第11話 重度のインジェンオタク【ルミナ視点】

 ベルニコお嬢様の自室にて。


 お父様からの表向きの命令はここに待機だけれど、お嬢様は聞くつもりが無い。チルダさんがインジェンの新刊を持ってきたら、そこからまず捜査の開始だ。


 何より危険なのが、お嬢様とわたし。


 テロの犯人グループが光泥リームス文明の上流階級に恨みを持っていることは分かってる。彼らは獣人族アニマレイスで、つまり奴隷階級だから。


 となると当然、上流階級であるお嬢様はの対象だ。


 そしてわたし。今度は国の公的機関、警察に追われることになる。そもそも貴族街に居てはならないし、お父様の行った通り、こんな光泥会社ところ獣人族わたしが居るということ自体、工作員を疑われるのは当然だから。


 これから、国や都市の人達がやってきて、屋敷内のインジェン作品の回収と大掛かりな警護が始まる。わたしは事実上、ここに軟禁だ。


「大丈夫。あなたは私が守ると決めたもの」


 お嬢様はそう言ってくれる。それだけで、心が少し軽くなる。随分と楽になる。

 こんな気持ち、貧民街では味わったことないや。


「一昨日購入した『泥濘でいねいのイストリア』は」

「あれは雨の日に転けて落として紛失したとか言えるわよ。実際そうだし。回収に来る時間とずらして戻るようにチルダに言ったから、回収人がどれだけ屋敷を探しても無いし。……ほら、そっち運んで。髪で耳を隠して。確認するけど、あなたはルミナス・ヴェルスタン。私の再従姉妹はとこよ」

「……はい。ベルニコお嬢様」

「敬語は無し。そして『ニコ』と呼びなさい」

「…………分かっ……た。ニコ」

「ふふ。賭博をしていないのに呼ばせちゃった」

「意地悪です……」

「また敬語」

「あっ。あっ」

「ふふ。それと、腕の入墨は袖で隠しましょう。耳は髪に。尻尾はスカートに」

「……はい。いや、うん」


 お嬢様……。いや。

 ニコの部屋にある全てのインジェン作品を運び出す。これらは全て、当局に引き渡す。それはもうやるしかない。変な疑いを持たれてはいけない。


「大丈夫よ。内容は全て頭に入っているから。どの作品の何ページの何行目かまで全て」

「…………凄い」


 これから読む新刊もだけど。それ以前の作品も内容を捜査する必要がある。獣人族アニマレイスを煽る? そんなこと。

 本を書くだけで。文章を読ませるだけでテロを起こさせるなんて。信じられない……けど。


 お嬢様だって。普段の会話もインジェンを引用するほど『影響されている』。


 作家が、この世には居るんだ。


「同じタイトルが何冊もあり……ある、よ」

「重版の度に買っているからね。それも読書用と保存用の2冊ずつ」

「…………オタク、というやつだね」

「そうよ。私ほどのインジェンオタクはそう居ないわ。……は誇りだったのだけれど、今やインジェンはテロ扇動者。地に落ちたわね」

「…………」


 複雑だろうと思う。

 ニコにとってインジェンは、人生の糧だったんだから。

 けれど、それよりもリームス文明の危機の方が強い。ニコは文明を引率してきた一族の後継者だと強く正しく自覚してる。インジェンはあくまでも、どれだけ好きでも、趣味の範囲内。そう、割り切ってる。


 わたしと同年代と思えないほど、大人びていて、賢いと思う。


「『哲学の灯火』曰く――【真実は意外としょうもない】。……インジェンは逃走中で、まだ捕まらないみたい。私達で追うわよ。私もお父様と同じ気持ち。許せないわ。突き止めるのよ。真実を」

「……わたしはニコに付いていくよ。協力する」

「ええ。まあ、まずはチルダを待ちましょう。他の作品にそんな危険性は見当たらないし。『泥濘でいねいのイストリア』を読んでみないことには始まらないわ」


 読めば、どうなるんだろう。何かが分かるのか。それとも、ニコも『テロリスト』に変わってしまうのだろうか。


 いや、はありえない。何がどう書かれていても。いつも冷静なニコは大丈夫。

 なんとなく、そう思う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る