第21話 初手、大金

「まずは簡単な話からはじめましょう」


 緊張で固まったクレイ君たちに、私は表情を緩めて微笑んでみせた。

 ここまで話を持ってくるのにケレン味をきかせすぎた感は正直ある。まずは、わかりやすい報酬から提示して、メリットを明確に示しておこう。


「パルレ、例のものを」

「かしこまりました、お嬢様」


 パルレがずっしりと中身の詰まった布袋をローテーブルに置く。

 その袋にはヴラドクロウ家の家紋が刺繍されており、布地も麻ではなく上等な綿だ。貴族同士でちょっとした贈り物をする際に使用するものだが、この袋を売るだけでもちょっとした小遣いにはなるだろう。


尾籠びろうな話で恐縮だのだけれど、これは謝礼金です。中身を改めてくださるかしら?」

「わ、わかった」


 前世の日本なら、封筒に入ったお金をその場で数えるなんて失礼極まりないが、現世での常識は違う。もらったものはその場で即確認。そして中身に応じた謝意を示すのがこの世界での礼儀なのだ。

 クレイ君が布袋の紐を解き、中を覗き込む。そしてその姿勢のまま固まった。


「ちょっと、クレイ。手早く数えなきゃ失礼でしょ。こっちに貸しなさい。いったい銀貨何枚……」


 クレイ君の手から布袋をひったくったエイスちゃんが固まる。


「エイスまでどうしたのですか? あなたらしくもない。ここは私が……えっ、き、金貨……?」


 リジアちゃんも緑色の瞳をまん丸にして固まった。

 布袋に入れた報酬は、平均的な冒険者の3年分の収入くらいだ。物価がぜんぜん違うから単純に換算はできないけど、無理やり日本円にするなら1千万円くらいかな。

 少年少女に渡すには大金だが、彼らにはこれから正義の味方として活動してもらわなければならない。小銭で転んで悪事に走ってしまわないよう、当座の生活費に困るような事態は避けなければならないのだ。

 また、彼らが取り戻してくれたヴラドクロウ家の聖印・・がいかに大事なものだったのか、その重みを印象付ける意味合いもある。


「こ、こんなに頂いてしまってよいのでしょうか……?」

「それだけの手柄だったということです。セイギネス様の聖印は我が家に代々伝わる秘宝。悪が再び動き出すその日に備え、秘していたものなのです」

「それほど大切なものだったのですね……」


 最初に正気を取り戻したのはリジアちゃんだった。

 おっとりしているように見えて、実は肝が座っているのだろう。うむ、原作のジャスティスグリーンと同じ性格だ。すばらしい。


「うちらみたいな新米にこんな大金……何か含みがあるんじゃないの?」

「含みなどありませんわ。これは純粋に感謝の気持ちですの。ただ、これから授ける残り2つの褒美について、その重みを知っていただきたかったという思惑もあるのは否定しませんわ」

「残りの、褒美……」


 いぶかしげな視線を向けてきたのはエイスちゃんだ。

 ややひねたところがあり、現実を冷めた視点で捉えるところはジャスティスブルーに近い。原作ではメガネの理系男子なのだが、現世でそこまで求めるわけにもいくまい。


「俺たちはいつか英雄になることを目指して冒険者をやってるんだ。いまさらビビったりはしないぜ! 残りの褒美、どんなものなのか聞かせてくれ」

「何よ偉そうに。あんたが一番ビビってたじゃないの」


 最後に立ち直ったのがクレイ君だった。

 真っ直ぐな正義漢であるところはジャスティスレッドと同じなのだが、勢いと暑苦しさが少々物足りないな。社会常識とかをすべてかなぐり捨てて、正義の道に邁進する熱血漢が原作のレッドだったのだが……ま、あんな性格の人間が現実にいたらうっとうしいのは間違いないので、クレイ君ぐらいの方がバランスが取れてていいかもしれない。


