第6話『リーフェ』

 少女は一言だけ発し、また目を閉じて意識を失ってしまった。

 安否を確かめるためにも駆け寄るが、何故か触れ合う直前で全身に痛みが走った。驚いて身を離すと痛みは止み、また近づくと痛みが湧いてきた。

 どういうことかと首を傾ける中で、少女が持つ結晶体が目についた。

 よくよく思い返すと他の船員は魔物か動物に食い荒らされていたはずで、少女が一夜を越えた理由があるはずだった。俺はそれが結晶体の力によるものだと考えた。


(魔物避け的な能力があるのか……? 大事な物かもしれないけど、手を離してもらうぞ)


 少女を助けるため、首にツタを装備して長い木の枝を拾った。そして慎重にスイング位置を調整し、狙いを定めて結晶体だけを遠くに弾き飛ばした。

 やはりあの結晶体が接近を防いでいたようで、傍に近づけるようになった。

 俺は伏せの体勢でツタを動かし、少女を背中に巻き付け固定した。落ちないよう強めに縛ったので窮屈そうだが、丁寧に運んでいる暇はないのでこれが最善だ。

 一歩二歩と歩んで重さを身体に馴染ませ、グンと走って森を駆け抜けた。

 時折り背中からうめき声が聞こえるが、一向に目を覚ます気配がない。よほどの重症だと察し、昨夜拠点として利用した洞窟へと少女を運び込んだ。


(…………土の上に下ろしたら感染症の心配とかあるよな。まだ岩肌の方が綺麗な気がするけど、寝るのに適した形状の場所なんてないぞ)


 焦りつつ奥に進んで行くと、暗闇の先から水音が聞こえた。慎重に音の方向を目指すと、湧き出た地下水によってできたため池を見つけた。

 一応飲んでみるが味は普通で、毒性はなさそうだった。

 俺は一旦少女を下ろし、ツタを伸ばして破けた濃い緑色のローブを脱がした。長袖に隠れていたので分からなかったが、身体右半分は血まみれの状態だった。

 湧き水の噴出箇所にツタを伸ばして濡らし、傷口を撫でて血を落としていった。よく見てみると右腕は折れているらしく、変な方向に曲がってしまっている。


(腕を固定する必要があるな。ちょっと添え木を探してくるか)


 急ぎ近場の林へと駆け、ほどよい棒を調達してきた。それをツタで腕に巻きつけて添え木とし、キメラの牙でツタを噛み切って簡単な処置を施した。


「…………っ、う……、はぁうぁ……」


 しかし素人目にも少女自身の体力は限界だった。一夜超えることすら難しそうだ。

 何か使えるものはないかと思考を巡らせる中で、ステータスにあった『自然治癒(微)』が目についた。本来は自分の怪我を直すためのものだが、これを上手く使えないだろうか。

 一番効果的な方法を試行錯誤し、少女を手ごろなくぼみに横たわらせた。そしてそこにスライムの粘液を流し込み、全身をまんべんなく覆って治癒できないかと期待した。


(寝心地は最悪だろうが、まぁ我慢して頑張れ)


 消化酸は任意スキルのため、誤って発動しなければそちらは大丈夫だ。

 俺の思惑は良い方向に作用し、傷は少しずつだが再生を始めた。少女の息も三時間ほどで落ち着きを取り戻し、五時間が経つころには安定してくれた。

 ほどほどのところで傍を離れ、洞窟の入り口を拾った草木で覆った。目を覚ました時に腹をすかすことがないよう、食事の方も食えそうな物を集めてみた。

 そうして日暮れとなり、今日の探索は終わった。

 食料は酸っぱいが食べられなくはない木の実十数個、川で見つけたイワナみたいな魚一匹、幼虫うごめくハチの巣の破片、昨日喰った椎茸味の斑煙茸といったところだ。

 自分としてはかなり頑張った方だが、考えてみれば魚は火を通さなければ食べられない。もし人が魔物を食べられない場合、成果は木の実とハチの巣だけとなってしまう。


(さすがに木の実は食べられるよな……? また行くのはかなりキツイぞ)


 まだ夜には幾分の猶予があるが、ちょっと前から空が曇り始めている。

出先で雨に降られるのは避けたく、やはり今日のところは引きこもると決めた。


(そろそろ目は……覚まさないか)


