第38話 VS魔王!

 王都中からかき集めた素材で作った樽爆弾の威力は計算通りだった。


 炭、硫黄、硝石、これらで作るのが黒色火薬だ。

 硫黄がなかなか集まらなかったので焦ったが、意外なことに銭湯ギルドが持っていたので事なきを得た。温泉風にするため、湯の花を大量に備蓄していたんだそうだ。


 集まった素材を超特急で調合した。

 前世で刷り込まれた感覚は鈍っていなかったようで、文字通り目をつむっていたって思い通りのものが作れる。匂い、手触り、味。素材の質にバラつきがあろうと、私の感覚は完璧な火薬を作り上げる。


 それを樽詰めにしたのがイログールイを吹き飛ばしたものの正体だ。

 古釘や鉄片なども適度にブレンドしている。

 地面に埋めたのは、指向性を高めて威力を上げるため。

 爆発によって生じる衝撃波は、上と横に向かって拡散する性質を持つ。

 地面に埋めてやると、逃げ場のなくなった横向きの衝撃波がすべて上に向き、飛躍的に破壊力を増すのだ。


 ……思い出したくもなかった前世知識だけど、とにかくいまは役立った。


 イログールイの巨体は腹でちぎれて上半身と下半身が泣き別れだ。

 時折びくりと震えているが、死後硬直だろう。

 異形の魔物に変異したとはいえ、身体を真っ二つに引き裂かれてはひとたまりもなかったようだ。


【いまのは何だ? 魔力は欠片も感じなかったが、余があの忌々しい封印に囚われている間に人間どもが発明したのか?】


 いまや動かぬ肉塊と化したイログールイの王冠から男が降りてくる。

 万華鏡のように色の変わる長髪を風になびかせながら、桃色髪の少女を伴って。


「お前が魔王イカか? これでどろどろに溶けるイカっ!」

「研ぎ澄ました鋼線よりも鋭い糸で切り刻まれろクモっ!」


 テンタが強酸性のイカ墨を吐き、スパイディが鋼線の如き糸を射出する。

 しかしそれらは、男の前に湧き上がった極彩色の膜によって遮られた。

 不定形のそれは粘体魔獣スライムの変異種だろうか?


【ほう、夜の種族がこんなにも生き残っていたとは。ゼッツリンドに呪いをかけ、根絶やしにするよう命じたはずだったのだが……そのような些事もこなせぬ輩に封じられたとは、返す返すも口惜しきことよ】

「なっ、我らの父祖が虐殺されたのは、貴様の仕業だと言うのか!?」

【なるほど、一応は効果があったのか。そのさまを見届けられなかったのは残念だ】

「ほざくなっ!」


 バットが怪音波を放つが、これも粘体魔獣スライムに防がれる。

 極彩色の薄膜が、小刻みに震えるだけに終わった。


【まあ、なかなか愉快な余興であったぞ。余が直々に褒美をやろう】


 魔王の繊手がゆったりとかざされる。

 空気がねっとりと重たくなる。

 地面の感触が失われる。

 音が遠くなる。

 景色が歪む。

 目が霞む。

 世界が。

 暗く。

 …

 …

 …

 ――

 ――――

 ――――――


「我ら《未来を守る会》は真の人類愛に目覚めた同志の集まりだ。愛する未来のために、今こそ勇気を持って行動を起こそなければならないのだ。わかるね?」


 先生・・だ。

 私は、うなずいてしまう。


「君はこんなに、こんなに、こんなにたくさんのロボットを洗脳から解放したんだ。ああ、私の自慢の生徒よ。まずはこの成果を、愛する未来への貢献を誇りたまえ」


 先生・・の背後に、何人もの人影が現れる。

 その顔はクレヨンで塗りつぶしたみたいで。

 身じろぎのひとつもしないで。

 何の感情もなく。

 でも、視線はこちらを向いている。


「彼らも感謝をしているよ。ほうら、拍手だ」


 人々は、先生・・の合図で一斉に拍手をする。

 ぱちぱちぱちぱち。

 ぱちぱちぱち。

 ぱちぱち。

 ぱち。


「おお、彼らはもっと感謝を伝えたいそうだ。死んでしまったから、感謝を伝える機会がなかったからね。さあ、みんな、抱擁ハグ口づけキスで感謝を伝えよう」


 クレヨンで塗りつぶされた人々が一列に並ぶ。

 ベルトコンベアを流れる機械の部品のように。

 マネキンのような冷たい身体。

 マネキンのようにかたい口唇。

 抱擁ハグ抱擁ハグ抱擁ハグ

 口づけキス口づけキス口づけキス


「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」


 壊れたレコーダーのように。

 虚無の感謝が繰り返されて。


「殺してくれてありがとう」「殺してくれてありがとう」「殺してくれてありがとう」「殺してくれてありがとう」「殺してくれてありがとう」「殺してくれてありがとう」「殺してくれてありがとう」「殺してくれてありがとう」「殺してくれてありがとう」「殺してくれてありがとう」「殺してくれてありがとう」「殺してくれてありがとう」「殺してくれてありがとう」「殺してくれてありがとう」「殺してくれてありがとう」「殺してくれてありがとう」


 身体を流れる血が氷のように冷たくなって。

 私までマネキンになって。

 指先まで氷漬けで。

 動けなくて。

 息も、

 止まり、


「うおおお! ケンちゃんにはもう負けないっすよ!!」


 背中に何かがぶつかってきた。

 見るとそれは、奇妙な全身タイツを着た男で。

 でも、その声には聞き覚えがあって。


「自分はジャークダーに入って変わったっす! もう泣き虫マサヨシじゃないんす! ケンちゃんなんかもう怖くないんす!」


 それは闇の中から現れて。

 また闇に向かって駆けていって。

 姿が消える直前に。

 叫んだ。


「自分はキルレイン様から勇気をもらったっす! だから、もう絶対に負けないんす!」


 とくん、と心臓が跳ねた。

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