急速な変化
侵略者たちを撃退してから一月が経った。あれから暇がある時は、俺やナラントンが西の川周辺の見回りをしているが、冒険者の存在や痕跡は確認できない。だからと言って人間たちの侵略がこれで終わるとは思えないが、以前の敗北が痛手となって、態勢を整えるのに時間がかかっていれば良いのだが。
この一か月で里も随分と変化した。
俺は壁の上に立ちながら、里の周りを見渡す。壁の北側を眺めると、辺り一面が芋畑に覆われていた。畑の一番西側の側面には、幅3mの水路が北に向かって伸びている。そしてその水路を軸に、だいたい縦50m間隔で小さな水路を横に伸ばしてある。これで水汲みも井戸から引いて来るよりは簡単になった。
これまで試験的に耕していた芋畑の広さは、一人のゴブリンが管理できるほどの広さだった。野生の芋は春と秋に収穫できる。芋は一株で30個ほどの子芋が採れるから、計算上は二毛作にすれば毎日芋だけを食べたとしても、50人はなんとか養える。
その畑を今は二十倍の広さにまで開墾した。おおよそだが横200m、縦500mほどの広さはある。今の人口から見れば広すぎるが、それもすぐに足りなくなると踏んで、あらかじめに開拓しておいた。四か月ほど前に植えた親芋3000個は、二週間前に収穫した時には9万個以上になっていた。このうち、拳サイズより小さい芋は食用に回して、残りの6万個ほどを親芋として、新たに開墾した畑に植えている最中だ。
今の里の人口は一月前から急速に増え、90人となっている。ゴブリンの成長は人間に比べて非常に速い。生まれてから一か月で成人する。人間たちを撃退した時に生まれた世代は既に成人している。それ以外の世代も、四週間前に生まれた世代はもうほとんど大人だ。
この一カ月で産まれたゴブリンの内、すでに肉体労働が可能だと判断した二十人は農作業に回している。まだ幼い子供たちは、体が丈夫な個体は狩り組に回し、そうでない個体は居残り組として道具作りや雑務に従事させる予定だ。
これから大量に増えていく人口に合わせて、土器や狩りに使う道具などの需要も増えていくからな。それにこの里に新たな仕事が出来た。今はまだ内緒だが、後々話そうと思う。
畑の方を眺めていると、ゴブリンたちが横一列になって親芋を畑に植えていく様子が見れた。横に並んだゴブリンたちは、手前に立つ一人のゴブリンの指示の下で芋を植えていた。アイツは試験的に畑を耕していた際に、その管理を任せていた一匹のゴブリンだ。俺に言われた通りに真面目に雑草を抜き、四か月以上に渡って芋たちと向き合って来た奴だ。今は芋栽培のリーダーとして農業に従事する仲間を指揮してもらっている。
俺が外の畑から里の方を振り返ると、丁度、里の東側で銃声が鳴った。今日は周に一回の射撃訓練だ。狩り組を中心にして一人5発ずつだけだが、射撃の練習をさせている。
「よく狙いを定めて撃て!」
狙いを外したゴブリンを叱りつけるダリアの声が聞こえてきた。ゴブリンたちは台地の崖に沿うようにして、俺が土魔法で作った人型の模型に向かって弾を撃っていた。
俺は壁から飛び降りると、里の中央に建てられた焚火場のもとへ向かって行く。雨が降った時にぬかるまないように、地面は俺の土魔法で固められ、道には雨水を外の水路へ吐き出すための側溝も作った。
そして焚火場も以前はただ大きな岩で囲いを作っていただけだが、土魔法で崖の岩石を加工し、モダンな噴水広場のように円形の焚火場を建設した。焚火場は大理石のようにツルツルに加工した岩石のタイルで地面を覆い、焚火場の中心部は残った灰が溜まるように、浅く地面を下げる様にした。
「おう、帰ってきたで」
俺は射撃訓練をするゴブリンたちを、台座に座りながら暇そうに眺めていたナラントンに話しかけた。
「潰したか」
「ああ、これで終わりだ」
畑の開拓と水路の敷設を終えた俺は、三日前からこの森にあるゴブリンの里を襲撃していた。それは来る敵の襲来に備えて力を蓄えたいというのが主な理由だが、それ以外にも、これから増えていく里の人口に備えて、他のゴブリンが支配する狩場や、耕作可能な土地を手中に収めたかったからだ。
この森には俺の里とナラントンの里の他に、北と南に二つの里があった。北の里の一つは俺が以前に滅ぼした場所だ。だから残りの三つを滅ぼしたって事だな。
もうこの里以外に、この森に生存するゴブリンたちは存在しない。俺が襲撃した里のゴブリンは一人残らず俺が融合で食っちまったわけだ。戦果は80体ほどだ。つまり元々この森には200体ほどしかゴブリンは住んでいなかったわけだな。いくら狩猟採取の生活で、多くの人口は養えないとしても少なすぎる。俺が生まれてくるまで、この森に棲むゴブリンたちは本当に絶滅寸前だったということだ。
