一発でいいわけ
「あっ……寝すぎた…か?」
木の隙間から流れる涼しい風に俺は目を覚ました。小屋から頭を出して外を見ると周りは真っ暗になっていた。月は丁度、西に少しだけ傾いている。
緊張していたけど意外と寝れたもんだ。
そして良いタイミングで目が覚めた。
俺は頭だけを出してあたりの様子を伺う。
誰もいない。
遠くの方で虫や夜鳥の鳴き声が聞こえるだけだ。
俺は小屋から音が出ないように抜け出すと、風の音に合わせてスリ足で隣の小屋に近づいていく。この小屋に住んでいるゴブリンはレベル1だから融合できる。
小屋の隙間から中を覗くと、二匹のゴブリンがいびきをかきながら寝ていた。俺はゆっくりと音を立てない様に小屋の中に入っていく。草がたらされた暖簾をくぐると、先程見た通り、二匹のゴブリンが並んで寝ていた。
俺は二人がしっかり寝ているのを確認したあと、二人の手に触れた。
これが初めての融合だ。
融合によってもし光や音のようなものが出た場合は、ゴブリンたちにバレなうちに寝ているゴブリンと出来るだけ多く融合を試みる。それでバレた場合は逃げるか、逃げれないなら戦うしかない。
だが一度に二人と融合できるのはありがたい。これで単純に考えても俺の身体能力は三倍だ。一人でゴブリン三人分の力を引き出せる。
北のボスのレベルは南のボスとほぼ同じの17レベルだ。他の奴らは高くて8と5が一人ずつ。あとは2と3が数人だけ。30人の集落のうち、レベル1は20人もいる。
当然そいつらの小屋は全部把握済み。全員と融合できれば、ゴブリン20体分の力を一度に使える訳だ。そうなればボスとも十分に戦えると思う。
「さてと…じゃあな……」
俺はなんどかマッサージをしたこのあるゴブリン二人に別れを告げると、融合のスキルを詠唱した。
「……⁉」
すると寝ているゴブリンたちの体が淡く光を帯び始めた。そしてついに光の泡となった二体のゴブリンは、俺の手の平を通して吸収されて行く。
「っ⁉あっ熱…」
まるでゴブリンに内包されていたエネルギーそのものが自分の中で一つになっていくようだ。というか本当にいま融合しているのだろう。
体全身が脈を打ち、内側から筋肉が膨張していくのが分かる。
そしてついに光の泡となったゴブリンは全部が俺の中に融合されていった。体に帯びる熱も次第に冷めていく。
まるでサウナに長時間いたと思うほど全身が汗まみれだ。水滴の滴る腕や体を眺めると分かりやすい変化があった。
まず腕や胸、脚に限らず、全身が少し筋肉質になっている。以前は典型的なひょろひょろのゴブリンの肉体が、上質な筋肉が生えていた。
子供のような腕や足も、一回り、二回り大きなっている。手を握りしめると大きな力こぶが浮き出た。痩せて浮き出た腹筋も、内側から盛り上がっている。
だが身長は特に変化はないようだ。
それでも融合前とは違い、あふれ出るような力が全身に宿っているのを感じる。俺はまた音を立てないようにゆっくりと小屋を出た。
外には誰もいない。
幸い、強い光や音が出なかったからか、まだばれていないようだ。
俺は集落のはずれから順番に小屋の中に入っていく。もちろん入る前には小屋の隙間からしっかりと相手が寝ているかを確認してだ。
こいつも寝ている。こいつは確か今日喧嘩していた奴か。
俺は小屋に入るとまた優しくゴブリンの腕に触れた。
「融合」
俺の言葉と共にまたゴブリンが光の泡に変化していく。先程のゴブリンもだが、寝ているときに融合をしかければ、本人はまったく気づかずに光の泡になって俺に吸収されてしまうようだ。
これなら実質的に暗殺も可能だし、なんなら戦闘中に体に触れて融合をすることもできるわけだ。自分よりレベルが低い相手というハンデはあるが、それでも自分よりレベルが低い相手ならば確実に勝てるわけじゃない。負けて死ぬこともあるし、勝っても傷を負って後遺症を背負う可能性もある。だったら一瞬でも触れてスキルを発動できる融合なら安心して強くなれる。
一つだけデメリットになるとすればレベルを上げる機会を失うことだ。まぁそれも融合できる相手はゴブリンだけだし、レベルを上げるためにゴブリンを殺すのは流石に気が引ける。
さてそんなことを考えていたら、光の泡となったゴブリンはあっという間に俺の中に吸収されていった。ゴブリンのエネルギーが俺の体に染み込んでいく。先程ではないがまた体が熱を帯び始めた。
筋肉がまた一層厚みを増していく。細胞の隅々までが膨張し、増幅し、また収縮していく。
「ふぅぅぅぅぅ」
俺は深い息を吐いた。
これで三体目。
そして俺はまた小屋から出て、新しい小屋の中へ入っていく。そしてまた融合し、また小屋に入ってゴブリンと融合していく。
「やっと十体か」
俺の口からそう漏れた瞬間だった。
「おっおい…なに…してんだよ…」
「っ⁉」
まずいバレタ!
