第22話 硝子の上の星空【???視点】

 この世は『運が全て』という、話をしよう。


 生まれた時から、それは始まっている。

 貴族に生まれるか、貧民街の娼婦から生まれるか。それだけで何もかもが変わる。


 運良く貴族に生まれても、教育が、教師が悪いこともある。自分がそもそも馬鹿なこともある。


 勉学に才が無く。武闘に才が無く。外見や内面の魅力も無く。

 そんな貴族のボンボンはに居る。


 それら全ての才能を持っていても、貧民街に生まれた時点でだ。一生活躍の機会は無い。


 では、どうするか。


 ここに、が発生した。どうするか?


 問題解決の為にはまず、目的を明確にしなければならない。

 我々の目的はなんだ? 何が達成できなくて、問題になっているんだ?


「人類の生存と発展。繁栄。その可能性を出来る限り上げること。……はそう定義した」


 さあ、目的は共有された。次に現状だ。どんな問題が、目的達成の障害となっている?


に待遇の差ができて、が発生している。どんなに貧しい所で生まれても、才があるなら活躍させるべきだ。繁栄の為に」


 どこで生まれても。

 誰であっても。

 その『才』は発掘され、活用されるべきだ。

 繁栄の為に。


「たとえ、獣人族アニマレイスであっても。今の議会政府より『政治力』があるのなら、取って替わるべきだ。……繁栄の、為に」


 日は沈んだ。

 しかしこの世界は、既に夜の暗黒を克服している。

 見よ。市街区を。生命アニマの光が街を包んでいる。あそこでまだ、経済が動いている。

 見よ。貴族街を。頑強ガラスのコーティング剤に覆われた街を。まだクーデターは始まったばかり。火の光も見える。彼ら我々の怒りが燃えている。キラキラと。


 星空は、天空にのみあるのではない。


「……『夜景』、というやつか。はっは。初めて見た。ああ綺麗だ。こりゃ。……も、満天だ」


 高さ300メートル。

 半径20メートルの円形であるリームスタワー頂上から、全てを見下ろす。すぐ足元に、ガラス張りの光泥リームス貯蔵施設。タンクがある。国一番の、要所だ。


 そこを抑えた。


「お。大臣の到着だ。やあ、よく来たな。久し振りだ」


 振り向く。タワーの昇降機……光泥リームスのエレベーターで一気に上がってきたのだ。ガラス張りの、展望台へ。星空と共にきらめく大地を一度に楽しめる、このステージに。

 ハーフアップにした瑠璃色の髪を風になびかせて。格好は濃紺の学生服ブレザーのままか。ああ、朝刊で休校を知ったのだな。着替える暇は無かったと見える。

 風で、チェックのプリーツスカートがなびいている。


「ベルニコ・イストリア」

「…………大臣?」


 彼女の後ろに、金髪のメイドがひとり。アレはチルデガルダ・パンディットか。懐かしい。今日までずっと、ベルニコを支えてくれたのだな。


「お前はイストリアの血を引く、『インジェン信者』の人間だ。我々アニマの一族と人間を繋ぐ中間管理職が必要なんだよ。今回のクーデターでの政権交替では納得しない人間も多く出るだろうからな」

「…………警察と軍兵がタワーを囲んでる。逃げ場は無いよ。インジェンさん」

「……インジェンか。思春期に入って口調も変わったようだな。ニコちゃん」


 大きくなった。

 予想以上だ。学校での成績も聞いている。順調どころではない。もう既に、プロの政治家でも即断できないような政治判断を即座に下せる。

 だから今、彼女はここへやってきた。工業区と観光区と議会区が完全閉鎖される前にここへ辿り着いて、警備を言葉で説得して、ここへやってきたのだ。

 『泥濘でいねいのイストリア』をたった1回読んだだけで。


「おっと気を付けなよ。委員長……いやチルデガルダ。お前は来るな。ベルニコひとりで来い」

「!」


 エレベーターステップから、ベルニコが一歩踏み出す。そこはもうガラス張り。下には人間にとって致命的な液体、光泥リームスがたっぷりと満ち満ちている。

 チルダは止まった。だがベルニコは、ガラスに足を掛けた。こちらまで来るつもりだ。


「言っておくが、今お前が踏んで歩いているのは『頑強ガラス』じゃない。ただの硝子だぞ」

「!?」


 揺れた。そう。風と振動で。カタカタと。頑強ガラスならこんなことにはならない。


「もう一度言うぞ。今のこの。我々の立つ床の材質は『硝子がらす』だ。リームス文明の生み出した泥工業用の頑強ガラスではない。ただの、ケイシャとソーダ灰と石灰石を混ぜて溶かしただけの、普通の『硝子』だ。分かるか?」

「…………!」


 正確には、この床だけを替えた。壁や他のガラスは頑強ガラスのままだ。この日の為に、替えた。


「暴れるなよ。お前も、チルデガルダも。割れたらどうする。真っ逆さまに、光泥リームスのプールへドボンだ。人間のお前は100%助からない。それどころか、このタンク内の光泥リームスが溢れ出し、都市を飲み込む。……良いな? ここでの『戦闘行為』は、不可能だ」


 手招きをした。我々は女同士。そして、天才同士。


 机と椅子は、もう用意してある。

 ギギ、と。木が硝子に擦れる音がする。


「座れよ。ベルニコ・イストリア。我々の戦いは、『論戦』だろう」

「…………分かった。望む所だよ」


 標高3000メートル。

 国の進退を決める、天空の会談だ。

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