第16話 地下泥路を急ぐ【ルミナ視点】

 ニコの研究室の地下から、泥路に出た。幅10メートルくらいの人工の川のような路の側に、整備用の通行路が続いている。

 勿論全て頑強ガラス製。

 先頭にチルダさん。次にニコ。最後にわたし。

 チルダさんは道が分からないから、ニコに指示を貰って進んでいる。

 分かれ道がいくつもある、光とガラスの迷路。


「絶対に落ちないように。死ぬわよ。助けられない。光泥リームスは街中にあるけれど、地上のは全部、人が直接触れないようにガチガチに安全装置を施してる。でもこの泥路は普段、研修をきちんと受けて許可された作業員プロしか入っちゃ駄目な所だからね」

「……う、うん。でも、獣人族アニマレイスは大丈夫なんだよね」

「馬鹿。もしないのに鵜呑みにしたら駄目よ。もしインジェンが嘘吐いていたらあなた『犬死に』よ」

「…………うん」


 地下だけど、暗くない。白く光っている。寧ろ外より明るいかもしれない。

 もう、夕方だ。ニコが『泥濘でいねいのイストリア』を読み終わるのと、お父様の説得に、時間が掛かったから。


「…………ねえ」

「なに?」


 わたしはあの時、答えられなかった。インジェンという作家さんがわたしと同じ獣人族アニマレイスで、わたしと同じイストリアの名前を持っているらしいけど。


 イストリアを暴くことはきっと、わたしにだけじゃない。ニコにも関係する。


「その、研究者さんに会ってどうするの? それよりインジェンのクーデターの方が緊急だよ」

「違うわ。相手は獣人族アニマレイスなのよ。人間と同じ知能があって、人間より優れた感覚器官と運動能力を持っている。……私達はただの3よ。武器が無いと戦えないわ」

「…………武器って」

「『情報』のことよ。『泥濘』を読んで、次にインジェンがどこでどう動くかは分かった。後はこっちも備えるのよ。それには情報が必要。それに今から向かうのは本職工事屋。つまり『頑強ガラス職人』。私に考えがあるの」

「…………分かった」


 急ぐ。けど、慌てない。足を滑らせればすぐ側に流れている光泥リームスに飲み込まれる。死と隣り合わせ。

 光泥リームスの温度が直接感じられる。


 暖かい。まるで、いつも見る夢のようだ。ガラスに覆われていない光泥リームスは、光っているというより、きらめいているように見えた。


「暴動はもう起きてる。人的被害が出てる。……私の。私達ヴェルスタンのリームスインフラが破壊されている。許せないわ」

「……うん」


 お屋敷から13番区までは、30分ほど掛かるらしい。

 天井の先には、地面。地下だけど、標高的には貧民街より上部らしい。

 この都市は、山ひとつ、くり抜いて造られたんだって。

 光泥リームスがあれば、簡単にできるらしい。


『……平等! 平等!』

『権利! 権利!』

『既得権益に塗れた薄汚い人間の貴族どもを引き摺り下ろせ!』


 天井から、地上の声が届く。叫び声だ。きっとあちこちで、デモが起こってる。破壊活動が。

 貧民街から、獣人族アニマレイス達が押し寄せてる。


「ルミナはどう思う?」

「えっ」


 訊ねられた。息が切れない程度の早足だから、会話はできる。


「…………チルダさんと同じ意見だよ。今の議会を破壊して無理矢理民主化しても、『民主国家』にはならないよね」

「何故?」


 わたしは、最近覚えたばかりの知識を総動員して考える。

 ニコに、置いていかれたくない。もっと勉強したい。

 今ある知識と情報で、今は考えるしかないけど。


「だって、『泥濘』を読んで賛同した人達は良いけど。貧民街の奴隷って、文字読めない人多いよ。その人達は、ニコの言った通り政治が分からない。今の政権を倒して『誰か』が代わりに座っても、奴隷達からすれば同じことの繰り返し。貴族は殺されたり奴隷に落ちるかもしれないけど。今度はその賛同者達が『貴族』になるだけで。何も変わらない、と思う」

「……そうね。あなたやっぱり、うんと賢いわ。私より。……私はそれに気付くまで、数年掛かったもの」

「…………」


 こんなクーデターじゃ、何も変わらない。人間から獣人族アニマレイスへの評価が、今よりもっと下がるだけだ。せめて『奴隷』だったのに、今度はもう『敵』になっちゃう。

 殺される。


 わたしはそう思う。

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