第4話『敗北の味』
角狼の体格は大型犬ほどもあり、灰色の体毛は容易く牙を通さぬほど厚そうだ。
恐らく一体一体が俺より強く、多対一ではわずかにも勝ち目がない。どうやってこの場を切り抜けるかに念頭を置き、必死に思考を巡らせた。
(……斑煙茸の煙幕胞子の使いどころか? けど今いる場所は森から遠いぞ)
あの胞子の有効範囲は半径二・三メートルほどと短く、開けた場所では性能を発揮できない。下手に使って動きを読まれのだけは避けるべきだ。
スキルの使用はここぞという時と決めるが、一つ懸念事項があった。
(たぶんだが、スキルがあと一回しか使えない気がする。ステータスの魔力量はG判定のままだったから、もう魔力が尽きたってところか?)
そうだったとしたら生存は絶望的である。ジットリと嫌な汗が肌を伝った。
「グルルゥ! バウッワウッ!!」
「ガルラァ! ゴルルルルル!!」
一応俺を危険な相手だと認識しているようで、角狼はなかなか攻めてこなかった。この隙に森へ近づこうと考え、ゆっくりと下がった時のことだ。
森の一角にあった茂みが大きく揺れ、奥から銀色の体毛をした二本角の狼が姿を現した。そいつは悠々たる足取りで群れの先頭に立ち、首を天に持ち上げ遠吠えした。
「―――――――――」
放たれた重く低い咆哮は風の音をかき消し、真下にある雑草を風圧でしならせる。あれだけ吠えていた角狼たちが黙り、粘液の中にいる俺は冷たく震え上がった。
(今の俺じゃ、絶対こいつに勝てない……)
角狼より大きいだけではない。あの魔物はもっと別の意味で格が違う。
ゲームの知識で『ネームド(二つ名付き)』や『ユニークモンスター(特異個体)』といった単語が浮かび、それに遭遇したであろう我が身の不運さを恨んだ。
ただちに停止しかけた意識を戻し、二角銀狼より先に行動した。
粘液ごと身体を動かして森を目指すと、二頭の角狼が走ってきた。距離を詰められて粘液が爪と牙で裂かれるが、球体本体にダメージは通らない。
(俺自身が攻撃を喰らわなければ大丈夫だ! やれる、逃げれるぞ!)
続く三頭の猛攻をかいくぐり、跳ね続けて順調に数メートル移動した。
しかし俺の甘えを嘲笑い、大気が耳鳴りのような音と共に震えた。
振り返った先にいるのは二角銀狼で、その口は大きく開けられている。そこへ薄い緑色の風が荒々しく収束され、二角銀狼のひと吠えと共に放たれた。
緑色の風は轟音響かせる竜巻となり、射線上にある雑草を土もろとも削り飛ばす。俺の背後にあった木々すらもなぎ倒し、余波で身体を覆う粘液が飛び散った。
急ぎスライムを解除して森へと入るが、再度角狼が駆け込んできた。俺は木から木へと弾んで移動し、追跡を交わそうとした。だがそう甘くはなかった。
また耳鳴りが聞こえ、直後右斜め正面にあった木々が暴風に呑まれた。攻撃は二度や三度では終わらず、俺の退路を正確について暴風が発射されていった。
途中で舞い上がった石が身体に命中し、地面に勢いよく叩きつけられてしまう。
軽い肉体はポンポンと間抜けに跳ねて落ち、無残な森景色へと転がった。
思ったよりダメージが大きく、軽快な移動は不可能となる。揺れる視界の中で光の玉の最後の言葉を思い浮かべるが、願った助けはなかった。
(…………この程度危機でもねぇってか? あいつも結構鬼畜だな)
もし危機でないならば、どこかに打開策があるはずだ。
朦朧とした意識を振り払い、何かないかと周囲を見渡した。わずかな間にも二角銀狼を含めた狼たちは距離を詰め、俺の身体を噛みちぎろうとしてくる。
絶体絶命の四文字がよぎった時、後方から木が激しく崩れる音が聞こえた。身体を斜めにして状況確認すると、真後ろは急斜面となっていた。落ちたら無事で済まされないが、逆に追いかけてくるのも難しい角度だ。
(……でもこれって)
一つの策が浮かび、現状打破するためには博打が必要だと心を決めた。
即座にキノコを後頭部付近から生やすと、一頭の角狼が向かってきた。俺はただちに煙幕胞子を使用し、突出してきた一頭の喉笛に噛みついた。
「ギャッ!? ガッ、ガルラァッ!!?」
突然のことに角狼は動揺し、煙の先を目指して走り出した。だがそこにあるのは地獄への架け橋となる急斜面、俺はニッと不敵な笑みを浮かべた。
(――――こんな最高のアトラクションだ。一人で楽しむのも悪いよな。どっちが耐えてどっちも死ぬか、せいぜい楽しもうぜ! なぁ!!)
想定通りに角狼は足を踏み外し、急斜面を転がっていった。
俺は絶対に牙を離さず、痛みで途切れかける意識を繋ぎ止めて落ちていく。
一瞬見えたのは崖上に立つ二角銀狼で、確かに視線が合った。次に戦う時はその気高い姿と使用したスキルを奪い取る。その時を楽しみにしろと心で宣言した。
…………目を覚まして最初に見たのは、真っ赤な夕焼け空だった。
森はどっぷり暗く、羽虫の音がやけにうるさく聞こえる。ふと横を見て見ると角狼の死体が転がっており、俺は賭けに勝ったのだと安堵の息をついた。
(……改めて思うと、よくあそこを飛ぶ覚悟をしたもんだな)
今いる位置から急斜面が見えたが、結構な高さと距離があった。もし人間だったら死は確実で、接触面積の少ない球体状の肉体に初めて感謝を覚えた。
(他の魔物に襲われる前に……っ、分かってはいたがかなりのダメージだな)
意識が戻ってきたからか体表のそこかしこが痛い。どうやらキメラが持つ自然治癒スキルでも半日そこらでは完治できないほどの大怪我だったようだ。
ここからどうするか悩み、無理してでも戦利品の角狼を食べることにした。
初の肉ということで期待していたが、毛がモサモサと鬱陶しかった。身体についた砂や石のジャリジャリ感から目を逸らし、濃厚な血の味だけを堪能していく。
半分ほど食べたところで角狼の肉体情報が身体に入ってきた感覚があった。
頭 角狼 所持スキル 無し 自動スキル スタミナ消費軽減(微)
まず黒い球体から角狼の頭だけを生やしてみた。出現位置は額付近となり、キメラの口は変わらず残った。何だか出来損ないのマスコットキャラみたいな見た目だ。
自動スキルのスタミナ消費軽減(微)はかなり使い勝手が良さそうだが、こちらは負傷中なので試せなかった。そこで俺は少し考え、全身を角狼に変身させてみた。
思惑通り角狼の肉体は綺麗な状態で使用でき、即時の移動が可能となった。どうやら肉体の損傷は別個にカウントされるらしく、新品は新品のまま使えるらしい。
(魔物と乱戦になった時とかに使えそうだな。悪くない)
とても有益な情報が手に入り喜ぶが、一つ気づいたことがあった。
それは『必ずどこかの部位にキメラを残さなければいけない』というものだ。角狼そのものにはなれず、利便性込みで頭だけはキメラのままとなった。
外見は犬的で頭部一箇所だけが球体状、率直にいってキモかった。
(名前は……、キメラウルフとかでいいか)
なにはともあれ俺は生き残った。今はそれだけを純粋に喜ぶことにした。
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