第27話 イストリアの屋敷にて【ニコ視点】

 インジェンは私を、ベルニコ・イストリアと呼んだ。私を、イストリア扱いした。つまり。

 『光の物語ルミナス・イストリア』と『人間』との間に生まれた子供として、私もある意味実験体だったのだ。


 翌日の日の出を待たずして。イストリア家に警察の手が入った。ヴェルスタン家と同じく大きな、頑強ガラスコーティング加工が施された煉瓦造りの屋敷と研究施設。イストリアは下級貴族で、議会に参加する権利は無い。表向きはガラス職人だ。改めて確認すると、ただの職人一族には不釣り合いな規模の研究施設。

 中心に吹き抜けの中庭がある、奇妙な形の屋敷。

 庭には、林があって。人工の川まで造られていた。そこから、『アサギリホタル』が沢山屋敷に飛んできて、光っていた。幻想的な光景だと思った。

 光泥リームスが、飛んでいるようで。


「べ、ベルニコ様っ!」

「…………」


 屋敷には、イストリア家の人間と共に、大勢の獣人族アニマレイスが居た。彼ら獣人族アニマレイスに、使用人をさせているようだ。思えば彼らは失敗作なのだろう。


「私を敬わないで。……私はイストリアではなくヴェルスタンの娘よ」

「しかし……。先代『光の物語ルミナス・イストリア』の血を継いでいるのはあなただけなのです。どうか、次の物語イストリアを……」


 逮捕され、手錠を掛けられながらも。イストリア家代表である背の高い老婆は私に縋った。

 母は本当に事故で亡くなったのだ。折角の保存地点が。失われた。


「くだらないわ。その性質はただの『受胎』でしょう? それよりも『創造』持ちの残りの獣人族アニマレイスの詳細と居場所よ。全てを提出しなさい。……まああなた達を全て逮捕してから家宅捜索はするけれど」

「…………ぅぅ」


 老婆は全てを諦めたように最後に呻いて、大人しく警察に付いて屋敷を出ていった。


「ニコ。この先、なんか変だよ」

「?」


 ルミナが、指を差した。屋敷の中庭だ。吹き抜けになっている。頑強ガラスの扉を開く。


「…………光泥リームスの箱?」


 恐らくガラスの水槽だ。10メートル四方の立方体が中庭のど真ん中にあった。光泥機が仕込まれているようで、立方体を覆うように光泥リームスが上から流れ落ちている。四方に拡散する滝のようだ。それらは中庭を満たしていて、どこかへ流れて通じている。


「……中に何か、居るよ」

「…………獣人族アニマレイスしか入れない部屋ということ?」

「行ってこよっか?」


 そもそもこの屋敷の構造が奇妙だ。こんなに広い中庭があるなんて。屋敷全体が四角形で、その中心に庭がある。


 その中心に満たされた光泥リームスと、人間を通さない謎の部屋。


「いいえ。私も行くわ」

「えっ。待って。まさか、また?」

「お嬢様!」


 チルダが叫ぶ。


「…………お嬢様」


 分かっている。

 チルダの言いたいことはもう理解している。光泥機なら、どこかにスイッチがある筈だ。停止させて、光泥リームスを除去すれば溶けずに入れる。


「無理ですよ。ベルニコ様」

「!」


 声がした。警察に連行される獣人族アニマレイスのひとりだ。黒いお下げの女性。


「あの光泥機の操作盤とスイッチ、そして機械そのものは部屋の内側にあります。光泥リームスに耐性のある者か、一度溶けての『再構築』でしか中へは入れません」

「……中に何があるの?」

「知りたいなら、入るしかありません」


 明らかに異質な部屋。あそこにイストリア家のがあるのは明白だ。外の人間に対してブラフを張るようなレベルじゃない。そんなことを想定して作られた建物じゃない。


「…………『濁流に沈む旧都』曰く――【『知る』ことは全ての判断の原点である】」

「お嬢様っ!」

「待っていてチルダ。もう一度だけよ」

「…………!」


 ルミナと、手を繋いだ。

 チルダはもう止めない。彼女も分かっているからだ。


「『冠を戴く獣』曰く――【好奇心と探求心は本人でさえ抑えられない。それほど人間とは、不完全なのである】」


 私の性格と『生き方』を。


「狂ってるよニコ。多分わたしより」

「そうかもね」


 もしかしたら、『ベルニコ・ヴェルスタン』はもう死んでいて。

 今の私は、さっき生まれたばかりで記憶と姿を持つだけの別人なのかもしれない。『ベルニコ・ヴェルスタン』は、酷い苦しみの中で息絶えて、そのままたった16年の人生が終わっただけなのかもしれない。

 これをくぐれば。ルミナが再構築してくれる。それ以降のベルニコは部屋の内側から光泥機を停止させて、もう溶けずに寿命まで生きるだろう。

 今の『私』だけ。

 たった数時間の命だったのだとしたら?


「……。何も分からないまま生きていくことはできない。泥濘でいねいを掻き分けて、前へ進むのが『ベルニコ・ヴェルスタン』よ」

「…………分かった」


 どんなであっても、この選択をした筈。

 それだけは確かだ。

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