第24話 異世界特オタ増殖中
裏町にあるそこそこの居酒屋。
以前訪れた激安居酒屋とは異なり、机も床もそれほどベタベタしていない。客層もいくらか落ち着いており、あからさまに穴の空いた服を着ていたり、モヒカンでトゲトゲの肩パッドをつけているものも見当たらない。
「むふう、この濃厚な肉の旨味がたまらないわね」
「そんなパクパク食べると汁が飛びますよ。お料理は逃げないんですからゆっくり召し上がってください」
でもさ、この豆を塩漬けにした調味料と一緒に煮込む工夫、なかなかのもんじゃない? 臭いものに臭いものをぶつけて昇華してるっていうか?
この下町料理は最近のハマりもののひとつで、屋敷の料理人にも作ってもらおうとしたら「そんな下品なものはお出しできません!」と怒られた。
仕方がないので、これを食べたいときはお忍びで平民街までやってくるしかないのだ。
「いやー、ジャスティスサンライズの連中、大活躍じゃねえか」
「お上りさんのくせにさっそくお貴族様に取り入ってよう。よくやりやがるぜ」
おや、少し離れた席で酒を飲んでいる冒険者たちの話題が聞こえてきた。
クレイ君たちの評判は気になるな。聞き耳を立ててみよう。
「ははっ、いいおっさんがあんな若造どもを妬むなんてみっともねえぞ。それにあいつら、普通の冒険者としてもがんばってるじゃねえか。この前は3人だけでダンジョンを潰してきたんだろ? 大したもんじゃねえか」
「はっ、できたばっかの瘴気溜まりを散らすくらいは俺の若い頃にだってできらぁな。どうせ変異種の一匹も出ねえしな。っつーか、別に妬んでるわけじゃねえ」
瘴気――それは混沌の魔王ナイアルが残した呪いの残滓と言われるものだ。
それが溜まった土地は不可思議な変異を遂げ、ダンジョンと呼ばれる異空間を形成する。ダンジョンからは希少な産物が得られることもあるが、魔物が沸いてくるので危険性も抱えている。ダンジョンから得られる利益と危険性を天秤にかけ、潰すかどうか判断するのはその領を治める貴族の腕の見せどころでもある。
「妬んでるんじゃなきゃ、なんだってんだよ?」
「俺ぁよう、ジャークダーの方がいいんじゃねえかって言いてえだけさ」
「何だオメエ、ジャークダー派かよ」
「へへへ、こんなのも買っちまったぜ」
「あっ、それキルレインの絵札じゃねえか! どこで手に入れた!?」
「様をつけろよこのデコスケが。角の商店で箱買いよ。黒百足の姐さんの直営店は競争が激しいからな、あえて別の店を狙ったわけさ」
「
ジャークダー派だと言う男は財布から大事そうに1枚のカードを取り出した。
そこにはちょっぴり大人っぽく色気を強調したキルレイン様の――すなわち、現世では私である――の似姿が描かれている。男はカードをうっとりと眺めながら「ああ、キルレイン様、一度でいいから生でお会いしてえなあ」なんてつぶやいている。
うーむ、最近は私自身が出撃することがすっかり減ってるからな。
ちょっとシフトを見直して、出撃回数を増やすか。ファンサービスはヒーローだけの仕事ではない。悪の秘密結社も一緒になって番組を盛り上げなければならないのである。
「ま、俺はエイスちゃん推しだからいいんだけどよ」
「あっ、お前、そのピンバッジどこで買いやがった!?」
「くっくっくっ、オメエはジャークダー派なんだろ? ジャスティスサンライズのグッズなんてどうでもいいじゃねえか」
「ばっ、馬鹿野郎! エイスはともかく、リジアちゃんは別腹なんだよ!」
「なんでえ、つくづく趣味の合わねえやつだな。こいつは『ジャスティスサンライズ公認の店』で銀貨1枚以上買ったおまけだ。」
「何種類あるんだよ?」
「狙う気満々じゃねえか。公式発表されてねえからわからねえけど、十種類以上はあるはずだぜ」
「ぐっ、ぜんぶ揃えようと思ったら最低銀貨10枚はかかるのかよ……」
「なんだよオメエは。なんだかんだ言いやがってジャスティスサンライズも好きなんじゃねえか」
「嫌いだなんて最初から言ってねえだろう」
うーむ、チンピラ一歩手前くらいのおっさんたちが完全にオタク語りをしている。
ふふふ、この世界の住人はなかなか特オタセンスがあるではないか。二人はそのまま一番好きな怪人は誰かという論争に移行している。単純に見た目が格好いい猛虎怪人に獅子怪人、ちょっぴりギャルっぽいエロティシズムのある蟷螂怪人も仲間に加わったからな。話題には事欠かないぜ。
「それにしても、ジャスティスサンライズもジャークダーも両方人気になるなんて、不思議ですねえ」
「ヘイト管理には細心の注意を払ったからね。一歩加減を間違えただけでも炎上するから、SNS……じゃなかった、世間の評判への対応はなかなか大変なのよ」
「は、はあ。さすがはお嬢様ですね!」
パルレはいまひとつ飲み込めていないようだったが、とりあえず褒めてくれた。
ほんの少しだが、前世ではソーシャルマーケティングをかじっていたのでその知識をフル活用したのである。それを通じて、戦隊ヒーローものがいかに繊細に作られているのかを知り、感動したことをおぼえている。
うーん、パルレにもわかりやすいよう、もうちょっと噛み砕いてみようか。
現世の活動に当てはめて解説していくと、以下のようになる。
1)たとえ王家が相手であっても、残虐な事件は起こさない
重症を負わせてしまったり、殺人を犯してしまえばジャークダーは明白な「悪」として糾弾可能になってしまう。全員ではないにせよ、王家に同情するものも現れてくるだろう。そのため、ジャークダーの活動は原則として「洒落」に収まる範囲にしてきたのだ。
2)平民には迷惑をかけない
お菓子屋さんを占拠してイカ焼きを売るなどしてどの口でそんなことを……と思うかもしれないが、ターゲットにしているのは「良い品を売っているのに立地の問題などで流行っていない隠れた名店」なのだ。
そこで騒ぎを起こして人目を集め、結果としてお店の宣伝になる形で落着させているのである。いまではジャークダーの襲撃を心待ちにしている店まで現れていて、「ジャークダー歓迎の店」なんて看板が立てられているほどだ。
……前世で言うところのステルスマーケティングや炎上マーケティングに近い手法なのだが、ま、まあ細かいことは気にしない!
