸けに斬られて血を吐く魔王ナイアルが立っていた。

 視界の端々に、正気を取り戻して立ち上がる怪人と戦闘員の姿が映る。


「面妖な術を使いおって。だが、このキルレインに斯様かような子ども騙しは通じぬと知れ!」

【ぐっ……はは、は……。余の術を子ども騙しとは……言って……くれる……】


 魔王は、崩れ落ちて膝をついた。

 万華鏡のように輝いていた長髪は、いまは燃え尽きた炭のようにくすんでいる。


「ちょ、ちょっとナイアル!? そんな怪我ぐらい治せるでしょ!? あなたは不老不死の魔王なんだから!」


 ネトリーが、血泡を吹くナイアルを抱え起こして揺さぶる。


【不老不死……? くはは、そんなものを信じていたのか……。人間とは、愚かしい。斬られれば……痛みを感じ、血を流す存在が……不死……はずが……なかろう……】

「何言ってるのよ!? ニアミアじゃそうだったんだから! 公式でもはっきり書いてたんだから! ナイアル、あなたは不死身なのよ! 殺せないから封印されてたんでしょ!? そういう設定だったんだから!!」

【くは……は……やはり貴様は面白い……。死出の道行きに一人は退屈だ……供を……許す……】


 ナイアルの指先が針状に変形し、長く伸びた。

 それはネトリーの首を串刺しにし、鮮血を滴らせる。

 ナイアルの身体が、ぐずぐずと崩れて形を失っていく。


【キルレインとやら……よい武者ぶりであった……楽し、かったぞ……。三百年の……退屈が……】


 ナイアルの身体が、跡形もなく消えた。

 ネトリーもまた、姿を消していた。


「勝った!? 勝ったんすか!? 自分はケンちゃんに勝ったんすか!?」

「正気に戻れ、マサヨシ。ケンちゃんなどとという小物ではない。我らは魔王を討ち果たしたのだ」

「はっ!? そ、そうか、魔王に勝ったんすね! さすがはキルレイン様っす!!」


 飛び跳ねながら抱きついてこようとするマサヨシ君をさっとかわす。

 マサヨシ君は、地面に転がって「ぐえっ」と潰れた蛙のように鳴いた。


 * * *


 それからの戦いは、取り立てて述べるようなこともない。

 魔王ナイアルの影響が解けた魔物たちは、通常種に戻って大幅に弱体化した。


 そして、本来の魔物とは異種が共闘できるものではない。

 犬頭矮人コボルトがキャンキャンと鳴いて逃げ回り、それを矮躯小鬼ゴブリンの群れが追う。その矮躯小鬼ゴブリン岩肌巨人トロル赤銅鬼人オーガが争うように食い散らかす。人身馬体ケンタウロスは混戦を嫌って全速力で逃げ出した。


 5日後、ようやく着いた援軍はそのまま散った魔物の掃討任務に駆り出された。

 時間がかかったのは場所を定めて集結していたからだそうだ。

 砦もない平野で変異種の大群を相手取るのは難しい。

 戦力の逐次投入を避け、一撃で粉砕するための戦術である。


 そして、その音頭を取ったのは本領にいたお母様。

 あれから5日も籠城するなんてかなりギリギリのところなんだが……。


 お母様曰く「あら、我が夫ならその程度はやってのけますわ」と涼しい顔だ。

 お父様はお父様で「待ちきれなくてな。うっかり先に魔王を倒してしまったわ」と豪快に笑って返す。


 まったく、うちの両親にはかなわない。


「お嬢様もお嬢様でたいがいですけどねえ……」

「どこの貴族令嬢様が、魔王を一騎打ちで仕留められるっていうんだい。よっ、豪傑令嬢・・・・!」


 私がぼやくと、パルレもニシュカもからかってくる。

 んもう、このふたりにもかなわないや。


 それから、王都から真っ先に逃げ出したハレム王家はひと月ほどで帰ってきた。

 いや、正確には帰ってこようとした。


 王都の民も、王党派貴族さえも当然のことながら総スカンだ。

 城門をくぐるところまでは歓迎ムードを装って、入った瞬間腐った卵や悪くなった魚油、口にするのもおぞましい汚物を浴びせる大歓迎・・・をするくらいには総スカンだったのである。

 慌てて逃げていったけど、いまごろはどっかの国に亡命でもしてるんだろうか?


 なお、近衛隊長ガラハッド・ローランだけはひとり残って土下座をしていた。

 逃げないよう、引き返すようずっと王を説得していたそうなのだが、それが果たせなかったのは自分の責任だという。終いには腹を切りそうになったので慌てて止めた。王の側近にも気骨のある人物はいたんだなあ。


 とにもかくにも、王都は戦後処理でわっちゃわちゃだ。

 貴重な変異種の素材を求めて大量の商人が押し寄せてくるし、あちこちの神殿や宗教団体からは「混沌の魔王を打ち倒し、世界を救った功績を称えたい」とかいって坊さんが寄越されるし、ニシュカは酒をおごれとうるさいし、モヒカンどもは相変わらずヒャッハーしてるし、うごごごごごごごご……もぅマヂむり……特撮みょ……。


「お嬢様! お嬢様……じゃなかった。キルレイン女王陛下! 演説の時間ですよ!」


 大量の書類に埋もれて黄昏れていたら、パルレが現実に引き戻しにきた。

 執務室を出て、王城のバルコニーに立つ。

 眼下には人の群れ。


 いまから一席、演説をたなければならんのだ。

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