第22話 ハレム王国建国秘話 ~オリジナル設定を添えて~

 ハレム王国の歴史は、約三百年前に遡る。

 現ハレム王国の領土のほとんどは、《混沌》の異名を持つ魔王ナイアルの勢力圏だった。ナイアルの魔力に影響を受けた魔物はいまとは比較にならないほど強力で、凶暴だった。人類は生態系の下位であり、魔物の目を盗むように細々と暮らしていた。


 そんな人類の冬の時代に現れたのが建国王ゼッツリンド・ハレムである。

 神より授かったという聖剣を携えた若き青年は、仲間たちとともに次々と強大な魔物を斃して人々を助けた。人々はゼッツリンドを旗印に団結し、魔王勢力へと対抗をはじめた。そして、ゼッツリンドをはじめとする5人の勇士がついに魔王ナイアルを封印し、この地は人類の領域となったのである。


 人々はゼッツリンドを王に戴き、ここにハレム王国が打ち立てられた。

 共に闘った勇士は貴族に叙せられ、これが現存する王国4大公爵家の祖となる。ヴラドクロウ家の先祖もこの中のひとりだ。


「――と、ここまでが普通に知られている建国の逸話です」


 私はここで、セイギネスの聖印を机の上に置く。

 片手に天秤を持ち、片手に剣を持つ女神の紋章は、おそらくギリシア神話の女神テミスが元ネタだろう。天秤によって正義をはかり、剣によって正義を執行する。前世では弁護士バッジのデザインモチーフにもなっていた。


「建国王ゼッツリンド・ハレムは、太陽神ラー=ラから聖剣を授かったと言われています。しかし、神の加護を得たのはハレム王家だけではなかったのです。王家の威光を高めるために秘されてきましたが、当家にも加護を与えた守り神が存在したのです」

「それがセイギネスって神様?」

「ええ、そのとおりです。当家の守り神となったセイギネス様は、11個のジャスティスバングルと、この聖印を授けてくださったというわけですの」

「そんなこと、ぜんぜん知らなかったぜ」


 3人は神妙な顔でうなずいている。

 完全にでまかせなので、こうも真剣に聞かれるとちょっぴり心が痛い。し、しかし私にはジャークダーを完璧なものにしなければならない使命があるのだ。心を鬼にして、この嘘を突き通さなければ!


「前置きが長くなりましたが、これが最後の褒美です。勇者様方には《正義の黎明ジャスティスサンライズ》の称号を授けたく思います」

「ジャスティス……サンライズ?」


 クレイ君がきょとんとした顔をしている。

 これなあ、ネーミング悩んだんだよなあ。原作そのままにジャスティスイレブンと名付けたいところでもあるが、なにしろ3人しかいないのでさすがに不自然だ。ジャスティススリーだと語感が悪いし、ジャスティスドライ、ジャスティストレス……とドイツ語やスペイン語にしてみても据わりがよくない。

 それならいっそ日本語で「サン」ならどうか。英語の太陽SUNともかけられるし、なかなかいいんじゃないか? ジャスティス=サンだと忍者を殺す話みたいだから、もう少しもじってジャスティスサンライズ。正義の太陽が世界を照らす、闇の勢力ジャークダーと戦う設定である現世の戦隊ヒーローにぴったりのネーミングではないか!


「まさかヴラドクロウ家から称号がもらえるなんて……」

「王都にやってきて早々、こんな名誉なことが……ああ、世界樹ユグドラシル様……」


 クレイ君とは違い、エイスちゃんとリジアちゃんはことの重大さに気がついているようだ。


 冒険者パーティにはしばしば名前がついている。これは自分たちで名乗るものがもっとも多く、次に多いのが自然発生的なあだ名だ。クレイ君たちなら、放っておいたら《赤髪熱血団》とか呼ばれてたかもしれない。

 そして、もっとも少なく貴重であるのが貴族や教会などから正式に称号を授与されるパターンだ。これは称号を与えた人間が、その人物の手柄と実力にお墨付きを与えたということを示し、また後ろ盾についていることを意味する。

