第30話 責任ある者同士の議論【ルミナ視点】

 今すぐ。

 わたしのことを、訊きたい。人間時代、なんて。全く記憶にない。再構築されてない。

 大声で、怒りをぶつけたい。この人達のせいでわたしは。

 毎日、んだ。


 けど。


「……分かった。、この部屋の光泥機を止めるスイッチを渡して」

「……ほう」


 ぐっと抑える。右腕を。娼婦奴隷の証のバッテンを強く握って抑える。これ、光泥リームスで溶かして消せないのかな。くそっ。


 ここは、わたしじゃない。ニコの。

 ニコの戦いだから。

 そして。なんでも良い。『いいから』。……もう、戦いは終わったんだから。もう勝ったんだから。時間稼ぎ以外の何物でもないこの時間が、勿体無い。

 もう、いつもならニコの寝る時間だ。貴族令嬢としていつもお金を掛けて保っている肌が、荒れちゃう。


「これだ」


 エスタンテさんは布団の中からそれを取り出して、ふわりと投げた。受け取る。光泥リームスの入ったビンだ。


 これを挿し込む装置は。……ベッドの側にある。


「で、どうする?」

「は?」


 エスタンテさんは、今度はニコに訊ねた。


「クーデターは終わった。インジェンを筆頭に、イストリアは全員逮捕。……どうなる? 残ったのは空中に浮かんだままの、獣人族アニマレイス達だ。彼らは何も知らぬ。ただ、平等をと叫ぶのみ。奴隷制の撤廃をと」

「…………それはあなた達が勝手に産んで、捨てたからじゃん!」

「貧民街を作ったのは人間。リヒト国だぞ。というか……今この場で何を言おうと『実際に奴隷が居て改革を望んでいる』という事実は変わらぬ。どうする? また起きよう。何度も。このようなデモやクーデターは」

「…………」


 わたしじゃ駄目だ。この人とはまともに話せない。同じステージに居ない。

 ニコを見る。彼女は顎を持って、考えている。

 公女として。


「まずは全て公表するわ。それから、改めて光泥リームスの研究を行う。あなた達イストリアを引き継いで。奴隷制の撤廃は……時間が掛かるわ」

「だろうな。リヒト議会も一枚岩ではない。どうしても『認めたくない』連中の巣窟だ」


 ニコだって、議会で発言権がある訳じゃない。今考えても、全くその通りにはならない。

 ニコはまだ、政治家じゃない。


「……少なくとも、こんな夜明け頃にこんな場で話すことじゃないわ」

「!」


 ニコは。わたしからビンを受け取って、光泥機に挿し込んだ。


生命アニマとスワンプマンの話、興味深かったわ。後で詳しく聞く。けれど今は。……私の好奇心より優先するものがある」


 ギュン。


 光泥リームスが起動する音。ザア、と。部屋の光泥リームスが流れてなくなっていく。

 ガラス張りの四角い部屋が露わになる。すーっと、光泥リームスが引いていく。

 部屋の向こうでチルダさんがほっとした表情をしたのが見えた。


「ふむ。お主には『責任』があろう。ベルニコ・ヴェルスタン」

「ええ。そしてあなたにも責任があるわ。に、どうすれば良いか話し合って考えましょうね」

「む」


 議論とは。

 インジェンの言葉だ。つまり、ニコの考えでもあって。

 誰にも当てはまる普通の話でもある。

 議論とは、同じ目的を共有した人達による建設的な話し合いで、協力作業だ。


 ニコはエスタンテさんを。イストリアを。

 こんなことがあってもやっぱり、『仲間』だと。


「…………くはは。全く。ここを出ていった時のルミナスにそっくりだ」


 エスタンテさんが、額を押さえて笑った。

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