第31話 生きることの意味【ニコ視点】

「ニコお嬢様」

「ええ。今日も敗けてしまったわね」


 結局――


「……私は中途半端だったのよね。公女としての自覚と、自分の好奇心を混ぜてしまっていた。私のは、好奇心の塊。それを、公女という立場を使って誤魔化していただけ。あのエスタンテに、ひと目で全て看破された。嘘や誤魔化しは議論では御法度。あれが討論なら私の敗けね」


 私達の個人的なことはさておき。

 リヒト公国は、変化を強いられることとなる。これから、議会は荒れるだろう。けれど。間違いなく、『より良い国』に近付く。

 結果的に。インジェンは国に貢献したと言える。


 あのクーデターから、1ヶ月経った。


「破壊されたタンクもそろそろ全て復旧する。……死者は全て人間で、合計13人。内5人が光泥リームスに飲まれての『溶死』。再構築が試されたけど、都合よくその場に『再構築』使いの獣人族アニマレイスなんて居なくて。もう死亡者の生命アニマも現場に無い――と、イストリア謹製の調査方法で結論付けられた」

「……でも、変わるよね。これから」

「そうね。獣人族アニマレイスを多数抱える貧民街は特に」


 ルミナが、真に自分の物となった『ルミナス・ヴェルスタン』の居住証を取り出して眺め始めた。私の母ではなく。

 彼女の物だ。

 その横へ来て。私とルミナへ、チルダが光茶こうちゃのおかわりを淹れてくれた。


 結局。

 どれだけ部数を伸ばしてしてどれだけ売れて、人気作家だと言っても。

 同じくらい、もしくは彼女より売れている作家など沢山いるし。

 人間より獣人族アニマレイスの方が実際少数だし。

 物語風だったから読みやすかっただけで、政治や議論について詳しい本など沢山あるし。

 『人気作家』がひとり減ろうが世はこともなし。一般人は忘れ去って、読書家は他の作品を読むだけだ。

 世の関心はそんないち作家ではなく。獣人族アニマレイスと奴隷制について集まっている。


「旦那様はまだ?」

「ええ。まだ怒りは治まらないらしいわ。私が『ベルニコmarkマーク2』だと知って」

「そりゃ怒るでしょ……」


 私達は、私達が解決しなくても良い事件に首を突っ込んだということになる。エスタンテの言う通りだ。

 けれど、私達が介入して解決は確かに早くなったし、アサギリ氏のことも公になった。それは間違いなく私達の成果だ。


「インジェンには哲学の本もあったんでしょ?」

「ええ。準新作の『哲学の灯火』ね。泥男スワンプマンのことは書かれていなかったけれど。……曰く、【考えても無駄なことは考えても無駄なので、考えるだけ無駄だ】というような感じ」

「…………考えても無駄そうだなぁ……」

「例えば、『人は何故生きるのか』『人が生きている意味』について。……あなたはどう?」


 自室にて。いつもの賭博を、ルミナとやっていた。今日はカードだ。勿論私が敗けた。ガラステーブルに、模様と数字が書かれたカードが並べられている。私の敗け確定な状況のまま。


「うーん……? 意味? 息をして、食べて寝てるから生きてるんでしょ? その人の人生の目的ってこと?」

「『生きること』そのものの意味よ」

「…………うーん?」


 腕を組んで頭を捻るルミナ。

 可愛い。

 撫でたい。


「無いのよ」

「ええっ。それもなんだか」

「『意味』というのは、どういうことか分かる?」

「………………うう〜ん……?」


 くねくねし始めた。


「『正誤』の定義はもう知ってるわよね。目的に沿っているかどうか」

「うん」

「本を読みたいとき。『立ち上がって本棚へ向かう』ことには『意味がある』。けれど、『寝室へ向かう』ことは『意味が無い』。わよね?」

「あっ。確かに」

「この場合の意味とは、『価値』のこと。全て、目的に対して『どうか』と問われているのよ」

「ふーん。へえーっ」


 尻尾が揺れている。

 もふもふに。


「つまり、『生存』を目的とした生物の『行動』には意味の有無を見いだせるけれど。『生きること』に意味を持たせようとすると、『その人の「生きていること」がに沿っているということ』になってしまう」

「………………あっ」


 気付いたみたいだ。耳がピンと立った。


「あなたは誰かの道具手段なの? ……、違うわよね。自分の意志で、『生き方』を決めて良いの。……『生きること』に、意味なんて無い。あっても、そんな『誰かの為の道具』だなんて御免被る。だから、考えても無駄なのよ」

「……『生きるため』の行動に意味があるかどうかであって、『生きること』は前提だから、意味なんて無いんだね」

「ええ。生きる意味を問うことが、そもそも『ありえない』のよ。……こうやって、ひとつひとつ言葉を噛み砕いて確認するのが哲学。『なんだかよく分からない、人それぞれの答え』なんていうものではないの。それは哲学ではなくて、『暇』ね。そんな答えのないことを考えている暇があるなら仕事したり勉強したり、好きなことしたりした方がよっぽど『意味がある』わ」


 実験体。

 私もルミナも、『・サイエンティスト』イストリアの道具だった。

 だけどその『価値』はもう、失われた。


「だから、私が『本当にベルニコなのか』についても、考えるだけ無駄なのよ。生命アニマの観測はできても、それが『元の私と本当に同一なのか』は証明できない。どうやっても、『魂の同一性』なんて誰も何も証明なんてできないのだから。私が、ベルニコを自称していて。記憶も知識も性格も同じ。周りが、私をベルニコだと認めている。『アイデンティティ』ってよ。だから私はベルニコ・ヴェルスタンなの。このまま、16歳だと言うわよ私は。まさかこんな『0歳児』は居ないもの」


 この世は運が全てだ。私の生まれ。育ち方。性格。努力。結果。

 全て。


「で、賭けの精算よ。今日はどうするの?」

「うーん……」


 ルミナは尻尾をふらふらと揺らしながら少し考えてから、またピンと立たせた。


「今晩、一緒のベッドで寝よう?」

「………………」


 ここで一旦。

 まだ問題は山積みだけれど。

 私の視界と脳内と未来がもふもふに支配されたから。


「分かったわ」


 一旦、この運命の物語イストリアを締め括ろうと思う。 

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