第25話 真実【ニコ視点】

 夜が更ける。

 けれど、明るい。


「私をここに留めて隙を作るためだけに……『自殺』したのか。お前を拾ったご主人様を殺したのか」


 彼女インジェンはまだ驚きを隠せていない。ルミナに詰め寄った。


「……わたしは、ニコに救われた。だから、ニコの望むことはするんだ」


 ルミナは毅然として答えた。


「……狂ってるな。お前ら。合理性の欠片も無い。私の読者とは思えない」


 インジェンはそう吐き捨てて、ようやく私と目を合せた。


「たとえ客観的に見て狂っていても。それであなたを捕まえられたなら。それは『合理的』なのよ」

「……はっ。確かに、『結果』が全てだ。なんだ、論戦でも敗けてしまった」


 諦めたように。彼女は可笑しそうに笑った。


「…………何故捕まえなかった。タンクを割った時点で警備兵を突入させて、『獄中で論戦しましょう』と言わなかった。はお前の隙じゃないのか」


 『対等な話し合い』には。

 背景にが必要だ。でないと。最悪殺せる、暴力で言うことを聞かせられると思われれば。まともに話などできはしない。


「あなたはまだ、身体のどこかに『小瓶』を隠している。翼用のあの1本だけの筈は無いわ。だから、のよ」


 状況は五分だ。ただそれは『彼女インジェンの命』と、『私達の命』が五分だということ。

 『獣人族アニマレイス』と『人間』はもう、決着してる。ここから彼女らが逆転することは殆ど無い。もう詰んでいる。

 この人は、私がインジェンファンだからと。私がこの人に付いてクーデターに賛同すると思っていた。願望それありきの杜撰な計画だった。確かに、国中の生命線インフラを握る私がこの人に付けば公国は引っくり返る。けれど。


 化けの皮が、剥がれた。


「…………我々アニマレイスとお前達では、根底の価値観が違う。我々は今更人間の為に働くことはできない」

「そうね。あなた達が光泥リームスで武装したら、現行人類は誰ひとりとして敵わない。そうならないようにした、というのであれば、この種族差別制度にも一定の正当性はあるわね」

「はっ。私以外が聞けば立派な『差別主義者』の台詞だな」

「価値観が同じだから仲間なのよ。違えばそれは『敵』。隙を見せれば足元を掬われてすぐに滅びる。私は『人間』だから」


 結局のところ。

 この問答にはさほど意味が無い。この人は全て知っていて、私も全て知った。お互いの目的は共有されているし、状況も分かっている。

 議論の必要が無いのだ。もう答えは出ている。


「……どこまで『良い敗け方』をさせてくれる?」

「そうね……」


 人を溶かす光泥リームスを自在に操り万物を創造する獣人族アニマレイスは、10年掛かりで壮大なクーデターを企てて。

 人間私達に敗けた。


 後はせめて、その『敗け方』。彼女にとってそれが焦点だ。


「あなたとの共通点は、『光泥リームスの可能性の追求は必要』ということ。つまりアサギリの研究を公表するし、イストリアから資料と設備、情報を全て没収するわ。そこまでは確実に行う。絶対よ」

「…………ああ。仕方無い」


 これはもう、論戦とかじゃなくて。

 もはや『戦後処理』だ。


「……ニコ」

「なに? ルミナ」


 私の後ろに控えるルミナが、口を開いた。


「訊かないの?」

「…………」


 私は、『これからのリヒト公国』の話をしていた。ルミナは気になったのだろう。

 私が、自分のことを話さないのが。


「なんだ? 私がこのザマなら、もうイストリアは死に体だ。騒ぎが終わって夜が明けて、私が法律通り裁かれるなら、もう今この時間しか『会話』ができないぞ。答えられるものも答えられなくなる」

「…………」


 もう勝った。気は抜かないけれど、後のことはある程度父に任せても良い。


「……私の母についてよ。光泥リームスに飲まれて溶けて死んだと聞かされて育ったわ」

「…………ああ。それか。『光の物語ルミナス・イストリア』というのは、イストリア家の研究の『保存地点』のことを言う。つまり、お前の母は生まれた段階で、ある一定の『成果』があったということだ」

「えっ」


 イストリア家は、獣人族アニマレイスだけでなく。人間に対しても実験を行ってきた。

 で死んだのか。母は。


「その性質は、『受胎』だ。人間のイストリアの実験再構築体でありながら、例外的に妊娠可能な個体。だから人間と同じ教育を与えて、議会に潜り込ませる計画が立てられた。……お前の所だな。ヴェルスタン家に嫁として潜入させた」

「!」


 違う。

 ……で生まれたのが、私なのか。


「ああ、事故だったよ。あのルミナスが溶けたのは。それで、さらに再構築しようと生み出されたのがそっちの『失敗作』だ」

「えっ。わたし?」


 ルミナを見る。

 ……その名前は。

 ルミナス・イストリアを蘇らせる予定で名付けられたということか。


「……分かるだろ。失敗した。だから捨てられた。失敗作を貧民街に捨てるのはいつものことだ。…………その後、その失敗を元に『創造』されたのが私だ」

「!!」


 『哲学の灯火』曰く――【真実は意外としょうもない】。

 インジェンとは。

 ……この人は。

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