第23話 恐怖のイカ焼き作戦!
「イーカイカイカイカ! この店ではもうお菓子なんて売らせないイカ! 今日からはイカ焼き専門店になるイカよ!」
「やっ、やめてください! お店が生臭くなっちゃいます!」
「なにぃ? この香ばしい匂いのどこが不満なんだイカ! これでも食べて黙るイカ!」
「うぐっ、こりこりで美味しい……生臭さもまったくない……」
「昨晩漁ったばかりの新鮮なイカの一夜干しイカ! このイカを食べたらもうお菓子なんてもう要らないイカ!」
「くっ、悔しい……でもこのイカの美味しさはたしかに本物……」
私たちは野次馬に紛れて深海怪人ダイオウ・テンタクルスの活躍を見守っていた。
今夜の活動は貴族街ではなく平民街である。この数ヶ月の活動で、貴族たちにはすっかりジャークダーの脅威を刷り込むことできた。いよいよ活動範囲を広げ、平民たちにもその姿を印象付けようとしているのだ。
「それにしても、美味しいイカですねえ」
「生イカをそのまま焼くのではなく、あえて一夜干しにしたところにこだわりを感じますね」
フードを目深に被り、イカ焼きの串を頬張っているのはパルレと新人怪人の妖艶怪人ドライラウネだ。今回が4度目の出動だが、念のため付き添っている。そろそろ完全に任せちゃっても大丈夫かな?
ちなみに、ドライラウネは怪人の衣装を身にまとっておらず、ローブで全身を隠しているだけだ。残念だが特殊な任務に専念してもらっているので仕方がない。
むう、しかし本当に美味しいイカだな。
テンタは商人の丁稚なんてやめてイカ焼きの屋台でもはじめた方が儲かるのではないだろうか。あ、食べ終わっちゃった。おかわりをもらいに行こうかな。でも行列できてるしなあ。手伝いの戦闘員たちもフル稼働でイカを焼いてるし、手間を増やすのも悪いなあ……。
「現れたなジャークダー! 街で平和に商売をするお菓子屋さんを妨害するなんて許せん!」
「このお店は安くて美味しいんだからね! 絶対許せないわよ!」
「仕事終わりの一口の甘味は庶民のささやかな贅沢。それを邪魔するなんて言語道断です!」
おっと、イカ焼きのおかわりをもらうか悩んでいたらクレイ君たちがやってきた。
「あっ、ジャスティスサンライズだ!」
「ジャスティスサンライズー! がんばえー!」
「イカ焼きの兄ちゃんたちも負けんなよー!」
クレイ君たちの姿を見た野次馬たちが口々に声を上げる。
一部、タダでイカ焼きを配っているジャークダーへの声援が混じっていたが、ま、まあそれはそれでよしとしよう。
「「「ジャスティス・チェンジ!!」」」
三人がポーズを決めてキーワードを叫ぶと、その姿は全身スーツに上書きされる。
変身ポーズの演技指導はとくに行っていないのだが、いつの間にか自分たちで考えていたようだ。いいねえ、自分で考え、工夫できる人材は貴重だ! それにしても、人は変身と聞くとついついオリジナルポーズを考えてしまうものなのだろうか……特オタの本能は、この世界の人々の遺伝子にも刷り込まれているのだろう。
「また現れたイカなっ! 今日こそは負けないイカ!」
「へっ、正義は勝つってことわざを知らないのか? ジャスティスサンライズは絶対に負けない!」
クレイ君たち3人と、テンタ率いる戦闘員たちが入り乱れて戦いをはじめた。
その動きのキレはよく、素晴らしいパフォーマンスを発揮している。横目でドライラウネを確認すると、しっかり能力を発動していた。フードの下は、おそらく咲き乱れた花でいっぱいになっていると思われる。
妖艶怪人ドライラウネ。
