第19話 13番区到達【ニコ視点】

 光泥リームスは、危険物だ。簡単に人が死んでしまう。

 同時に、文明の根幹だ。それで発展した。今や生活に必須だ。なくてはならない。


 うまく正しく扱わなければ、人が死ぬ。


 ……私の母も。


 私は『危険なのだ』と、言われて育った。『そんな危険なものを、お前は扱うのだ』と。


 死ぬほど危険、だけど、生きるのに必須。

 一見矛盾しているようなふたつのことを、結び付けるのが私の仕事。私達の。ヴェルスタン一族の役目。


 その性質は、『融解』。ガラス以外の触れるもの全てを溶かして取り込む。

 その性質は、『増殖』。溶けたものは万物一切合切全て、になる。


 頑強ガラスで組んだ専用の回路を起動させると、エネルギーを消費した分の体積が減る。それを利用して、文明は発展した。


 そして今。

 第三の性質を目の当たりにした。


 ルミナは溶けた筈のワンピースを、光泥リームスからつくり出した。

 複製? 創造? 再構築?


 まだ、私に分からないことが、それもこんなに重要なことが。

 光泥リームスにあったなんて。


「ニコ。大丈夫?」

「…………ええ。少しショックなだけ。あなたが無事で何よりよ」


 ルミナはあの後、靴も光泥リームスから取り出して。今私達と一緒に走っている。


 もうすぐ着く。13番区。


「あれよ。13番区にあるウチの工場裏に出る」


 ようやく辿り着く。光泥車で行けば10分程度だけど、地下泥路に車なんて運べないし。


「わ……」


 光泥機の扉を操作して開ける。すると、都市中心部や貧民街とは違う景色が広がっている。

 自然。

 この都市が山をひとつくり抜いて造られたということを再確認できる光景。

 ルミナが驚きの声を漏らした。


 広がる緑。木々。金網で仕切られた向こうには本物の水が流れる川が見える。


 隣の山まで見える。その遥か向こうに、赤い黄金の夕日。


「……もう日が落ちますね。急ぎましょう。ここから研究所までは私がご案内いたします」

「お願いねチルダ」


 景色を見て呆けているルミナの手を取って、チルダの案内に付いていく。


「ニコ」

「『木』と『森』。『川』。……もしかして初めて見た?」

「…………うん。ごめん」

「良いのよ。じゃあ全部終わったら、都市の外へピクニックでも行きましょう。空気が美味しいわよ」

「ほんと!?」


 そう提案すると、ルミナの尻尾がスカートから出てきて左右に揺れた。


「……あのねルミナ。あなたそれ、尻尾を出すとね。パンツが丸見――違う! 今あなた下着付けてないじゃない! お尻丸見えよ!」

「ええっ!? あーっ!」

「はぁ……」


 この子は。割りとそういうところが無頓着だ。


「あれチルダさん……ベルニコお嬢様ァ!?」

「あっ」


 途中、30代くらいの男性従業員に見付かる。まあ当然だ。


「丁度良かった。お父様に泥話でいわで伝えてくれる? ベルニコは無事に13番区へ着いたって」

「え……。かしこまりました。避難ですか? なら我々も協力を」

「いいえ。ここでの用事が終わったら『リームスタワー』へ行くことになる。……そこに、インジェンが居る筈だから」

「えっ」

「だから、光泥車を用意しておいて貰える?」


 父への連絡を頼んで、工場の敷地から出る。


「ねえニコ、リームスタワーって?」

「この山の山頂にある塔よ。つまり都市の中心部にある。一番標高が高い。公国で一番巨大な光泥リームス貯蔵施設タンクがあるの。そこから、都市隅々まで光泥リームスを供給してる。つまりリヒト公国の、


 『泥濘でいねいのイストリア』には直接は書かれていないことが沢山あった。捜査を撹乱しつつ、仲間へは重要な情報を伝えるためだ。

 これまでのインジェン作品を全て読み込んでいなければ伝わらない書き方だった。


「そのタンクを破壊して、都市を光泥リームスで覆うと」

「ええ。それが計画でしょうね。お父様にはもう伝えてある。警備は普段以上にガチガチな筈。だけど、彼女インジェンは越えてくる。だって彼女には、光泥リームスが1滴でもあれば。その辺のゴミで増殖させて、『必要なものを好きなだけ作れる』から」


 それは、読者……。ファンへ向けてのメッセージでもあった。


 その意図も。私には分かっている。

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