人間の屑たち


「さて、ギルド長から君たちに任せられた任務を説明していこう」


ゴブリンの里のすぐそばに作られた陣地のなか、フランツは今回の作戦で呼び寄せた冒険者たちの前で、その作戦の詳細を説明していく。


「あっと、その前に…名前ぐらい知っているだろうけど、俺が今回の作戦の隊長を務める事になった、フランツだ。それで…今回の作戦だが――」


フランツは作戦指揮書を集めた冒険者たちに見せた。冒険者たちは、書類が飛ばない様にナイフで突き刺された木箱を囲みながら、フランツの説明に耳を貸していく。


「我々の第一目標は敵の威力偵察だ。具体的にはあの壁の上で身を隠しているゴブリン兵たちの人数、所持する武器、スキルの有無を確認する。そして第二目標があの地下通路の調査、可能であれば突破も試みたい」


フランツは作戦内容を説明し終わると、自身を中心に集まっていた冒険者たちの――20名の顔を眺めた。ある者は緊張し顔を強張らせ、ある者はフランツの顔を一点に見つめ、ある者は不気味な笑みを浮かべていた。


ここいる冒険者の殆どは銅等級か鉄等級だ。銀等級は自分も含めて”守護壁”が使えるエルゼの二名だけだ。作戦の重要性に対して、投入する戦力はいささか偏りがあった。当然、参加者の中には、そんな重要な作戦に自分が選ばれたことに、誇りを感じた者もいるだろうが、それ以上に自分は捨て駒にされているのではないかと感じた者たちも多いだろう。


「この作戦への参加は、俺とエルゼ以外は任意だ。最終確認だが、作戦を降りたい者は今、申し出てくれ」


だが全員がこの場から立ち去ろうとはしなかった。スチューデンの冒険者はたちは他の都市の冒険者たちとは違い、少ない採用枠と厳しい試験を潜り抜けた、心身共に優れた潜在能力を評価された者たちだ。


そしてなによりも、冒険者ギルドの理念である”自由と人権の守護”を命と同等に大切にしている。その自由と人権とは、単に人類全体に対するものだけではない。強権的な絶対王政を掲げる王党派から、前時代的な社会通念をもって、市民の自由と人権を抑圧し、敬虔な民から暴利を貪り続ける教会から――冒険者は市民の自由と権利を守るためにある。


誰からも支配されず、奪われず、国家や領主の争いにも関与せず、ただ人類の繁栄と守護を目的とし、未知の領域に足を踏み入れていく、中立なる自由の騎士団――それこそが冒険者なのだ。そのために彼らは此処にいる。人類を率先して襲う凶悪なモンスターと戦える力と才能が有れば、国家や領主に仕え、戦争に従軍し、富と名声を得ることだってできただろう。かの勇者のように、一国の王にだって――。だが彼らは冒険者になる道を選んだ。


冒険者こそが、絶対王政に支配されることなく、自由に生きることを掲げた市民たちの象徴であり、最後の砦なのだ。


フランツは全員の顔を確認すると、小さく微笑みながら腰を上げた。


「…そうか…分かったよ。じゃあ始めよう…俺たちの自由を賭けた戦いを――」


◆◆◆


「――フランツさん⁉クソっ!!駄目だ!!全員盾を掲げてエルゼを守れ!!」


遠くで仲間の声が聞こえた。

なにかを叫んでいるが、小さくて聞こえない。

それより…今の俺はどこにいるんだ……?

確か…みんなを集めて…作戦を説明して…はず…じゃ……。


「フランツ⁉しっかりしろ!!」


エルゼ?

あれ?なんで…泣いてるの?

お前が泣くなんて…初めて…スライムを倒しに…い……。


フランツの浅く乱れた呼吸は、次第に力を失っていく。彼の脇腹を見ると、右半分がえぐれて、大腸が地面に溢れ出ていた。壁より飛来して来た石に、フランツは一瞬で体の支えを失って地面に倒れてしまったのだ。


この外傷では上級ポーションでも完治は難しい。なにより、先程から飛んでくる矢や石、槍の雨から足を負傷したエルゼを守ることしかできない。それに足を貫通したのはエルゼだけじゃない。ほかの四名も怪我を負っている。その状況で、助かる見込みのないフランツに上級ポーションを使う選択肢はない。


「くそ⁉増援を読んで来い!!」

「ああ!頼んだぞ!!」


「待って⁉待ってよ!!そのポーション上級でしょ⁉私のは中級でいいから!フランツに使って!!」


「駄目だ!!フランツの怪我じゃ使っても助からない…それに君の脚も貫通してる…だけどこのぐらいの大きさなら上級ポーションでも治るはずだ!」


男は抵抗するエルゼを仲間に押さえさせると、エルゼの靴を脱がせて、棘で貫通した右足の傷にポーションを掛けた。傷口が泡を立てながら塞がっていく。エルゼは痛みと怒りに声を上げた。


