第23話 最高傑作の翼【ルミナ視点】

 アサギリさんから聞いて、獣人族アニマレイスについて知った。

 何故、生命アニマを扱う為に人為的に生み出された種族が、人間に虐げられているのか。


 獣人族アニマレイスの『可能性』を、独占したいと思う一族が、イストリアだった。


 わたし達は、『可能性の獣』だった。


「まずはだ。何故分かった? どうして気付いた? 私の位置と、狙いが」

「……あなたの、作品だよ。

 第一作『塔の上の論戦』。リームスタワーのこと。

 第二作『決壊する生命』。タンクを割って、光泥リームスを溢れさせること。

 第三作『濁流に沈む旧都』。その光泥リームスで都市を沈めること。

 第四作『冠を戴く獣』。……その後、獣人族アニマレイスが政権を担うこと。

 最初から、計画していた……んでしょ」


 覚えた通り答える。インジェンは、嬉しそうに笑った。

 正解、らしい。

 でも、ここまではきっと、本棚で並べたら分かる。誰でも思い至る筈。

 ニコは、その先までんでる。


「お前はどう思う? ……今のこの公国の政治を。人種差別を。貧困を」

「…………」


 インジェンとの『論戦』が始まった。


「……この『論戦』の目的とゴール……着地点は?」

「ははっ!」


 慎重に、答える。訊ねる。するとインジェンは高らかに笑った。夜に溶ける黒髪。ゆるやかなパーマが耳を隠している。闇のような黒いコートを身に纏っている。

 綺麗な人。肌と手だけが光泥リームスのように真っ白。


「【全ての建設的な会話は参加者全員の目的を明確にして共有、または統一してから始まる】! ああ確かに一番最初に私が書いた文章だ。第一作『塔の上の論戦』だ!」


 楽しそうに。嬉しそうに。


「『議論』とは! 『同じ目的を共有する仲間同士』! 『どうすれば目的を達成できるか意見を出し合って共に考える』! 『協力作業』だ! 間違っても『足の引っ張り合い』『重箱の隅のつつき合い』『利益の奪い合い』では無いっ!」


 わたしは、この国の政治議論を知らない。見たことない。上級貴族の議会は、希望者は傍聴できる制度があるみたいだけど。そんなの、知らない。

 自分の居る国の名前だって知らなかったんだから。


「……はは。興奮してしまった。そうだな。お前の言う通り。お前からすれば私の目的、というか結論は『だから今回のクーデターを許してこちら側に付け』にしか見えんだろう。私がどんな言葉を並べようが、結局聞こえる筈だな」

「…………」


 考える。ニコならどう答えるか――じゃなくて。

 目的と現状。手段。結論。それだけを考える。それだけ。それが、『ニコと同じ考え』になる。

 知識量だけはどうしようもないけど。ニコはニコにしかできないことを考えている訳じゃない。

 あの人は常に、『正道』を進んでいるだけ。


「……『議論』……するには。わたしじゃ力不足だよ」

「ほう? ……まあ聞け。光泥リームスの可能性の話をしたい。知らないだろう?」

「…………」


 椅子から立ち上がる。するとインジェンもそうした。コートの内から、小さな瓶を取り出した。

 光る液体が入っている。光泥リームスだ。


「人間は、不当に我々を封じ込めて。技術の発展を250年させた。――という証拠を見せよう」


 インジェンは小瓶をパキリと割ってから、真上に放り投げた。


「!」


 それから黒のコートを脱いで、それも上へ。投げられたコートが光泥リームスを浴びる。『融解』と『増殖』が始まる。


「私はな。『最高傑作』なんだ。以降の獣人族アニマレイスは全てが基準になる」


 コートを飲み込んでその体積分増えた光泥リームスが、インジェンに落下する。頭からそれを被る。


 滴り落ちる。ずるりと。その体積分。


 インジェンの背中に。

 大きな『白い翼』が、生えていた。


「翼……っ?」

「ははは。見ろよ。動くぞ。飛べるんだ。分かるか?」


 バサリ。

 羽撃はばたいた。風が吹く。足元の硝子がらすが揺れる。


「『再構築』ではないぞ。『創造』だ。ついに我々アニマの一族は、『全能』を手に入れた。分かるか? その性質は。『全能』だ!」


 天空の塔。その頂上に。

 黒い獣の耳と獣の尻尾と、白い翼を持つ『何か』が誕生した。


「人間程度がどうにかできると思うか? 我々は大地を、天を、人の世を統べる。その資格がある!」

「…………うん」


 飛び上がり、自在に飛行するインジェン。

 上を見て、頷いた。


「ははっ! どうだベルニコ! 私の信者なら分かるだろう? 付いてこい! 全てを教えてやる!」

「やっぱり、じゃ、力不足だね」

「は?」


 わたしの『目的』は。

 嘘とハッタリで、隙を作ることだよ。


 わたしは――


「あがっ!?」


 インジェンの動きが止まった。空中で。拘束された。


 


「は!? なんだ!? お前……っ!?」

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