 万が一、称号を得た人間が不祥事を起こせば授けた側の恥にもなるのだが……ま、クレイ君たちならそんな心配はないだろう。


「その様子なら、受け取っていただけるようですね」

「もちろんよ! ほら、クレイも文句ないでしょ?」

「えっ? あー、うん」

「身に余る光栄ですよ。ちゃんと御礼をしなさい」

「あ、ありがとうございます」


 あらら、クレイ君が女子二人に詰められてたじたじなっている。

 ふふ、戦隊ヒーローのリーダー役はちょっと抜けてるくらいがちょうどいいよな。原作レッドも非常識なところがあって、よく仲間からツッコまれていたのだ。


「そして、あなた方ひとりひとりにも称号を授けます。まずはクレイ、あなたは燃え盛る正義ジャスティスレッドです」

「ジャスティスレッド……」

「次にエイス。あなたは清冽なる正義ジャスティスブルー

「ジャスティスブルー……」

「最後にリジア。あなたは慈愛深き正義ジャスティスグリーン

「ジャスティスグリーン……」


 各人に称号を伝えつつ、手のひらほどのサイズの羊皮紙を渡していく。

 子羊の革をなめした最上級品だ。この世界では製紙技術がそこそこ発達しており、羊皮紙が普段使いされることはない。儀礼的な意味合いのある賞状などでしか用いられないのだ。その最高級羊皮紙を使い、お父様の祐筆ゆうひつに頼んで特急で仕上げてもらった品である。「ジャスティスサンライズ? なんですかこれは?」って顔をされたが、そこは悪役令嬢らしくわがままムーブで押し通した。正直申し訳ないので、あとで高いお酒でも届けてお礼をしよう。


 この羊皮紙はヴラドクロウ家が正式に称号を授けたことを表す証明である。

 称号や二つ名を勝手に名乗る人間は珍しくないので、こうして形にすることが重要なのだ。それに《正義の黎明ジャスティスサンライズ》なんて大仰な名前は自称では恥ずかしいだろう。こういうのは、第三者が名付けることに意味があるのだ。


「さあ、これであなた方は当家が正式に認める勇者です。今後も己の魂には恥じぬ活躍を期待します」

「「「ありがとうございます!」」」


 3人が膝に手を置いて深く頭を下げた。

 おっと、注意事項を告げるのを忘れていたな。


「称号を授けたからと言って、特別に何かの義務を負わせようというつもりはありません。今後も心の赴くままに正道を歩んでください。しかし、ジャスティスバングルの力については注意があります」

「注意? それはどんな?」

「ジャスティスバングルは使い手を選ぶとともに、力を示す場面も自らの意思で選ぶと言われています。悪との戦いでは力を発揮しますが、そうでなければセイギネス様がお力を貸してくれることはないでしょう。具体的に言うと、ジャークダー以外との戦いにはおそらく無力です」

「えっ、そうなのか!?」


 クレイ君はあからさまに残念そうだ。

 あの力があればダンジョン探索や魔物退治も捗ると考えていたのかもしれない。しかし……すまんな、ジャスティススーツのパワーは外付けの支援魔法によるものなのだ。私たちの目の届かないところで変身されてもパワーアップなんてさせられないのである。

 見てないところで事故を起こされてもマズイので、これは絶対に伝える必要があった。


「さて、すっかり話が長くなってしまいました。勇者様方は宿はお決まりですか? よろしければ、今夜は当家にお泊まりください。ささやかながら夕食の用意もさせております」

「それはありがたいぜ!」

「馬小屋のはずが貴族様のお屋敷に泊まれるなんて……運命ってわからないわね」

「下賤の育ちですので、何か無礼がありましたら申し訳ございません」

「ふふふ、気になさる必要はないわ。夕食がてら、これまでの冒険のお話を聞かせていただけたら幸いですの」


 それから私たちは、軽く酒を飲みつつ夕食に舌鼓を打った。

 クレイたちの冒険の話は、ゴブリン退治や浅層ダンジョンの探索など、騎士道物語に比べればはるかに小粒なものばかりだった。だが、実感のこもった冒険譚の数々は、十分にスリリングで引き込まれるものがあった。


 ジャークダーの次の企画に活かせないかな、これ?

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