空気を読め!


「なんか…とんでもないドラマが始まってる気がするよ」


俺とナラントンは壁の下を眺めていた。最初は仲間たちに人間の銃を持たせて待機させ、俺とナラントンは倉庫の後ろで敵が来るのを待ち伏せていた。


だが敵は一向に来る気配がなく、もしや撤退したのかと思ったときに、外から人間の叫び声が聞こえてきた。しかも複数人でなにか言い争いをしている。俺はナラントンと一緒に壁の上まで登ると、そのすぐ下で男と、鎧の胸の形や、声から恐らく女と思われる冒険者が言い争っていた。


こんな状況で口喧嘩するか?そう思っていたら、全身甲冑の女が、男を地面に押し倒し、首を絞め始めた。


男は抵抗したようだが、どうやら女のほうが力が強かったらしい。男はすぐに気を失ってしまった。その間にも女はなにか喋っていたようだが、男が気を失うと、兜を脱いで男に口づけをしていく。


「おっふ、熱いねぇ…」


そして気を失った男を抱き寄せると、男をお姫様のように抱き抱えた。壁から森の方へと離れていく女の背中を俺達は黙って見つめる。


「今思い出した…あの男、15年前に俺の里を滅ぼした男だ…」


「えっ!?それってゴブリンがあの川より西に居た頃の話?」


ナラントンの衝撃発言に俺は一瞬だけ声を上げてしまった。静かだった森の中で、俺の声だけが異様に響く。森の方へと歩いていた女はとっさに後ろ振り向くと、壁の間から自分の方を見つめる、俺達の存在に気がついたようだ。


すると女はすぐに走りだし、森の中へと消えてしまった。


「あっ……え…どうする?」


それでも無反応のナラントンに俺は話しかけた。


「お前はどうするつもりだ」


「ん〜…どうするって…まぁどっちでも良いんだけど、でもこっちは死者ゼロだしなぁ…敵を撃退した今、これ以上何かを欲して被害を出したくないんだよね」


ナラントンには悪いけどな。だか俺が本心をぶっちゃけるとナラントンは小さく頷いた。


「俺も同じ意見だ。…一時の感情に流され、危険を犯すつもりはない」


「あら、そう…それにあの女見たか?お前みたいにゴリマッチョでもないのに、あんな全身鎧を着ながら、背中にお前の棍棒と同じくらいのハンマー背負ってたぞ。しかもその状態で男一人担いで走れるとか……ありゃ一体何かね?」


「知らんが…とにかく強いのは確かだ」


まぁ…そうなんだけど。


「それよりこれからどうするつもりだ」


「…とりあえずあの女の後を追って、敵が本当に撤退したのか確認したい…それと地下通路にいる人間の装備やアイテムを回収して、敵が撤退してるなら、もし敵陣地に使えるものがあったらそれも回収する」


俺が今後の話をすると、ナラントンは少し不機嫌そうな顔になった。


「それはそうだか、俺が言っているのはこれからの展望だ。人間はこれまでにないほどの人数で攻めてきた。奴らも本腰を入れてきたわけだ。この戦いが簡単に終わると思えん」


ナラントンの話に俺も頷いた。確かにそれは最もなご意見だ。


「まあな、俺もこれで終わりだとは思わないよ。ただ人間が此処に侵略してくる理由がわからないし、今回の敗北をどう捉えるかとか、敵の都合もあるからな、すぐにこの森に攻めてくるとは思えない…まぁ具体的な話はこのあとにしよう」


「ふうむ…まぁそれでいい」


「俺はあの女を尾行する、お前は仲間を指揮して地下通路にある死体を身包み剥いでおいてくれ。もし生存者がいたら、男は殺して、女は縄で縛って拘束してくれよ。あと一応猿ぐつわも忘れずに」


「分かった」


「じゃあ、おっすー」


ナラントンの返事を背にし、俺は壁から滑るように飛び降りると、女が逃げていった方向へ走り出した。


木々の枝を伝って森の中を進んでいく。すると壁と西の川の間にあたりで、木が切り倒されて陣幕で張られた空き地を発見した。俺はすぐに木々の陰に隠れ、上から陣幕の中を確認する。中には幾つもの樽や木箱、馬車の荷車らしきものが乱雑に捨てられていた。


樽や木箱の辺りには火縄銃やピストル、弾薬が散らばっており、酒や食いかけのパンらしき物も大量に散らばっている。


案の定、物資は大量に残されていた。おそらく俺たちが放ったシャブ玉の煙のせいで、物資を回収する間もなく逃げ出したんだろう。それ以外にはとくになく、人影も見えない。


あの女はすでにここを通り過ぎたのだろうか。

俺は陣地の跡から離れ、先を急ぐことにした。


ついに西の里を抜け、その先にある小川にまでたどり着いた。川岸と森の境目まで来た俺は、木の陰から辺りを見渡す。すると川の向こうに鎧を着た女が居た。女はもう川を越えた後のようだ。脚を軽く振って鎧の中に溜まった水を出すと、また男を抱いて西の方へと進んでいった。


ここに来るまで、あの女以外の人間を目にしてない。川岸を見ると、大量の足跡や、布きれ、破れた革靴など、人間たちが居た痕跡を見つけた。俺の里まで侵略して来た冒険者たちは、既にこの川を渡って撤退した後だと思っていいかな。