俺は後ろから声が聞こえた瞬間、振り返ると同時に目の前のゴブリンにのしかかった。そして叫ばれない様に口を塞ぎ、スキルを発動する。
「融合っ」
「んんんん⁉」
ゴブリンは必死に声を上げようともがくが、俺がスキルと発動した瞬間にジタバタと動かしていた手足は止まり、光の泡となっていく。
ゴブリンのエネルギーが体の中で融合していくのを感じながら、俺はあたりを見渡した。誰もいない。そう思ったのも束の間に、隣の小屋からゴブリンが出て来た。
「なんだぁ?まだ酔っぱらってん…え?」
目を掻きながら寝ぼけた様子のゴブリンは、仲間が光の泡となって俺と一つになっていく姿を見て体を硬直させた。
そのままゴブリンは目を見開いて俺を凝視している。
「ぁ…おっ……うわぁああ⁉みんなぁ⁉お頭ぁ!!」
「くそっが」
俺は舌打ちを撃ちながら尻もちをついたゴブリンに馬乗りになって腕をつかむ。
「やっやめ――」
「駄目だっ…融合…!」
「あぷっ――」
腕を掴まれたゴブリンは空気が漏れるような断末魔を残して俺の体に流れていく。また力がみなぎってくる。自分の肉体、魂に凝縮されたエネルギーが体から溢れるほどになみなみと注がれていく。そしてその溢れたものを抑え込もうとしても、体からマグマのように噴き出る熱と共に、細胞の増殖は加速していく。
体の筋線維は何重にも積み重なり、それが一つの大縄のように織られて結ばれて行く。その度に自らの体は重みを増していった。
「おい!みんな起きろ!ダムが仲間を襲ってる!!」
「ダムが裏切ったぞ!!」
「みんな早く起きろ!!」
遂にばれたか。
まぁいい。
目の前に居る敵は四人。
焚火場を中心に右に一体、左に一体。手前に二体。
左の一体はレベル2の奴だ。
まずは右から片付ける。
俺は膝を曲げ、足の筋肉を収縮し、地面を後ろに蹴り上げるようにそのパワーを一気に解放した。
脚の付け根が地面に離れると同時に、その反動を前に押し込み、一瞬にしてゴブリンの前まで肉薄した俺は、右手でそいつの首を掴んだ。
「がっ⁉ぐぅぅうう⁉⁉」
何て速さ。
なんて腕力だ。
自分でも以前の身体の能力との違いに驚いた。
俺の右手はもう少しでつかんだゴブリンの喉ぼとけを握りつぶしてしまうそうだ。
なんて脆い命なんだ。
つい先程まで俺もこんな雑魚だったとは。
ゴブリン13体分の身体能力を発揮できる俺に単独敵うゴブリンはいないだろう。レベルが1上がろうが身体能力は二倍にならない。この計算が正しいとは思えないが、13体分の身体能力を出せる俺と戦うのには、最低でも20ぐらいは必要なはずだ。
もう、この里に俺に危害を食われる奴はいない。
「融合」
「っ⁉」
「おい!やめろ!!」
「くそ!なんだよあれ!!」
喉を掴まれた仲間が一瞬で光の泡となり、俺の体に吸収されていくのを見て周りのゴブリンたちは恐怖で顔を引きつらせていた。
だがゴブリンと融合している内に、また三体が新たに加勢して来た。
「糞が!裏切者め!」
ゴブリンたちは槍や棍棒、錆びた剣を持って俺に襲い掛かる。
全員レベル2の雑魚だ。弱いくせに養分にもならん。
あまりにも遅すぎる敵の行動に俺は逆にげんなりしてしまった。
試しに俺は右手で槍の先端を掴み、振りかぶってきた剣を左で握りしめる。そして力任せにその両方を下に振って折ってやった。
「うわああああ⁉」
「ばけも――」
