第18話 第三の性質【ルミナ視点】

 違和感があった。


「…………?」


 ぱしゃぱしゃと、水面で指を遊ばせる。

 光泥リームスに浸かっていると、なんというか。


 感覚が、研ぎ澄まされていくような。


「ルミナ! 大丈夫なのね!?」


 通路の方から、ニコが呼んでくれている。ああそうだ。急がなくちゃいけないんだった。


「…………」


 暖かい。出たくない。

 まるで、あのお屋敷の部屋の、布団のようだ。ずっとこうしていたい。


「…………」


 チルダさんは怪我も無かったようだ。良かった。


「ルミナの服が全て溶けてしまってありませんね。取りに戻りますか?」

「…………そうね。仕方ないわ」


 ふたりで話している。声がよく聴こえる。まるで耳元で話しているかのように。


「服……」


 溶けてしまった。けど、不思議と、『大丈夫』な気がした。

 赤いワンピース。ニコのだ。勿体無い。ここで失うなんて。


「大丈夫だよ。ニコ」

「へ?」


 とぷん。

 岸まで近付いてから、潜った。頭まで、光泥リームスの中へ。


 なんというか。ニコみたいにうまく説明できないけど。感じたんだ。可能性? ……を。

 この、暖かい感覚を。


「ルミナ?」


 ああ、こういうんだ。

 


 ざぱり。光泥リームスの川から上がったわたし。

 身に纏う光泥リームスが、さらさらと流れ落ちていく。

 ふたりに光泥リームスが掛かったらいけないから、身震いはしない。


「…………それっ」

「うん。なんかね。できた。できる気がしたんだ」


 全ての光泥リームスが落ちた時。

 わたしは溶けた筈の赤いワンピースを着ていた。可愛らしい、ピンクのリボンまで付いて。


「…………どういう、こと? こんなの……。知らないわ」

「そうなんだ。ニコでも知らない」

「……光泥リームスから、ワンピースを…………。信じられないけれど、『複製した』という、ことかしら。間違いなく溶けたわよね?」

「はいお嬢様。私も見ていました。確実に、ルミナのワンピースは光泥リームスを浴びて溶けました」


 ふたりは驚いている。知らなかったんだ。

 そもそも、獣人族アニマレイス光泥リームスを浴びても溶けないってことと。


「……【光泥リームスを『正しく』扱えるのは我々アニマの一族だ】」

「!」


 ニコの口調が固くなる。これは、インジェンから引用している時の声色だ。その変化も、今までは分からなかった。けど今なら分かる。わたしの感覚が、光泥リームスから出ても冴えたまま。


「……こういうこと? 獣人族アニマレイス光泥リームスの『融解』に耐性があるだけでなく、光泥リームスから、既に溶けた物を『再現』できると……?」


 ニコが知らないなら、きっと今まで誰も知らなかったんだ。だって。

 獣人族アニマレイスは貧民街に居て。貧民街には光泥機が殆ど無くて。触れる機会が無かったんだから。

 違う。

 を知られたくないから、議会政府はわたし達から光泥リームスを離していた……?

 その為に、差別文化を作って、社会にしていた……?


 ならインジェンは。


「…………地上ではそんなことニュースになってない。……ならこの『再現』の条件は、獣人族アニマレイスではなく――」

「『イストリア』の、能力、なのかな?」

「お嬢様!」


 危ない。チルダとわたしが瞬時に、ニコを抱き締めて止めた。

 ニコは、光泥リームスに入ろうとしていた。


 彼女にも、イストリアの血が流れているからだ。


「駄目だよニコ。それは流石に危険」

「だって……。『泥濘でいねいのイストリア』がどんどん……本当だと判明してきてる。信憑性が上がってきてる。それなら私だって……」

「駄目です。それだけは看過できません。それに、条件は『獣人族アニマレイスであるイストリア家の者』かもしれません。お嬢様は間違いなく人間なのです。……予定通り、まずは『アサギリ研究所』へ向かいましょう」

「………………」


 ニコは。

 震えて。口角が歪んで。眉根が寄って。

 ぎゅっと目を閉じて。


「……分かったわ。チルダの言う通りだわ」


 そう言って、また歩き出した。


「…………ニコ」


 わたしの、鋭敏になった感覚がわたしに伝えていた。

 ルミナス・ヴェルスタン……様を。

 ……ニコのお母様を。『再現』したかったんだ。

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