 粘液風呂に自然治癒が働いていないせいか、また息が荒れ始めていた。

 新しい粘液をくぼみに流し込み、少女の顔以外をしっかり浸した。俺自身も眠気が湧いてきたため、可能な限り身を寄せて一緒の眠りについた。


 異世界転生して三日目の朝、俺はツンツンとした刺激で目を覚ました。

 視線を少女の方に向けると、サファイアのような深い青の瞳が俺を見ている。無事な左腕を伸ばし、指先で顔をつついて起こしてくれたようだ。


「あ、魔物さん。起きた……?」


 発せられた声に恐怖はなく、多少の緊張があるぐらいだった。

 俺は刺激しないようにツタをゆるめ、何もせず洞窟の壁まで下がった。言葉が通じないなりに敵意無しと示した形で、少女は意思を読み取ってくれた。


「わたし、リーフェって言うの。助けてくれてありがとう」


 まさか感謝されるとは思っておらず、嬉しさで照れくさくなった。

 せっかくなので元人間だとアピールするか悩むが、今はやめておいた。リーフェ自身に悪意がなかったとして、人から人への伝聞で捕獲されるきっかけは作りたくなかった。

 とりあえず食事を用意すると決め、木の実を運んであげた。

 リーフェは右腕を庇いながら左腕で上体を起こし、くぼみの外に出ようとし……滑った。予想よりも粘液はヌルヌルのようで、ツタで引っ張って外へと出してやった。


「うぅ……ベトベト、これって洗えば落ちるかな?」

「ギ……、ギャグ」

「あ、別に怒ってはいないよ。これのおかげで凍えなくて済んだから」


 そう言われて気づく、確かに失血時は体温低下対策も重要だった。思った以上に使い道があるスライムの能力に関心し、半分破けたローブを引っ張って渡した。


「これは……濡れてない。このままじゃ冷えるし、すぐ着替えよっかな」


 リーフェはためらわず中に着ていた服を脱いでいった。俺は特にすることもなかったので洞窟の入り口を見張り、昨夜から降り出した雨音に耳を傾けた。

 それから着替えが終わり、すぐ食事となった。だがここで大きな問題が起きた。

 どうも俺が持ってきた木の実は食用に適していないらしく、十数個のうち可食可能だったものはまさかの一つだけだった。ハチの巣の方は可食可能な幼虫が全滅していた。


「だ、大丈夫。魔物さんの気持ちは伝わったよ」

「ギァウ……」

「ほら、とっでも……うっ、美味しいよ!」


 酸っぱそうに顔を堪えて励ましてくれた。本当に良い子のようだ。

 ダメもとで湧き水池に放っていた魚を運ぶと、リーフェはあっと声を発した。そしてローブの懐から橙色の石を取り出し、一言呟いてそこから火を発生させた。

 頭をよぎったのは『魔法』の存在で、リーフェは俺の驚きを察してくれた。


「――――これは『魔術』って言うんだよ。この魔石に身体の魔力を通すと、こんな風に火を出せたりするの。面白いでしょ?」


 魔法と魔術、呼び名で何か違いがあるのだろうか。

 何はともあれファンタジー的な光景に違いはなく、俺は火であぶられていく魚を真剣に観察した。そしてほどよく焼けたところで分け、二人でホクホクな身に舌鼓を打った。

 食事を摂って安心したのか、リーフェはあくびを浮かべた。

 怪我の具合的に粘液風呂は必要なさそうで、角狼の肉体を枕代わりに貸した。

 リーフェはゴワゴワな体毛に上半身すべてを預け、数秒で眠りにつく。幼い容姿もあって父心的な感情が湧き、寒くないようにツタで身体を覆ってやった。


(詳しい事情は知らんが、リーフェは人のいる場所に戻してやる必要がある。二角銀狼討伐はゆっくり確実に行くつもりだったが、予定を早めるか)


 明日にも戦力となる魔物探しを進めて行こうと思っていると、リーフェが声を漏らした。話しかけられたのかとも思ったが、ただの寝言みたいだった。


「クー……ゃん、わた……に、なろ…………ね」


 きっと離れ離れになった家族の姿でも夢見ているのだろう。

 お休みと言う代わりに額をキメラの顎で撫で、俺は長い夜を過ごした。

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