武器を壊されたゴブリンが悲鳴を上げた。だが俺はすぐに襲い掛かってきた二体のゴブリンに駆け寄ると、そのまま水平に伸ばした手の平をゴブリンの胸に突き刺す。
両手が一瞬だけヌルりとした感触のあと、二体のゴブリンの心臓を突き刺した俺は、そいつらを地面に投げ捨て、後ろで棍棒を持っていた奴に向かってその顔面に拳を振り上げた。
「ぶっ」
拳はゴブリンの顔面を突き破り、両目は飛び出し、鼻が陥没して頭蓋骨が割れる音が聞こえる。びくびくと痙攣しながら動かなくなったゴブリンを見届けた俺は、すぐに最初に見た標的たちに狙いを定めた。
手前に二体。レベル1だ。
「うわ――⁉」
「来たっ――」
俺はまた一瞬で二人の元に駆け寄ると、すぐに首を掴んでスキルを発動した。先程まで生きていたゴブリンたちが一瞬で光の泡となって消えていく。
俺の体は何度も脈を打ち、ありえない程の熱が体の中に流れ込んでくる。体の中の力がどんどんと凝縮され、蓄積されていくの感じた。
膨張した細胞はまた分裂を急速に繰り返し、収縮していく。紙を何度も折り曲げていくように己の筋線維はさらに密度を増していった。
もう俺の体はまるで前世で見た体毛を失ったチンパンジーのような体をしていた。両腕は普通のゴブリンの太ももと同じぐらいにまで肥大し、背中と脚の筋肉も融合前の倍近くある。
これじゃあまるでチビゴリラだな。
「やってくれたな…マリクリの手先め」
後ろの方で声が聞こえたため振り返ると、十メートルほど先に北の里のボスがいた。体長はマリクリと同じで二メートルほどある。対して俺は小学6年生ほどの身長しかない。
ボスの後ろにはゴブリンたちが10体ほどのゴブリンたちが武器を持っていた。ボスの左右にはレベル8と5の狩り組隊長と副隊長がいる。
どちらを先にやるか。
それを考えている内にボスから先に先手を打ってきた。
「しゃらくせえ……」
ボスの右手になにか動きがあった。
俺は拳を構えて警戒態勢をとる。
するとボスの手の平に小さな火の玉が出現した。嵐のように音を立てて火の粉を散らすその火炎はどんどんと大きくなっていく。
遂には集落の小屋の大きさにまで膨張していった。
「消し炭だぁ!!火炎弾!!」
ボスの叫びと共に右手に乗せられていた火炎玉が俺の方に飛んできた。一瞬だけ目を見開き、火炎弾の軌道を確認する。
今がチャンスだ。
俺はボスに向かって走り出した。
「ぬぅ⁉」
左右に避けると思っていたのだろう。いきなり手前に詰めてきた俺をみてボスは背中を仰け反り、驚いたような表情を浮かべた。
一瞬でボスの近くまで駆け寄った俺は、地面をけり上げて大きく飛び上がった。それと同時に、後ろから大きな爆発音が響いた後、暑い熱風が俺の背中を押し上げた。
「グギャア!!!」
ボスは雄たけびを上げながら迫りくる俺に向かって拳を突き上げる。俺もボスの巨大な拳に向かって全力でパンチを繰り出した。
拳と拳がぶつかる。
その決着は一瞬で着いた。
ボスの拳の骨は崩壊し、腕の筋線維はグチャグチャに破れて肘は折れ曲がる。
「ぎゅぅ⁉」
腕と体全身にやってきた衝撃に、遅れてやってきた痛みと恐怖に目の前のゴブリンは顔を酷くゆがめた。気持ち悪いゴブリンが顔をゆがめると本当に醜い顔になるな。
北のボスの拳を粉砕し、そのまま地面に着地する。そしてボスの懐に潜り込んだ俺は、地面に落ちた衝撃を生かしながらまた飛び跳ねた。
「な!!」
飛び跳ねて、そのまま拳をボスの顎に向かって振り上げた。
「がぶっぅ⁉」
