第25話 はじめての友だち
「こんな店に呼び出すからなんだと思ったら、レーズンバターがお目当てだったのかい?」
ニシュカはその長身を木製の椅子にどっかり据える。
平民向けの居酒屋の椅子はどこも小さめだ。その対比で、ただでさえ大柄なニシュカの身体がさらに大きく見える。
「いらしていただけて幸いですわ。たまにはこんな趣向も悪くないかと思いまして」
「ハハハ、たしかにそうだな。いつもおんなじ屋敷ん中じゃ息が詰まっちまう。しかし、ひっさびさにこんな格好をしたぜ」
ニシュカはゆったりとした貫頭衣を身に着けていた。
王国風ではない、南方の民族衣装である。布地は足首近くまであり、ところどころに複雑な文様の刺繍が縁取られている。前世風に言うなら長袖のワンピースって感じかな。左頬の傷はファンデーションで隠されており、いつもの凶相は一片たりとも見当たらない。なんというか、ラテン系のスーパーモデルみたいだ。
「しかし、ここじゃあんまり込み入った話はできないんじゃねえのかい?」
「それなら心配ありませんわ。ちゃんと道具を用意しておりますの」
私はポーチから手のひらサイズの魔道具を取り出して机に置くと、魔力を流しつつ《遮音》という発動句を唱える。すると居酒屋のざわめきが遠くなり、辺りを静寂が包んだ。
一定範囲に音を遮る結界を張る、貴族御用達の魔道具である。
「なるほど、密談用の魔道具ってわけか。お貴族様はいろいろ考えやがるねえ」
「うふふ、貴族社会はどこに耳があるかわかりませんから」
「あっしみてえな平民育ちには一生わかんなそうだぜ。っていうかよ、イズの嬢ちゃんもぼちぼち素で話してくれねえか? ホントのあんたはそんなお高く止まった話し方はしねえだろ」
「あー……わかる?」
「そんなお嬢様ならモツの煮込みを何皿もおかわりしてねえよ」
ニシュカの三白眼が、私の前に積まれた空の皿に注がれていた。
あっ、いつの間に5皿も食べてたんだろ。えへへ、おいしいからね、つい夢中になっちゃったみたい。屋敷じゃ食べられないし。
まあ、素で話していいというのはぶっちゃけありがたい。
ニシュカとは令嬢モード全開で出会ったので、切り替えるタイミングが見当たらなかったのだ。肩が凝ってしんどいのだよね、令嬢モード。というわけで、私は素に切り替えて話をはじめる。
「それじゃ、とりあえずジャークダーグッズの調子はどう?」
「急に軽くなったなあ。ま、その方があんたらしいや。おかげさんで絶好調だ。絵札を何種類も作って、クジみたいに引かせるなんて考えつきもしなかったぜ」
先ほどのおっさん特オタが話題にしていたカードがこれだ。
ジャスティスサンライズのピンバッジにも同じ手法を採用している。
ジャスティスサンライズ関連のグッズはヴラドクロウ家が扱い、ジャークダー関連についてはニシュカに扱ってもらっているのだ。
なお、おっさんは「全種揃えるには最低でも銀貨10枚がいるのか」とぼやいていたが、じつのところ銀貨10枚程度ではまず済まない。10枚買って10種コンプリートできる確率はたったの0.04%ほど。直感に反するだろうが、これが確率というものの残酷さだ。
この仕組みは前世のソシャゲガチャやトレーディングカードゲームを参考にしたものだ。やり過ぎると悪辣になるので、加熱しすぎるようならボックスガチャなども導入するつもりだが、いまのところはそこまでのめり込むものは出ていないようなので様子見中である。
「ジャスティスサンライズも売れてるらしいじゃねえか。ヴラドクロウの旦那が上機嫌だったぜ」
「おかげさまで順調そのものよ。ジャークダーの活動は基本的にお金が出ていくばかりだったから、やっと収益が出せるようになってほっとしてるところ」
「はっはっはっ! 貴族のくせにいっぱしの商人みてえなことを言いやがる」
「あら、商人よりも貴族の方がお金は入用ですのよ?」
「へへえ、そりゃおっしゃる通りで。おみそれしやした」
私がふざけてみせると、ニシュカがすかさず乗ってくる。
こういうの、なんだか新鮮だな。たいていの相手はヴラドクロウ家の令嬢と言えばかまえてしまって、こんな自然体で接してくれる相手はいない。前世でもずっと
……あれ? 私って前世でもそんなに友だちいなかったの?
特オタ女子ってそれほどに孤独なものだったのかよ。つらい……。
思わぬ前世の古傷を開いてしまった私は、それをごまかすよう強い酒をあおりながらニシュカと話し続けた。
王家へのイタズラもそろそろマンネリだし、次はどんな事をしよう。ターゲットにちょうどいいお店はあるかな?
王党派貴族が悪徳商人と組んで砂糖価格の吊り上げを企んでるって?
ふむ、それなら次はそこの倉庫に踏み込んで在庫を――
うんうん、それなら一石二鳥で上手くいきそう――
子供のころに似たような悪さをしたって――
小さいころのこと覚えてなくて――
そんなのが大好物だったの――
私は恋なんてしたこと――
――――――.... .
――――.. .
―― .
… .
..
.
.
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「んぐぅ……頭が痛い……」
「もう、いくらなんでも飲み過ぎですよ、お嬢様。はい、お水です」
「ありがとう……昨日、どうやって帰ったんだろ……」
「ニシュさんが貴族街の門までおんぶしてくれて、それから屋敷のものに迎えに来てもらったんですよ。なんにもおぼえてないんですか?」
「め、めんぼくない……」
げ、現世で二日酔いなんてはじめてだ。
猛烈に頭が痛いし喉が渇く。最悪の気分だ……。なんでこんなに飲みすぎてしまったんだろう?
すごく不安な気持ちになって、言葉もお酒も止まらなくなってしまった……気がする。うーむ、はっきり思い出せん……。
私がうんうん苦しみながらこめかみを揉んでいると、パルレが自分の腰に手を当てて、大真面目に告げてきた。
「それから、これは旦那さまからの伝言です」
「で、伝言って、何?」
嫌な予感しかしねえ……。
「これから1ヶ月、お酒は禁止! 『将たるものが酒に飲まれるとは何事だ!』とたいそうお怒りでしたよ。たぶん、夜には呼び出しもありますから、今日はお屋敷で待機してくださいね」
「え、ええー……」
「お嬢様が悪いんですからね。私は知りません!」
パルレはぷいっと背を向けて部屋を出ていってしまった。
二日酔い以上の苦しみなんてないだろう、と思っていたところに続けて襲いかかったのは、明らかなオーバーキルの宣告であった。
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