第3話『一人だけの狩り』

 その言葉で思い出したのは神の「状況理解が済むまで」という発言だ。

 こんな人気のない森で話し相手がいるというのは貴重で、光の玉がいなくなれば俺は本当に孤独となる。いずれは人間性すら失い、魔物そのものになる不安があった。

 せめてもう一日ぐらいはと思うが、そうなればより別れが辛いものになる。溢れそうになる思いを喉奥へと押し込め、平静を装って返事することにした。


『まぁ仕方ないわな。こうして魔物一匹倒すまで面倒見てくれただけ上等だ。あの川を拠点とすればしばらくは困らなそうだし、俺も何とかやってみる』

『……一応本当に危険な時は声を掛けてあげられる。ただそれも数回が限度だ』

『ちゃんと見守ってはくれるってことだろ? 世話にならないように頑張るぜ』


 どのみち別れの時は来る。それが少し早まっただけなのだ。

 互いに会話が止まり、静寂で木々のざわめきがよく聞こえた。最後に何か言うべきか悩んでいると、光の玉が『そろそろ行くね』と別れを口にした。


『おう、行ってこい。にしても大変だな、あんな傲慢野郎が上司で』

『あれでも結構優しい人なんだよ。まぁ自分勝手なのは否定しないけど』

『そっか、まぁ頑張れよ』

『うん、君も気をつけて』


 不思議と光の玉には親近感のようなものが湧いていた。次に会った時には今より強くなろうと決意し、自分から一歩分後ろへと下がった。光の玉は徐々に輝きを失っていき、あっという間にロウソクの光ほどになった。

 ふと名前を聞いてなかったと思うが、声を掛けたところで消え去った。

 何度か周囲を見回すが、目に映る光は頭上から差し込む木漏れ日ぐらいだ。


(…………本当に一人になったか。さすがの俺でも寂しく感じるな)


 しばらく光の玉との会話を思い出し、「危険な時は声を掛ける」という言葉を心に刻んだ。そして球体の身体に力を込め、空虚さを紛らわすように一回強く跳ねた。

(ウジウジしてもしょうがねぇ。今日の目標は魔物もう一匹捕食だ!)

 期待も不安も胸の内に詰め込み、俺はまっすぐ歩み……弾み始めたのだった。


 一時間ほど移動していると森が開け、雑草が生え放題な広場に出た。

 真昼の太陽光が心地よく、森の中と違って風もジメッとしていない。俺は付着した泥を丁寧なローリングで落とし、手ごろな岩に跳んで日光浴した。


(……さて、これからどうしたもんかな)


 次の獲物を狩るという目標は継続中だが、自分のステータスは貧弱そのものだ。あのキノコ魔物のように弱く、群れていない相手を狙うのが一番理に適っている。

 なら初めは待ち伏せに徹し、弱そうな魔物が来たら襲い掛かろうと考えた。

 早速岩場から降りて背の高い草に身を隠し、何か来ないかと目を見張らせた。すると近くの木にいたある生き物に意識が向いた。


(…………カブトムシみたいな奴がいるな。色は赤だけど、魔物っぽくはない)


 カブトムシは木の中腹に張り付き樹液をすすっている。前世で虫を食べたことなど一度もないが、妙に食欲が湧いた。キメラの食欲は旺盛なようだ。

 本当に魔物以外は取り込めないのか調べるため、あのカブトムシを捕食すると決めた。ただちに標的の真下に移動し、位置を調整する。そこから身体を弾ませ跳躍した。


(――――よしっ! 捉えた!)


 真下から迫ってくる俺に気づきカブトムシは飛ぶが、その反応は一瞬遅れだ。狙い通り歯で甲殻に噛みつき、落下する前に口の中へとしまい込んだ。

 固い甲殻はエビの尻尾をさらに固くした感じで、味はなく単純に食べづらい。虫の肉ともいうべき部位からは多少うま味を感じたが、それ込みでも美味とは言えない。

 総評は『悪い寄りのまぁまぁ』といったところだ。

 緊急時の食料としては使えそうと評価し、心の中でごちそうさまをした。


(……にしても全力の跳躍は二メートルちょいか、思ったより跳べるな)


 平地でのローリング移動と、岩場のような荒地での跳躍、この二つを併用すれば危険な魔物からも逃げられそうだ。高所からの奇襲など作戦の幅も広がる。

 取り込めたかも試してみるが、光の玉が言った通り魔物以外はダメだった。


(魔物は全部魔物っぽい見た目をしてるのか? それなら楽なんだが)


 もし動物だと決めつけレアな魔物を見逃したらショックだ。どうやって見極めるべきかと頭を捻っていると、広場の一角でとあるモノを見つけた。

 そこにいたのはブヨブヨした青い粘性の何かだった。見た目はゲームでお馴染みの『スライム』に似ていて、幸運にも一体しか姿が見えない。

 観察を続けても他の仲間は現れず、ただちに捕食すると決めた。

 なるべく目立たぬようコロコロ草地を転がり、スライムへと距離を詰めていく。目が見えていないのか近づいても反応はなく、三メートルほどまで接近できた。

 俺は深呼吸をし、身体に力を込め、スライムの真上へと跳躍した。


(――――くらえ! キメラ式、ダイブアタックゥゥ!!)


 直撃の瞬間にスライムは反応するが、先に俺の口が粘性の身体を丸呑みした。そのままゴクゴクと喉に流し込み、あっという間に粘液を残さず平らげ勝利した。

 感想は『不味い』の一言で、ひたすらムニュムニュ感が気色悪かった。味もとにかく苦く酸っぱく、後味でウッと吐き気がこみ上げる。二度と食べぬと決めた。

 ふと頭にスライムの姿が浮かび、キノコ魔物と同じようにステータスを確認してみた。


右腕 スライム 自動スキル 物理ダメージ軽減(微) 所持スキル 消化酸(微)


 試しに右腕をスライムにしてみると、球体の右側面からニュルッと粘液が出てきた。所持スキルの消化酸(微)を使ってみると、近くの草がゆっくりと溶けた。

 粘液を通してか味が伝わるが、ただ青臭いだけだ。スキル発動を止めて自分の身体から漏れた粘液を見つめ、そこに映る反射を見て一つの事実に気が付いた。


(あれ、俺ってもしかして縮んでる?)


 後頭部にキノコを生やしたままなので、今はキメラの素体込みで魔物を三つ使用していることになる。そのせいかサイズはバスケットボールサイズまで小さくなっていた。

 元の姿を念じてキノコとスライムを消すと、サイズ感が一回り大きくなった。もし全部位に魔物を装備した場合はどれほど小さくなるのだろうかと気になった。

 性能考察ついでにスライムを頭と右腕と左腕から生やし、全身を粘液で包み込む。さっき同じく核となる球体部は小さくなり、粘液の中心に留まるように浮いた。


(名づけるなら『キメラスライム』、移動力を捨てて防御に振った形態って感じだ)


 若干視認性が悪くなるものの、温い液体に使っているような心地良さがある。ある程度なら粘液を動かせるため、しゃくとり虫のように移動することも可能だった。

 ステータスは防御がGからFになり、敏捷のGにマイナスがついた。総合的には微増といったところで、未だ強い魔物への道は遠そうである。

 他にも何かできないかと思っていると、突然背後から唸り声が聞こえた。

 いつからそこにいたのか、周囲には角を生やした狼が複数いた。すべての個体が俺を標的と定め、退路を断つように移動し、歯を剥き出しにして威嚇している。


(……二に三に、五頭っ!? や、やっべぇ!!)


 勝算は皆無、この異世界に来て最初に起きたピンチだった。

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