第20話 全能液研究の末裔【ニコ視点】

 そこは、13番区の市街地、住宅地からさらに山を下りた端の端。

 木々を掻き分けて行くような道の先にある研究所だった。


「ようこそいらっしゃいませ。ベルニコ・ヴェルスタンお嬢様」

「こんな時間に悪いわね。火急なのよ」


 蔦が伸びている建物。ドアを開けると枝葉が擦れて落ちた。長い間開けていなかったみたいだ。

 扉は光泥機ではない。普通の木製ドアだった。そう。

 頑強ガラスコーティングがされていない。ただの煉瓦造りの建物だった。


 20代後半から30代前半くらいの男性。灰色の短髪。れた白衣。丸眼鏡。

 明らかに資金が無さそうな、傷だらけの古い研究所。


「……久し振りだな。委員長……いやチルダさん」

「私への挨拶は不要です」

「ふむ。それと……この子が泥話でいわで言ってた獣人族アニマレイスか」

「ルミナス・イストリアです」

「……うむ。クッッソカワイイな」

「え?」

「いや、なんでも」


 彼は私達を一瞥してからぺこりと頭を下げた。


「僕はマハリシ・アサギリ。ここの所長……というかまあ、僕しか居ないんですがね。普段は市街区にある出張所で作業してます。ここは……代々アサギリ一族が使っていた研究所なんです。まあ、僕の代で潰れそうなんですがね」


 アサギリ家。

 ……。今初めて聞いた。

 光泥リームスを生み出す『アサギリホタル』と、同じ名前だ。何か関係あるのだろうか。


「さあこちらへ。お急ぎでしょうから要件だけ効率よくお話します。お茶は出ませんがお許しくださいね。非常事態なもので」

「良いわ。案内して」


 アサギリ氏は私達を研究所内へ招く時、廊下の壁に取り付けてあったスイッチをパチンと押した。すると、天井から光が放出される。何度か明滅して、部屋が明るくなった。


「…………光泥リームス……じゃない……?」


 ギュン、といういつもの起動音が無かった。代わりに、パチパチという聞き慣れない、静電気のような音。それに、あんな小さなスイッチで回路は動かない。それも、天井全体の明かりなんて。


「これは『電灯』と言います。……が、今回は関係ありません。スルーしてくださって結構です。さあこちらへ」


 室内は意外と綺麗で、物は整頓されていた。『電灯』という謎の発光に照らされて、机の上に光泥リームスの入ったビン。書棚には光泥リームスから歴史から植物図鑑から、あらゆるジャンルの書籍が並んでいる。私の書棚より幅広い。


「直接お渡ししたかったのがこの資料です」

「ええ」


 どさり。

 分厚い紙束が、私の両手に置かれた。


「……『全能液』関連資料?」


 表紙にそう書いてあった。


「液体型万能光熱エネルギー体。これが光泥リームス正式名称です。しかしこれは。……いや、今の人間の利用状況は、光泥リームスの特性を『制限』して使っていると言わざるを得ません」


 資料を机に置いて、ぺらりと捲る。


「………………生命の根源、アニマ」

「そう。『生命アニマ』というのが、僕の一族がずっと受け継いできた、名称です。曰く、『万物の根源』。『全能液』。『惑星の記憶』。……『光泥リームス』というのは、2300なんですよね」

「……!!」


 私達ヴェルスタン……引いてはリヒト公国の光泥リームス研究は。使に注力されていた。つまり、『融解』と『増殖』以外に特性があるなどとは、最初から考えの中になくて。最初から省いていた。


 この『全能液』研究資料は、違う。

 全ての可能性について触れている。本当にガラスしか防げないのか、モノを試している。


「お嬢様……?」


 ページを捲る手が、止まらない。チルダの声も届かない。


「……凄い。投入素材の分子配列によって増殖量が変わることなんて眼中に無かった。柘榴石ガーネットを使って赤く光らせる研究? こんなの誰もやってない。融解特性を逆手に取って応用した全自動建築術? 天才の発想よ! うわ、10年後に問題視されるって騒がれ始めた『実質増殖限界』の暫定値計算式についてまで記述があるっ!」


 こんなの今日中になんて読み切れない。興奮して声量を上げてしまったことに気付いて、恥ずかしくなる。


「アサギリ博士。あなた何故これを発表しないの? 技術革命じゃない。研究予算なんてもっと出るのに」


 訊くと。

 アサギリ氏は少しだけ嬉しそうに、肩をすくませた。


「資料はここにある。けれど、研究設備が無いんです。奪われてしまった。それに、今から作るとしても、リヒト公国の法律と規定に触れる。それから、長い時が経った。『アサギリ』は僕で終わりなんです」

「何故っ………………」


 奪われてしまった。

 誰に? 法律ができる前? 250年前?


「『イストリア一族』」

「!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る