「っ!あぁあぁああ!!なんでよ⁉」


涙を流しながら声を上げるエルゼに、男は怒鳴りつけた。


「なんでか⁉お前銀等級だろ⁉それぐらい分かるだろ⁉⁉今自分がやるべきことはなんだよ!!!泣くことしか出来ないならさっさと帰れ!!!」


「ぅ…ぅうぅうう…だ…だって……だってさぁっ…!!フランツが――!!」


エルゼが男に泣きながら詰め寄ると、男はエルゼの方を掴んだ。


「もうこれ以上辛いことを考えるな…今のお前は自分がやるべきことだけを考えればいい……今ここで作戦が失敗して、お前が死ねば…もう彼を思い出すこともできなくなるぞ…」


男はそう言うと、仲間と一緒にエルゼの方を担ぎ上げた。そして盾を掲げる仲間を前に、後ろの森の方へと後退していった。エルゼの視界から少しずつ、フランツの顏が遠ざかっていく。


「っ⁉ぅう!…ぅう”ぅああぁう⁉うあああぁぁぁ!!!」


「敵の攻撃が来るっ…立てるならさっさと立つんだ!」


エルゼを担いだ男をたちが森の中へと後退していくと、手前で盾を構えていた仲間たちも少しずつ後ろに下がり始めた。だが冒険者たちが森の中に身を隠そうとした時――また壁の胸壁から一匹のゴブリンが身を乗り出した。


あいつだ。

あいつがフランツを殺したゴブリンだ!

投石だけで銀等級のフランツの腹をえぐる力を持っているなど…あのゴブリンこそが負傷したオーガを助けに来た例のゴブリンに違いない…。


「また投石が来るぞ!!守りを固めろ!!」


盾を掲げていた男の一人が叫んだ。

その時だった、エルゼの方を担ぐ男の横をなにかが通った。


「お前ら邪魔だ!!全員頭を下げろ!!」


エルゼを担ぐ男がそう叫んだとき、男の耳元で巨大な銃声が鳴り響いた。いくつもの銃声が同時に重なって、巨大な爆発音が森の中に響き渡る。


自分たちを取り囲む濃い煙が晴れたとき、壁の方を見ると、あのゴブリンが倒れていた。


「やったぞ⁉例のゴブリンを倒した!!!」


隣で銃を構えていた冒険者たちが歓声を上げた。気が付けばゴブリンの城壁が立つ開けた土地と、森との境目には多くの冒険者たちが集まっていた。先程呼んだ援軍が来てくれたのだろうか。あの攻撃でゴブリンが死んでくれていたら嬉しいのだが、そうでなくても一先ず危機は去った。


男は安堵の表情を浮かべると、小さく息を吐いた。エルゼの方を掴んでいた腕の力が抜けていく。するとエルゼは隙をついて、棘が生えている開けた土地のほうまで走り出した。


仲間の静止を無視して、エルゼはフランツの元まで駆け寄る。男もエルゼを守るため、盾を掲げながら急いでフランツの元まで走り出した。


エルゼの元まで駆け寄った男はフランツの状態を確認する。瞳孔を見る必要もない。すでにフランツはこと切れていた。フランツの頭を抱えて泣き叫ぶエルゼを、男は盾で守りながら振り返った。


「敵の攻撃が来たら危険だ…戦闘が激化すれば、地面に横たわる死体に気を使う余裕もなくなる…今のうちに早く陣地の方まで運んでやろう…」


泣き叫んでいたエルゼは男の言葉に口を結ぶと、涙をためながら小さく頷いた。男はフランツの両肩を持ち、引きずるように森の中へと運んでいく。


「何をしてる?陣地の中に入れたら疫病が蔓延するぞ」


援軍として来た冒険者の一人が、男の前に立ちふさがった。彼の言っていることは至極当然のことだ。男もそれを否定する気はない。


「陣地の中に入れるつもりはない。ただ仲間に踏み荒らされない様に森の中に隠すだけだ」


男がそう言うと、立ちふさがった冒険者はそれ以上なにか言う事はしなかった。エルゼの後を追う様に、フランツの肩を引っ張る男は援軍としてきた仲間たちを通り過ぎていく。


陣地から少し離れた場所まで移動した二人は、大きな木の根元にフランツを置いた。


「戦いが終わるまでそこで休んでいてくれ…アンタが愛した女は俺が必ず守るよ……戦いが終わったら、その時はアンタは燃えカスになってるだろが…一緒にスチューデンに帰ろう」


「…フランツ、貴方の敵は私が取るわ……それまで少し…一人にしちゃうけど許してね?」


「……行こう…まだ作戦は終わってない」


「…ええ、行きましょう」


死んだ仲間に一時の別れを告げた二人は、また森の境目へと歩き出した。



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