第24話 創造の上を行く一手【ニコ視点】

 これは賭けだよと。しかも分の悪い賭けだよと。ルミナは教えてくれた。

 でもそれは、私の持つ知識と情報を全て話してから考えても遅くは無い。


 高さ300メートルのリームスタワー。ヴェルスタン社が設計した。私は何度も現場に出て、実際この手で定期メンテナンスを行っている。

 インジェンより遥かに。に詳しいのは私だ。


 整備用のクレーンがタワー下にある。光泥リームスの決壊が『負け筋』な以上、私は常に『高所』を取っておかねばならない。

 その間。インジェンの気を引く役目が必要だ。


 『創造』の能力については予め予想はできていたし、アサギリ氏の資料にも記述があった。どれだけ誰に囲まれても脱出できる手段は用意している筈。例えば空。

 まさか背中から翼を生やすとは、思わなかったけれど。


「くそっ! 離せ! 誰だお前はっ!?」

「あら失礼ね。会うのは2度目よ。インジェン?」

「!!」


 女同士だ。学生と作家。力の差は無い。私はクレーンで釣り上げて貰って、後ろからインジェンを羽交い締めにした。飛んで逃げられる前に。良かった。ギリギリだ。


「まさかっ……ベルニコか!? ならアイツは誰だ!?」


 バリン。

 ガシャン。


「!」


 予定通り、私のインジェン拘束後に、硝子がらすの床が割れる。頑強ガラスごと。この頑強ガラスの『割り方』は、恐らく彼女インジェンに漏れたとは言え、企業機密だ。

 大量の光泥リームスが溢れ出る。下へ下へ。重力に従い、階下へ。滝のように。暗黒の夜空に、それだけが輝いていて。


「おい何をしている!? 馬鹿なのか!?」

「大丈夫よ。……そもそもこんな高所に大量の光泥リームスを組み上げるポンプがあるじゃない。それを停止させて、限界ギリギリまで通常にガラスチューブを通して流して。今1階のタワー周辺に頑強ガラスで即席の水槽を建てた。街へは流れないわ」

「……!」


 最後に会ったのは、10年前だ。この10年で、私のことを調べたかもしれないけど。私が『どれだけ何をできるようになったか』までは、知らない筈だ。企業機密だから。

 私はもう、父を継ぐ準備などとうにできている。殆ど全ての権限を持っている。


「お前が本物なら、アイツは死ぬぞ!?」

「完璧な計画も、『知らなかった事実ひとつ』で引っくり返る。……見なさい」


 割れたタンクの底。私の姿をした肉が溶けている。ずるりと。光泥リームスに流されて。


 赤いワンピースが現れた。白いショートボブが現れた。耳が。尻尾が。


 獣の目をした――

 ルミナが現れた。


「まさか……お前は!!」

「……わたしはルミナス・イストリア。あなた達に捨てられた、獣人族アニマレイスだよ」

「私のバックアップの『失敗作』じゃないかっ!?」


 やはり。

 インジェンの叫び声で答え合わせが終わる。ルミナは不完全だったんだ。だから捨てられた。


「ちょっと待て……。いやはもう良い。どうでも……。おい? 『失敗作』は『再構築』しかぞ? 『創造』じゃない。お前……ベルニコ!? お前一度『溶けた』のか!? 自分の意志で!」


 やはり。

 アサギリ研究所で試したけれど、ルミナに『創造』はできなかった。だから。

 私がんだ。

 インジェンを騙す為に。ルミナが、私の形をした皮を再現してもらう為に。飛んで逃げられる前に、彼女を拘束する為に。


「ぐあっ!」


 クレーンは、ゆっくりと私達を降ろす。光泥リームスの流れきったからのタンクの底に、降り立つ。

 私の合図で、正規品の頑強ガラスの壁が用意され、蓋が閉じられる。待機していたもうひとつのクレーンで、プロが手際よく。そこまで大きいのは用意できなかったから、床だけ大きい、元より小さなタンクになったけれど。後で作業士に夜勤手当を支給しないと。


 私達3人を閉じ込めた。


「そうよ。あなたの想像の上を行くために。私は一度自殺した。私の命より、社会が大事だから。ひとつの命より、100万の命が大事だから。必要なら何度でも飛び込むわ。……まあ、自分が端から少しずつ苦痛は正直もう味わいたくないけれど」

「はぁ……はぁ……っ。お前それ……! 自我は! クオリアはあるのか!? 魂の同一性は! 『前のお前』は死んだんだぞ!? 今のお前は本当になのか!?」

「…………」


 ある日、人が雷に打たれて死んだ。けれど偶然、その瞬間『その人』が現れた。その人は『全く同じ』で、記憶も古傷も何もかも『同じ状態』で。

 それは本人なのか? それとも『見分けの付かない偽物』なのか?


「……。ひとりの国民として。また国を背負う貴族家の長子として。『社会秩序』より大事なものなど、ありはしないわ」

「!!」


 少し底に残った光泥リームスから、ルミナが机と椅子を再構築した。


「……お前は、私の味方をしないのか? 私の信者ではないのか!」

「私はあなたの小説や文章に惹かれたのよ。あなたの政治思想や人間性なんて、わよ」

「……!」


 そもそも。思想や感情は、政治に不必要だということも。私はこの人から学んだのだ。


「さあ、座りなさい。『論戦』しましょう。……インジェン・イストリア!」

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