俺は仲間たちの待つ俺の里まで、来た道を戻っていった。

壁を乗り越え、壁の上から里の中を眺める。そして里の中央にある、焚火場の前で集まっていた仲間たちの元まで寄っていく。


「へーか!」

「リーダー」

「ボス!」


俺の存在に気が付いたゴブリンたちが、嬉しそうに手を振りながら俺の元まで駆け寄ってきた。


「言われた通りに人間の装備は奪ったか」

「はい!武器から防具、下着に指輪に至るまで全部!!」


俺の質問に目を輝かせながら答えたゴブリンは、自分の後ろを指さした。そのゴブリンが指をさした先を見ると、そこには大量に積まれた武具や下着、アイテムの数々と、身包みを全部剥がされて素っ裸になった、死体の山があった。


なんかあれみたいだ、欧米の開拓民が狩った動物や先住民の死骸の山の上で、猟銃片手に、笑顔でピースしてる昔の写真に似てる。


「ん?おい、あの女二人は?」


死体の山の絵面が衝撃すぎて直ぐに気がつかなかったが、死体の山の手前に裸の女が二人、縄で縛られていた。


俺がその二人の女の方を指さすと、俺の周りを囲っていたゴブリンたちが急に騒ぎだす。なんか小学生に囲まれてる先生みたいだな俺。


「生き残りですよ!!」


「うっ⁉ウキョキョキョキョォ!!ウキョネェだねぇ⁉」


俺の声に反応して、ゴブリンは歓声を上げながら捕まえた女の方へと走っていく。俺もすぐにその追っていった。ゴブリンたちに囲まれるなかで、俺は捕まえた女たちの顔を下から覗いた。


「息はあるが…こりゃあ完全に飛んでまっせ!兄貴たちぃ!」


女たちの瞼を開けて目を確認した俺は、ゴブリンたちの方を見る。俺の言葉にゴブリンたちから笑い声が漏れた。


「早くやっちゃいましょうよリーダー!」

「これ丸二日は起きねぇぞ」

「目が覚めた時の女の反応が楽しみだァ」

「早く肛門破壊してぇー!!」

「ガバマン!ガバマン!」


ゴブリンたちは早速、自分の股間の辺りを触りながら下卑た笑い声を上げる。


「ちょっと待てぇ!肛門破壊二キの気持ちは痛いほど分かるが…お前ら、ちょっと待て。コイツらを犯すのは勝利の宴の乾杯をした後だ。それよりもここから少し西に、敵の野営地を発見した。敵はもう既に西の川より西側まで撤退したようだ。あそこには酒や食糧がたんまりとあった。だから今から残された物資を奪いに行くぞ!!」


俺が右手を掲げながら叫ぶと、ゴブリンたちも雄たけびを上げながら両手を天に掲げた。そしてさっそく俺は仲間たちを引き連れて、敵が捨てた野営地まで進んでいく。そして囲っていた陣幕を踏み倒し、60人のゴブリンたちが一斉に野営地の中へと入りこんでいった。


ゴブリンの叫びと笑い声が森の中に響き渡る。みんな自由に木箱や樽を破壊して、中の物を取り出していった。


「馬鹿!!木箱と樽は使えるから壊すな!!中身なんて確認しなくていいから、あの荷車の上にどんどん置いていけ!!荷車に置いた荷物は全部ナラントンが運ぶ!!」

「おい小僧」


俺の指示に従ってゴブリンたちは木箱と樽を荷車の荷台の上に置いていった。荷台に積まれた荷物の上に立った俺は、荷台を取り囲むゴブリンたちに指示を飛ばす。


「もうこれ以上は荷台に置けねえ!残りは持てる物だけもって帰還するぞ!!」


俺が叫ぶとゴブリンたちも嬉しそうに叫んだ。俺は意気揚々と東にある俺の里の方角を指さしてナラントンに声をかける。


「いざ!出発だ!!」


俺の出発の合図を聞いたナラントンは、黙って荷車を引き始めた。ナラントンってそこらへんはちゃんと空気を読んでくれる男なのよね。ホント。



俺たちは人間が踏み荒らして出来た道を通りながら、里に向かってゆっくりと歩いて行く。暇だった俺は荷台に積まれた荷物の上で、小さくジャンプをしながら拳を前に掲げた。


「おいおいおいおい!ニッポン!ニッポン!ニッポン!ニッポン!」


「陛下!なんすかそれ!」


俺の掛け声を不思議思ったゴブリンが声をかけてきた。ソイツの方を見ると、他のみんなも興味深そうに俺を見つめていた。


「これは勝利を祝う掛け声だ!お前たちも叫べ!ニッポン!ニッポン!」


「「「ニッポン!!ニッポン!!ニッポン!!ニッポン!!」」」


「よっよいぞ…だがまだ足りない!お前たち!もっとだ、もっと叫べ!!」


「「「ニッポン!!!ニッポン!!!ニッポン!!!ニッポン!!!」」」


「人間ども道を開けろ!こっからは俺たちゴブリンの時代だあああ!!!」


「「「ニッポン!!!ニッポン!!!ニッポン!!!ニッポン!!!」」」

「……うるさい…」


ん?なんかナラントン喋ったか?てかコイツなんでさっきから黙ってんだ。お前もニッポンを祝えよ!たっく…でけぇだけで空気も読めねえのかコイツ。まぁいいや…今の俺はとことん気分が良いからな。


それにしても、まさかコイツらに初めて教える日本語がニッポンになるとは。これもまた数奇な運命よ。俺たちはニッポンの勝利を祝いながら無事、里に帰還することが出来た。


「「「ニッポン!!ニッポン!!ニッポン!!ニッポン!!」」」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る