彼女の持つ特殊能力は、さまざまな効果を持つ香りの調合だ。前世のアロマテラピーどころの話ではなく、眠らせたり、興奮させたり、身体機能を強化できたりと強力かつ多彩である。おまけに効果の対象を選べる。香りに含まれる化学物質が作用してうんぬん……という物理的な現象ではなく、魔法的な作用なのだろう。
私の支援魔法だけが頼みとなると、ジャスティスサンライズの活躍の機会は大幅に減ってしまう。ドライラウネのように裏方が務められる人材が獲得できたのは僥倖だった。ちなみに彼女のもうひとつの顔は高級娼婦で、稼ぎはじゅうぶんあるのだが――王家に嫌がらせができると聞いたら一も二もなくジャークダーに加わってくれた。
なんでも、イログールイが娼館に遊びに来てずいぶんな狼藉を働いたそうで、個人的な恨みがあるそうだ。相手が王族でなければひき肉にして花壇の肥料に変えてやったのに……となかなか怖いことを言っていた。それにしても、イログールイのやつは本当にろくなことをしてないな。
「イーカッカッカッカッ! なかなかやるイカな、ジャスティスサンライズ! だが、このダイオウ・テンタクルスの新必殺技を防げるイカか? 喰らえっ、アシッド・イカスミ!」
「二人とも、下がってください!」
おっと、ジャークダーとサンライズの戦いもいよいよ佳境のようだ。
テンタが大量のイカ墨を吹き出すと、石畳から突如伸びたツタの防壁がそれを遮る。リジアこと、ジャスティスグリーンの魔法だろう。世界樹の祈り手は、植物を操ることに長けた聖術使いでもあるのだ。
ツタにかかったイカ墨が、ぶくぶくと沸騰しながら白い煙を上げている。
しかし、深緑のツタの壁は焼け焦げのひとつもつかない。
「なっ、なんでも溶かす強酸性のイカ墨でびくともしないイカか!? どうなってるイカ!?」
「
「くっ、これは仕方がないイカ! 撤退、撤退だイカ!」
『イーッッッ!!』
必殺のイカ墨攻撃を防がれたテンタが、戦闘員を引き連れて逃げ去っていく。
現場には、炭焼き台と大量のイカの一夜干しが残されていた。
野次馬たちがそこに群がって勝手にイカを焼いて食べはじめている。
ちなみに、なんでも溶かす強酸性のイカ墨というのは真っ赤なウソである。
テンタもドライラウネと同じように、さまざまな効果を持つイカ墨を体内で調合して吐き出す能力を持っていた。今回使ったものは、「ただ勢いよく泡立って、白い煙を上げる」だけのイカ墨だったのだ。
「ジャスティスサンライズ様……助けてくださってありがとうございます」
「なに、気にすんなって。当然のことをしたまでよ!」
「よかったらこちらを召し上がってくれませんか? せめてもの御礼です」
テンタたちに占拠されていたお菓子屋の店員が、バスケットに菓子を持ってクレイたちのそばにやってきていた。
「おっ、ドーナツか? へへっ、ちょうど腹が減ってたからありがたいぜ。おっ、こりゃ絶品じゃないか!」
「あっ、クレイ! 自分だけずるい! これは新作? いっただきー!」
「では私はこのフルーツソースが挟まったものを。うん、ほどよい酸味がさっぱりしてあとを引きますねえ」
変身を解いたクレイたちが美味しそうに差し入れのお菓子を食べている。
その様子を見た野次馬たちが、イカ焼きからお菓子に興味を移した。
「なあ、店員の姉ちゃん、おれにもドーナツくれよ」
「お母さん、ぼくもあのクリームのやつ食べたい!」
「たまにはカミさんに土産でも買っていくかあ」
野次馬たちは、一斉にお菓子を買いはじめた。
そうだよね、しょっぱいものを食べたあとは、甘いものが欲しくなるよね。
私たちもしれっとドーナツを買い、人混みに紛れて現場をあとにするのだった。
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