第15話 国家転覆を目論む一族【ニコ視点】

「繋がりました。都市の端。13番区6番町。『アサギリ研究所』。ガラスチューブ設備工事の下請け業者ですが、所長は獣人族アニマレイス好きで有名だそうで、個人で研究しているとのことです。お嬢様の名前を伝えると、『この事件に関して是非伝えたいことと、見せたいものがある』とのことで」

「……凄いわね。どうやって調べたのよ」

「私の古い友人です」


 チルダが戻ってきた。昼過ぎのことだ。

 彼女は極度に有能過ぎる。私には勿体無いくらい。


「行くわよ。準備を」

「はい」

「えっ?」


 即座に行動を開始する。ルミナはこの早さに付いていけずキョロキョロと目線を泳がせた。


「まずはお父様の執務室。堂々と正面から宣言して出ていくわ。ゲートは危険だから地下の裏道を使う」

「地下……泥路でいろ?」

「ええ。流石に都市全部じゃないけど、ウチの周辺の泥路図は頭に入ってる。他も大体は。13番区までくらいなら案内できるわ」


 バン、と扉を開けた。『泥濘でいねいのイストリア』を持って、父の元へ。


「もう全てお読みになられたのですか? 200ページほどありそうでしたが」

「前半は『スピーチ』だったから割りと飛ばしたわ。『言いたいこと』は大体分かったし。後半だけよ。しっかり読んだの」

「後半?」


 そう。

 前半は獣人族アニマレイス――彼女インジェンは『アニマの一族』と書いていた人達の、人間から虐げられてきた歴史や具体例について。光泥リームスを彼ら種族で管理する正当性。これまでのインジェン作品の政治的内容への『解答』。……彼ら種族の『人間感情』を煽るスピーチ。

 正直読み飛ばせる部分が多い。インジェンの作品としては珍しい感情的な、繰り返しの多い文章だった。


 問題は後半だ。


 『イストリア』……。

 彼女インジェンの生家について。


 その、『非人道的な人体実験』について。

 赤裸々に。


「うっ」

「ニコ?」


 足がもつれた。危ない。転ける所だった。つい、想像して気分が。


「大丈夫よ」


 私は、小説なら割りと『嫌い』は無い。ホラーでもスプラッターでも、エロでもグロでも割りと問題なく『楽しめる』。インジェンは空想冒険が多いから、好きなのはそっちだけれど。別にインジェンだけを読んでいる訳じゃない。人気作家など、言い方は悪いがいくらでも居る。


 けれど。


「ルミナ」

「えっ」


 父の執務室の手前まで来た。振り返り、ルミナを抱き締めた。


「な。なに……?」

「…………ごめんなさい」

「えっ?」


 インジェンの身に起きた『全て』は、このルミナも可能性がある。

 、彼女も産まれてきて。

 そして、『彼ら』の意にそぐわなかったから捨てられた可能性が。


「あなたがこの先、。私は全ての真実を暴くつもりで居る。あなたと一緒に」

「…………!」


 『泥濘でいねいのイストリア』が全て真実とは言い切れない。インジェンが、その目的を達する為に脚色や捏造をしている可能性が充分にある。

 けど。

 彼女インジェンは、こと自身の執筆物に限って。

 嘘は吐かないという、妙な信頼信仰心が、私の中にあった。

 つまり結局今ここで考えても仕方のないことだから、私の好きに考えているのだ。


 私がファンであることは事実なのだから。


「失礼します」

「ベルニコ? 部屋から出るなと言っただろう。調べ物を任せるは言ったが、事態が落ち着いてからで良い」

「それでは間に合いませんお父様」

「なんだと?」


 私は、ノックをして入る。返事は待たなかった。

 執務机に、『泥濘でいねいのイストリア』を置いた。


「……!? お前それ……! こんなものがここにあると知られれば……!」

「私はもう頭の中に入れました。お父様もお読みになって、それから燃やしてください。親子間私達で『これ』の内容を共有しておくことは、きっと大事になります」

「…………!」


 父が選んだのだ。ヴェルスタン家の家長として、その嫁を。

 イストリア家の女から。選んだ筈なのだ。


「まさかイストリアのことが書いてあるのか!?」

「……『答え合わせ』を、お願いします。私はこれから地下泥路を通って13番区へ出向きます。場所はここ。『アサギリ研究所』です」

「何!? ならん! 今外へ出ては。それは許せんぞ」

「言ったでしょう。間に合わない、と。このままではリヒト公国が。いえ、まずはこの都市が光泥リームスに沈みます!」

「!」


 私には。

 イストリアの血が。

 半分流れているのだ。

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