振り上げた拳がボスの顎に直撃し、顎の関節が一瞬で圧縮されると同時に口からボスの牙が飛び出していた。
そしてその衝撃によって地面に後頭部から崩れ落ちたボスに、俺はすかさず飛びかかると、両足で顔面を踏み抜き、もう一発拳でボスの額を殴りつけた。
バキっと完璧にボスの頭蓋骨が粉砕する音が辺りに響き渡った。ボスの眼玉は飛び出し、鼻は陥没して、口から大量の血を吹き出し、耳から脳漿が噴き出ている。
ボスが死んだ。
静まり返った集落のはずれで、俺は全身をその雷鳴に打たれ続けていた。
「うび⁉うびばばばばばばっ⁉」
またレベルアップだ。
しかも今回は一つや二つじゃない。
なんども体中に衝撃が走りやがる。
レベルは最低でも8回は上がったな。
「ふぅ…ふぅ…ふぅぅぅうぅうううう!!ひゃははははははっ!!!」
俺の満面の笑みに、硬直していたゴブリンたちはビクッと震え出した。
「これで全員…融合できるぅうううう!!!」
「ひぃぃぃぃいぃ⁉」
「逃げろ!!」
「うわああああああ⁉」
きっと先程まで降伏しようとか考えていたんだろうな。でもそんな甘えが通じるとでも思ったか。
俺はレベル8の隊長に襲い掛かった。一瞬で頭を掴むと、力任せに頭蓋骨が割れてしまった。だが隊長が絶命する前に俺はスキルを発動した。
「…融合」
後ろに引きさがっていたゴブリンたちは、隊長が光の泡となって俺の体に消えていく光景を見せつけられ、完全に精神のダムが崩壊してしまったようだ。
阿鼻叫喚のなかでゴブリンたちは散り散りに逃げ去っていく。
「よくも!!」
だがこの光景を見てもない副隊長は俺に戦いを挑んできた。
「あぁなんだ…こういうのって義理とか武士道とかって言うんだっけ…」
だが副隊長の剣先は俺の首に届かない。動きがあまりにも遅すぎる。というか俺の反射神経があまりにも早すぎるのだ。
捕まえた剣を俺は一瞬で奪う。
そして刃を掴みながら俺は剣の柄を副隊長の脳天にたたきつけた。
案の定、副隊長は両目を吹き飛ばしながら地面に膝をついた。
彼の頭の中は今、スクランブルエッグ状態になっているだろ。
「うびびび⁉」
おっと、誤って副隊長を殺してしまったようだ。
またレベルが上がった。恐らく今の俺のレベルは11ほどだろう。
「さてと…じゃあ始めますか」
俺は笑みを浮かべながら逃げ惑うゴブリンたちを追いかけていく。ゴブリンはすばしっこい生き物だが、今の俺なら簡単に捕まえられる。嗅覚で位置を特定しながら俺は逃げるゴブリンたちの背中を追いかけ、スキルを発動していった。
「融合……融合………融合……」
そして逃げ出した8体のゴブリンをすべて捕まえ、俺の体に取り込んで集落に戻った時には既に夜が明けていた。俺は今回の戦いでボスを含めて6体のゴブリンを殺害し、24体のゴブリンと融合を成し遂げた。
「おい、出てきていいぞポポン」
俺はポポンが隠れていた小屋を蹴り飛ばした。
「うっうわぁああ!!頼む!殺さないでくれぇ⁉」
まるで身ぐるみをはがされた女のように悲鳴を上げるポポンが面白くて、俺は鼻で笑ってしまった。
「おっとすまねえな。それじゃあ早く準備しろよ」
「うっ…うぅぅぅ……なに…を?」
「なにって、里帰りのな」
俺の返答にポポンは目を見開いて、ただ俺を見つめたまま固まっていた。
「あぅ…え?」
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