3)ジャークダーは王家には絶対負けないが、ジャスティスサンライズには負ける
前世の戦隊ヒーローもので考えてみよう。悪の秘密結社が警察や軍隊に普通に撃退されていたらどうなるか……。格が下がって、ヒーローたちが勝ったときの
私は悪の秘密結社が大好きだが、それは贔屓をしてまで悪の秘密結社を勝たせたいということではない。そんなことをすれば『戦隊ヒーローもの』という枠組みそのものが破壊されてしまう。私はあくまで特撮全体を愛した上で、その中で悪の秘密結社に一番の魅力を感じているのだ。
さて、この3つの方針が上手く噛み合うとどうなるか。
まず王家の評判は純粋に右肩下がりである。
馬車にイタズラされて連日の遅刻をしたり、壁や建物に好き放題落書きされたり、そんな子供の嫌がらせみたいなものをずっと防げないのだからメンツは台無しだ。王党派と見られると被害に遭うので、議会派に乗り換える貴族も現れてきている。
そんな風向きの悪さを悟って衛兵をすべて貴族街に集めてしまったのも悪手だった。王家、そして貴族の権威は「民を保護する存在」という建前のもとに成り立っているのだ。それが民を蔑ろにして、自分たちの身を守ることに全力になってしまっては当然失望される。
素行不良の衛兵がいなくなったことを喜んでいる平民が多いのもまた事実だが、それとこれとは話は別だ。「民を守る」というポーズすら捨ててしまったら印象が悪くならないほうがおかしい。
次にジャークダーの評判である。
もともと人気のない王家をコケにしてくれるダークヒーローとして、人気が高まっているところだったのだ。茶目っ気を出して、「次に落書きをして欲しい内容募集」なんて投書箱をゲリラ設置してみたら、数時間で何百もの応募があったほどだ。
平民街に手を出すことで人気が落ちないかは正直賭けの部分はあったが、結果は(2)で説明したとおりである。
最後にジャスティスサンライズの立ち位置だ。
現在、平民街の治安はヴラドクロウ家の私兵が守っている。しかし、既存の治安維持で手一杯でジャークダーが起こす突発的な犯行にまでは手が回らない(ということになっている)。
その穴を埋めるのがジャスティスサンライズだ。彼らの人柄のおかげもあり、純粋な正義感で戦ってくれる自警団のようなものとして認識されている。
そして、その彼らに称号を授けた当家の評判もうなぎ登りだ。
守り神であるセイギネスの存在は秘密だったんじゃなかったかって? そんなのはなし崩しで誤魔化してしまえばいいのだ。戦隊ヒーローもののワンクールは1年。細かい矛盾を気にしていたら作品から勢いが失われるし、何よりほとんどの視聴者は気づきもしない。
そして気がついた濃いめのファンは小さな矛盾にツッコミを入れて楽しむものなのだ。これぞ三方良しというものである。
「うん、このレーズンバターはなかなかですね。お嬢様も一口いかがですか?」
ってなことを長々と力説していたのだが、パルレはまったく聞いていなかった。
なになに、レーズンバター? レーズン単品だとあんまり好きじゃないんだけど、レーズンバターになるとなぜか大好物なんだよなあ。ふむふむ、滑らかなバターに混じるざくざくした食感がたまらないな。粒の粗いザラメをあえて溶かさずに混ぜ込んでいるのか。脂と糖の暴力がお口の中を蹂躙するぜ!
「おっ、やってるねえ。この店のレーズンバターはうめぇんだよな」
脳内食レポをかましていたら、横合いから大きな手が伸びてレーズンバターをかっさらっていった。
それを美味しそうに頬張る褐色の女は、
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