第5話『出会い』

 微かに鳥のさえずりが聞こえた。目を覚ますとそこには岩の天井があった。

 今俺がいる場所は急斜面の一角にあった洞窟で、入り口からは眩い朝日が見える。昨夜は気力が限界で、ここを見つけて入るなり一分と経たずに寝てしまった。


(こんなゴツゴツした場所なのに大したもんだ。これも魔物になったおかげか)


 大きくあくびを浮かべ、壁を這っていた蜘蛛を一匹食べる。味は微妙で舌先が痺れた。とりあえず腹ごなしは済ませたことにし、角狼の身体で外へと出た。

 相変わらず見渡す限りの森景色だが、一つ分かったことがあった。森のそこかしこには高低差十メートルほどの崖があり、大体の地形が段々畑状に構成されていたのだ。


(……クレーターってわけでもないんだよな。地盤そのものが沈下した感じだけど、それにしては規模が大きすぎる。どうなったらこんな風になるんだ?)


 ひとまずここを三層と名付け、最初にいた場所を二層とした。大森林を出るならば上に登るルートを模索し、魔物を倒して一層まで登っていく必要がある。


(絶対に上に戻り、あいつを倒す。そしてこの森から脱出してやる)


 二角銀狼討伐を最重要目的と定め、一度洞窟へと戻った。昨日の時点では試せなかったが、ここまで収集した魔物を使ってキメラ的な肉体を作ろうと思い立った。

 そうして試行錯誤すること三十分、そこそこの傑作が出来上がった。


種族 キメラ 名前 無し

総合ステータス

攻撃E+ 魔攻撃F

防御F  魔防御G

敏捷Ⅾ  魔力量F

部位

頭  キメラ 首 スライム

胴体 角狼 背中 スライム

右腕 角狼 左腕 角狼

腰  角狼 尻尾 斑煙茸

右足 角狼 左足 角狼

任意スキル 消化酸(微)・煙幕胞子

自動スキル 自然治癒(微)・スタミナ消費軽減(微)

特殊スキル 眷属召喚


 ベースはスライムと角狼にし、煙幕胞子以上の役割がないキノコは尻尾だけにした。頭には黒い球体があり、急所の首と背中にはスライム、足と胴は運動性重視の角狼だ。

 名は『ウルフスライム』とした。個人的な推しポイントはスライムの配置で、とっさの不意打ちや飛来物のダメージを自動スキルの物理軽減で抑えることが期待できる。

 三体使用しているせいで頭の球体部はより小さくなるが、むしろフィットするサイズ感となった。色々混ざったおかげかキメラウルフのちぐはぐ感からも解放された。

 出来栄えを確認して軽く準備運動し、俺は思い切って森へと駆け出した。

 今までの弾む、転がる。といった移動が何だったのかと思うほど速かった。

 意気揚々と森の木々を躱して進み、茂みを何度も跳び越えて標的を探す。途中でツタをうねうね動かす植物型の魔物を見つけ、滑り込むようにして進行方向に回り込んだ。


(全長は二メートルって言ったところか。頭頂部に赤い花が咲いているな)


 二角銀狼ほどの大きさがあるが、奴ほどの圧は感じない。

 ウルフスライムの力を試すため、ただちに戦闘態勢へと移行した。

 始めに相手の射程外に陣取り、背中のスライムに意識を送った。次に粘液を短めの鞭に変化させ、素早いしなりと共に先端を発射した。


(――――直撃コース! スキル『消化酸』、発動!)


 べちゃべちゃと付着した粘液は白い煙を発し、ツタ魔物の体表を微かに溶かす。この程度の攻撃で倒すことは叶わないが、相手は思惑通りに怯んでくれた。

 俺は思いっきり地を蹴り、手前で揺れていたツタを避けて前へ跳んだ。

 狙うは頭頂部の花で、分厚い花弁の一つをキメラの牙で千切り取った。


「――――!? ――――!!?」


 反撃として振るわれたツタが背中に当たるが、そこには粘液を配置済みだ。

 着地と同時にまた距離を取ると、花弁を傷つけられて暴れるツタ魔物がよく見えた。予想通りの弱点だったことを喜び、ツタの動きを読んで別の花弁へと噛みついた。


(俺と出会ったのが運の尽きだ! 大人しく喰われやがれっ!)


 そのまま激しい格闘戦を繰り広げ、ついに俺はツタ魔物を捕食した。


右腕 蔦魔花 任意スキル 無し 自動スキル 無し


 ツタ魔物……蔦魔花はスキルを持っていなかったが、ツタを自在に動かすが可能だった。近場にあった枝にツタを伸ばして引っかけ、ターザンのように移動することができた。

 この力を上手く利用すれば二層まで移動するのも夢ではない。二角銀狼との決戦は思ったよりも近そうで、さらに力を蓄えて行こうと決めた。


(にしても魔物四つだとキメラの顔がだいぶ小さくなるな。なるべく三つで抑えるか)


 攻撃はただのEに戻っていた。ツタを消したらまたプラスが追加された。

 魔物を四体取り込んだので特殊スキルの『眷属召喚』を使用してみるが、やはり何の反応もなかった。単純に魔力も足りてなさそうで、早く使えればと惜しんだ。


(強化すればするほど本体が貧弱になるんじゃ困るな。心臓とかに移せないもんかな……)


 今できるのは多種多様な魔物のパーツで弱点を隠し、本体の位置を悟られるように暴れ続けることぐらい。次に狙うべきは防御力が高そうな魔物だと考えた。

 そんなこんなで森を移動していると、遠くで煙が立ち昇っているのを見つけた。

 頭には森林火災の四文字がよぎるが、しばらく見ても勢いが強まる様子はなかった。


(…………もしかして、あそこに人がいるのか?)


 あり得ないと思うが、一応煙の近くまで進むと決めた。道中で魔物も動物も複数見かけるが、ここは煙の発生原因特定を優先して放置した。

 ツタを使って木の上に上り、高所から煙の発生現場を見下ろす。

 木々に突っ込むような形で転がっているのは、この場にふさわしくない帆船だった。

 近場には川すらなく、何故こんな物があるのかと疑問が湧く。煙はだいぶ消えかかっている状態で、事が起きたのは昨夜のうちだとおおよそ理解した。

 危険な魔物がいないか入念に確かめ、俺は船へと近寄ってみた。

 よく見ると周囲には人の死体と思わしき肉片があり、焦げていないモノは無残に食い荒らされている。元人間として吐き気をこらえ、船から立ち去ろうとした。その時だ。


(…………あれ?)


 ふと近場の岩肌に血が点々と付着しているのを見つけた。辺りに飛び散った肉片によるものにも見えず、血の跡は岩を越えて森の奥地へと移動している。

 脳裏に浮かんだのは『生存者』の存在で、気づけば走り出していた。

 茂みをかき分け泥を踏み、血の跡の主は五分と掛からず見つかった。

 真上から差し込む木漏れ日に照らされ、一人の少女が半身を血に塗らしてぜぇはぁとか細く息をついている。黄金色に輝く金髪にゆるく結ばれた三つ編みが似合っており、胸元には腕一本分はある半透明の結晶体が抱えられていた。

 容態を確かめようと思い近づくと、少女は目を覚ました。焦点の定まっていない目で俺を見つめ、震える口で透き通る水のような声を発した。


「――――あなたは、だぁれ……?」


 この日この時、俺たちは出会った。

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