第26話 ベルニコ・ヴェルスタンの証明【ニコ視点】

「あなたは私の母なの?」

「そう思うのか? 確かに記憶はある。だが見ろ。毛の色も顔も声も性格も違う。私に『受胎』能力は無かった。何より獣人族アニマレイスだ。……失敗作だよ。私も。お前の母の生命アニマは、私の中には無い。代わりに、『創造』が発現した。失敗作でありながら、最高傑作でもあるんだ」


 事故。確かに父からそう聞かされた。今も、彼女はそう言った。

 けれど。


 私を産んだその日に。まだ入院中に。

 光泥リームスに沈むことなどあり得るのか?


「………………イストリアには他に戦闘要員は?」

「……居る。『創造』使いは以降の16年で9人生まれた」

「!」

「今は全員だ」

「!!」


 光泥リームスのように。流れ始めたらガラス以外では止められない。全てを飲み込み、自己増殖しながら。流れ続ける。


「…………一刻も早く、アサギリとイストリアの研究を議会に回さないと」

「ああ。間に合わないだろうな。奴らは向こうで、10歩も100歩も先へ進んでるだろう。私が今日、リヒト公国を。それが伝われば、『侵攻』が始まる」

「…………!!」


 収拾が付かなくなる。国家規模で、獣人族アニマレイスが攻めてきたら。

 今度こそ本当に、国が滅ぶ。


「貴重な情報ありがとう。精査はするけれど、一旦真実だとして動くわ。……行きましょうルミナ。……チルダ。頼んだわよ」

「かしこまりました」


 話は終わりだ。最優先でイストリアへ行かなければならない。

 チルダの合図で、警備隊が集まってくる。すぐにインジェンの身体検査がなされ、光泥リームスの小瓶が3本押収された。


「ははっ。これで本当に終わりだな。呆気ないもんだ。10年掛けて賛同者を集めたってのに」

「……10年掛けて、私を育てたからよ」

「あー……。お前が誰より優秀な生徒だって証明されたな。誇らしいよ。ベルニコ」

「………………」


 その言葉を背に受けて。私達はエレベーターを起動させた。


 ギュン。聞き慣れた起動音が鳴った。


「…………失敗作」

「あのねルミナ。あなたは何も悪くないわ。ただの被害者よ。気にする必要も無い。それにアサギリ研究所で試したでしょう。『触れて覚えている物』しか再構築できない。母のバックアップは誰も取っていなかった。だから『事故』なのは、本当ね」

「…………」


 ガラス張りのタワー。

 景色が縦に流れていく。地上の方が明るい。


「…………」


 沈黙が流れる。


「で、チルダ」

「はいお嬢様」

「『委員長』ってなに? アサギリ博士も呼んでいたわね」

「……彼と私と、奥様は同じ学年の学友でした。それだけです。尤も私は、旦那様の付き人として通っていただけに過ぎませんが。勿論、学級委員などというものはありませんでした。ただのアダ名です」

「…………母の記憶を持つというのは本当なのね。いや……最初から最後まで、彼女インジェンは何ひとつ嘘を吐いていなかった」

「…………」


 また、沈黙。


「お嬢様」

「?」

「……お嬢様」


 後ろから。

 チルダが、腕を回してきた。

 ぎゅっと。


「な、なに?」

「インジェン・イストリアが先程、ルミナを見てあれだけ動揺したのは。彼女自身が、『自分はルミナス・イストリアとは別人だ』という主観があったからではありませんか?」

「……!」


 大事そうに。

 愛おしそうに。

 抱き締められる。


「確証など、ひとつも無かった。……今のお嬢様は……。本当に『ニコお嬢様』……なのですね?」

「…………チルダ」


 光泥リームスは、何を溶かそうとも全て同一の物質。どんな顕微鏡を使って見ても、そこに違いは無い。


「『複製』『再現』ではなく、『再構築』と言ったのよ。彼女インジェンは。……それは肉体だけじゃない。私の『生命アニマ』も、きちんと再構築されたということ。……私が『記憶と性格だけ真似した別人』でないと、真に証明はできないけれど。?」


 握り返した。私も、その腕を抱いた。

 強く。


「…………お嬢様がそう仰るのなら。私は全て肯定いたします」


 私がベルニコ・ヴェルスタンでなければ、何なのか。今、世界に『ベルニコ・ヴェルスタン』と呼べる物は私だけだ。


 それで良い。解の無い哲学問答は、今この場では時間の無駄だ。


 そう思う。それを証拠にしたい。

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