「次の褒美は、いまあなた方の手首にある腕輪ですわ」

「こ、この魔道具を!?」

「こんな強力な魔道具、古代遺物アーティファクト級じゃないの!?」

「たったいま頂いた金貨が霞んでしまうほどの品物かと思うのですが……」

「ええ、そちらを差し上げたく思います」


 私はいかにも鷹揚おうような態度を装ってゆっくり頷く。

 うーむ、実際はそんな大層な品じゃないんだよね……。マジックポーチの原理を応用して変身スーツを格納し、奇術や演劇で使われる瞬間早着替えの魔法である『瞬装』を組み込んだだけなのだ。形状が特殊だから開発に時間がかかってしまったが、発展性もないし物珍しい以上の価値はない。強化も横から支援魔法をかけただけだしね。


 ……なんて、本当のことを告げる訳にはいかない。

 私は重々しい口調で言葉を続ける。


「たしかに希少な品ではありますが、一般に売れるようなものでもありません。このジャスティスバングルは持ち主の魂と共鳴しなければ使用できないのです」

「使い手を選ぶ魔道具ってことか……」


 使い手を選ぶとされる魔道具はいくつか存在する。

 王国の宮廷魔術師長が所有していると噂の硝子瓶の小人ホムンクルス、異国の話だが大陸最高の冒険者と名高いウエムラが持つ氷原の猟犬タロトジロなどだ。いずれも千年以上前に滅びた古代魔法文明の遺物であると言われており、現代でも再現できない超技術によって作られている。そうした貴重な品々や、同レベルの力を持つアイテムを古代遺物アーティファクト級と呼ぶのだ。


 例を挙げていくとキリがないが、使い手を選ぶ魔道具は例外なく古代遺物アーティファクト級である。研究資料やコレクションとしての価値はもちろんあるが、使い手が存在しなければ実用上の意味はない。市場に出回ることもないので、よほどのコネでもなければ売り払うことも難しい品なのだ。


「でも、どうして俺たちなんかが使い手に選ばれたんだ? あんたの……ヴラドクロウ家の血筋のものが継ぐのが当然じゃないのか?」

「そうしたいのは山々だったのですが……」


 ここで言葉を区切り、そっと目を伏せる。


「わたくしはもちろん、一族の者は使い手として認められなかったのです」

「なぜなんだ? もともとヴラドクロウ家のものなんだろう?」

「言い伝えでは、ジャスティスバングルは純粋な正義の魂と共鳴してその力を発揮すると言われています。推測ですが……当家は貴族としてあまりにも長くあり続けてしまったのです。純粋に正義のみを追求することは、貴族という立場が許してくれないのです――」


 このあたりで、ちょっと遠い目をしてみたりする。

 意味深な雰囲気を感じ取ったのか、クレイが気まずそうに目を逸らした。

 ふふふ、私もなかなかの演技派ではないか。


「――しかし、こうして使い手たり得る勇者に出会えたのは僥倖ぎょうこうでした。今後も正義を貫き、悪と戦い続ける気概があるのでしたら、どうかジャスティスバングルの持ち主としてその力を活用していただきたいのです」


 3人の目を順番に見据えていく。

 緊張はあるが、怖気づいたような様子はない。眩しいほどに真っ直ぐな眼差しをしてるぜ!


「俺は英雄を目指してるんだ。この力、ありがたく借りさせてもらうぜ」

「クレイならそう言うと思ったわ。ま、うちも同意するけどね」

「身に余る力ではありますが、これも世界樹ユグドラシルのお導きでしょう」


 うむ、3人ともよく了承してくれた。

 さすがは主人公ムーブが板についたパーティである。正義の道を歩んでいくことに恐れはないらしい。


「では、最後の褒美についてですが……その前に、みなさまは『《混沌の魔王》ナイアル』の伝説をご存知ですか?」

「それはもちろん。最初の王様がやっつけたっていう魔王だろ?」

「この国のものなら誰だって知ってるわ」

「私は隣国の出身ですが、それでも知っていますね」

「それなら話が早くて助かりますわ。これからお話することは、一般には知られることのない建国にまつわる秘事となります」


 私は紅茶を一口啜って、長い長い話をはじめた。

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