ちなみにこの三日で俺が襲撃に里には、マリクリ規模のゴブリンは存在しなかった。それでも以前の融合数は40体に満たないほどだったので、マリクリと融合したのも合わせれば、身体能力は以前の三倍以上に向上したことになる。
俺はナラントンの前で魔法を使い、土のオブジェクトを造る。大きさと形は縦横高さ1mの正方形――城壁を作った際のと同じぐらいまで圧縮してある。以前は本気で殴っても軽くヒビが入る程度だった。
「さっき里まで走ってきて感じたけど、大分強くなった気がするわ」
「…ふん、そうか」
ナラントンは少し不機嫌そうに鼻を鳴らした。俺の方を見つめるナラントンを他所に、俺は準備運動として、軽くジャンプしながら肩と手首を回していく。
「……よしっ」
俺はオブジェクトの前で構えを取ると、一度ゆっくりと息を吸い、それを吐いて、また息を吸う――そして。
「だあああああああぁああああ!!!!っ⁉⁉」
オブジェクト中心めがけて俺は拳を突き出した。
だが固い岩肌に拳の先端が触れたと思った瞬間、俺はその振りかぶった拳の勢いとともに、体が前に吹っ飛んで地面に倒れた。
遅れて後ろで聞こえた爆発音と衝撃――辺り一面に土埃が舞う中で、俺は後ろを振り返った。
「……嘘…」
俺が振り返った後ろには、先程まで俺の手前に鎮座していたオブジェクトが左右に粉砕されていた。左右に分かれて地面に倒れたオブジェクトの断面を覗くと、そこには俺が拳をぶつけた地点だけ、俺の拳と同じサイズの穴が綺麗に空いていた。
「わぁ⁉」
「っっ⁉⁉」
「なんだなんだ!」
「ヘーカが岩をぶっ壊したぞ!!」
次第に土埃が消えて周りの様子が見え始めた。突然近くでなった爆発音に驚いて、射撃訓練をしていたゴブリンたちが俺の元まで駆け寄ってきていた。その後ろでは、ダリアとナラントンが口を半開きにしながら呆然と俺の方を見つめていた。
「邪魔してすまねえ、ちょっと腕試しに岩をぶん殴っただけだ!直ぐに訓練に戻れ!」
「殴っただけって…えぇ……」
「もうあれゴブリンじゃねぇよ」
「だから言ってるだろ、あれは神だって」
「いやカリスマだ」
俺が手の平を揺らしながらゴブリンたちに訓練に戻るように促すと、なにかブツブツと呟きながらダリアの方まで戻っていった。
「どうだいナラントン君。俺との手合わせは、したくなったかい?」
俺がナラントンに声をかけると、ナラントンはまた不機嫌そうに鼻を鳴らすと、台座に座りなおした。
「お前がニヤけてる時は碌なことを考えていない証拠だ」
そういうとナラントンはすぐにそっぽを向いてしまった。それは残念だ。俺は焚火場に置かれていた俺の台座をナラントンの隣まで引きずってくると、ナラントンの隣に座った。
「なんだ、お前もこのつまらない訓練の見守りか」
「いやさ、邪魔な他部族の里も滅ぼしたし、そろそろエルフに接触してみようかなってさ」
俺がそう切り出すと、ナラントンは少し興味深そうに俺の方を振り向いた。
「里の運営も順調だし、また人間が攻めてくるまでに、余裕のあるうちにエルフと友好関係を築いておきたい」
「お前が前言っていたように、あの水晶をネタにするのか」
「うん、そのつもり。三百人いた侵略者たちの陣地から、100個以上の魔法のランタンが見つかったところを見るに…あの水晶…魔石とでも言おうか。その魔石を使った魔道具は、人間たちの間でかなり広く利用されていると思うんだよね。だから魔石は非常に価値があると思う」
「だがその魔石がゴブリンの住処から採れると分かれば、エルフも人間同様に、こちらを襲いに来るかもしれんぞ」
ナラントンの忠告に俺は素直に頷く。
「その可能性はあるね、でもそれを回避するのが”外交”ってやつさ」
「…どうやってだ」
「徹底して友好的な素振りを見せ続ければいい。その上で、俺の強さを見せつけるんだ。さらに俺たちが人間と敵対していて、エルフとは友好関係と交易を望んでいることを伝えれば、人間とも対立しているエルフからしてみれば、魔石欲しさに強敵が居るゴブリンと敵対するよりも、対価を払って平和的に魔石を手に入れる方が得だと判断するさ」
「それが無理だったら?」
「その時は…その場合による。ファーストコンタクトの段階で失敗したのならそいつ等を皆殺しにして、再スタートだ。でも俺たちと魔石の存在が多くのエルフに明るみになったうえで失敗したのなら…最悪は人間の方で味方を作るしかない。人間も俺たちゴブリンと同じで、同族同士で争い合ってるからな。付け入るスキはいくらでもあるさ」
「ふむ…じゃあ誰が行く?お前ぐらいしか適材はいないが…」
「そりゃあ大将だからね。エルフの股に一番槍をぶち込むのは俺の役目でしょ」
俺がエルフの所へ遊びに行っている間は、ナラントンに里を預けておけばいい。以前に手に入れた魔石の山を持って、明日にでも北に居るエルフの住処まで向かってみよう。
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