第33話「魔女と最期の伝言」

 パニックになったノーラとトミーを落ち着かせ、謎の魔女の置き土産の目眩ましの術を完全解術したところで、ちょうど扉を開けて伯爵が現れた。


「貴様っ! 先ほどの魔女! なぜここに!? どうやって入った!」


「どうやってって、こう、ぐにょーんと……」


 マリスは身振り手振りでポータルの様子を表して見せる。


「ば、馬鹿にしているのか!」


 してない。

 してないが、わかってもらえそうにないのでマリスは諦めた。

 話の通じない伯爵は無視し、狭い部屋の中を改めて見回してみる。もう先ほどの魔女の姿はどこにもない。

 どうやら逃げられてしまったらしい。

 あの魔女が祖母の友人であるコルネリアに告げ口をするかもしれないと思うと、居ても立っても居られなくなる。

 他人のポータルに不用意に手を出すのはご法度だ。だから彼女の腕を落とした件については事故で片付くとは思うが、もし彼女がミドラーシュ教団を巻き込むシィラの暴走について報告してしまうとなると問題である。


「──マリス様!?」


 扉の向こうからさらにルシオラも現れた。

 シィラはついてこないのか、姿はない。


「もう! 来てはダメですよって言ってあったじゃないですか! ノーラとトミーの安全が……!」


「それなら大丈夫。ほら、ふたりともここにいるし。ていうか、逆に私が来なかったら危なかったところだよ! 伯爵の部下の謎の魔女にナイフで目玉ぐりぐりされるところだったんだから!」


「えっ私あのヒトに目玉ぐりぐりされるところだったんですか!?」


「馬鹿な! 人質に傷をつけるなと言っておいたはずだぞ、私は!」


「あ、いや、それはほんの少しだけ誇張してるかもしれないけど、でもまあ多分だいたい合ってる感じだしいいかな……」


 ちょっと言い過ぎたかもしれない。

 いや、あの魔女はコルネリアに告げ口をするかもしれない女だ。こちらも多少言い過ぎるくらいでちょうどいい。


「そういう、やることなすこと上手にできない駄目な子なんだよあの魔女は。で、なんで伯爵はあんな出来ん子雇ってたの? 人材不足?」


「出来……、いや、雇っていたわけでは……。というか、その魔女はどこだ? どこに行った?」


 伯爵は狭い地下室をキョロキョロと見回す。いくら見回したところでいないものはいないのだが。


「出来ん子魔女なら大声で伯爵を呼びつけたり目眩ましバラ撒いたりした後どっか逃げちゃったよ」


「な、なんだと……!?」


 すると伯爵の視線は部屋の隅の一角でウロウロし始める。


(どこ見て……あ。ははーん……。あの辺に隠し通路でもあるのかな。さっきの魔女が目眩ましのあと逃げ込んだのはあそこか。あとで追跡してみよ)


 賢くないなりに洞察力に優れたマリスはすぐに気がついた。

 今から追ったところで追いつけはしまいが、痕跡を辿れば住処は特定できるかもしれない。相手はマリスを知っていたようだからマリスの住処は知られているだろうし、一方的に知られているだけというのはどうにもスッキリしない。

 こちらも向こうの情報をゲットして、いつでもアレコレできるんだぞという安心感が欲しい。


「まあとにかくだ。出来ん子とはいえ腐っても魔女。そこらの人間と比べてほんの少しだけ役に立つ用心棒はもういない。そして人質もこの通り、出来る方の魔女のこの私が保護済みだ。伯爵の野望もこれまでだね。いや野望とかあったのか知らんけど」


 そもそも伯爵はなぜこんな蛮行に及んだのだろうか。

 流れからするとルシオラとシィラの身柄が欲しかったようだが、性的な目的以外ではちょっと思いつかない。いや性的な目的だとしたらマリスを除外した合理的な説明がつかないか。

 性的な目的以外だと、伯爵令嬢であるルシオラならばまだわかるが、シィラを求める理由が不明だ。最初にシィラの手の甲に口付けをしたとき、まだシィラの超身体能力には気付いていなかったはず。客観的に考えて、シィラから超身体能力と性的魅力を除外したら何も残らない。


「……そう、だな。そうかもしれん」


 しばらく考えた後、伯爵は吹っ切れたようにそう呟いた。

 いや勝手に吹っ切れてもらっても、やってしまったことはなかったことにはならないわけだが。


 とはいえ、実はマリスにはもう伯爵を始末する理由はない。

 元はといえば、ミドラーシュ教団と連邦国の領主たちの間に亀裂が入る事態に魔女であるマリスが関わっていることが、祖母の友人に知られてしまうことを阻止するのが目的だった。

 先ほど消えた謎の魔女に知られてしまった以上、今さら伯爵の一族郎党を皆殺しにしたところで手遅れである。


「そんな目で見るな、例外の魔女よ。わかっておる。ルシオラ嬢やその従者たちへの賠償は、いずれきちんとした形でさせていただく」


「えっ。私に対する賠償は?」


「貴様はっ……! あ、貴女に対しては、こちらとしても大きな被害が出ている。今回は、その被害と相殺という形で収めていただきたい……!」


 伯爵からわずかに殺気が漏れている。

 伯爵側の被害というと、例の食堂での一件のことか。

 嫡男とあれだけの数の兵士を失ったとなると、確かに伯爵家の被害は甚大だろう。血縁者ももう誰も残っていないようだし、御家断絶レベルである。

 もう皆殺しにする必要はなくなったというのに、すでに断絶目前というのは皮肉なものだ。栄枯盛衰といおうか、儚いヒトの人生の無常を感じた。


「ではシィラ様に関してはいかがなさいます?」


「む、法騎士の方か……。いや、私のこの腕はあの騎士に落とされたのだぞ。相殺だ相殺」


「──呼びました? あれ、マリスちゃんいる! あ、もしかして今……ってこと!?」


 ガチャガチャと、大量の剣を抱えたシィラもやってきた。自分の名前に反応したようだ。犬みたいなやつである。


「呼んでないし今じゃない──ああ、そうそうそれで思い出した。よかったシィラがまだ『今だー』してなくて。

 ええと、ディプラノス伯爵に伝言があります」


「伝言? まさか、あの逃げた魔女からか!?」


 ものすごい食いつきだ。よほど何か聞きたいことがあったらしい。

 そんな重要な報告すらも出来ないとか、駄目な子にもほどがある。今度会ったらそのあたりも言っておかねばならないだろう。彼女一人のせいで魔女という種族が駄目な子だと思われては沽券に関わる。もう少し、魔女全体のことを考えて行動してもらいたいものだ。


「違うよ。ええっと……そういえば名前聞くの忘れてたな。まあいっか。もう会うこと無いし。貴方の娘さんと思われる人からだよ。じゃ再生するね。

『貴族として相応しい身体に生まれる事ができず申し訳ありません。どうか私のことは忘れて、領地と民のためにそのお力をお使いください。愛しています、お父様。さようなら……けほ……ごほっゴホゴホ──』……以上です」


 憐れな娘の最後の願いである。

 娘のオーダーは伝言という形だったが、どうせならそのまま伝えたほうがよかろうと考え、魔術で声を保存したものを再生してやったのだ。

 礼のひとつでも言ってくるかと思いきや、伯爵はすべての感情が抜け落ちたかのような顔で立ち尽くしている。


「……な、なんだ、今の声は……。娘の……? どうやって……。ま、魔術なのか……?」


「魔術だよ。貴方の娘さんの最期の声を保存して再生したんだよ。それが彼女のたったひとつの願いだったからね。私は出来る魔女だから、その願いを叶えてあげたんだよ」


「最……期……? 最期とは……まさか! いや有り得ん! ユノの話では、まだしばらくの時間が残っていたはずだ!」


 伯爵は急に取り乱し、喚き始めた。

 最近こんなやつばっかりだな、と思いつつ、マリスはなんとなく察する。

 おそらく、あの娘の容態を見ていた医者というのは例の出来ん方の魔女だったのだろう。年若いマリスを見て娘が医者だと勘違いしたのは、あの魔女が医者の真似事をしていたからだったのだ。

 それにしても患者の余命すら満足に診察できないとは、やはり出来ん子は何をやっても駄目である。


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