第7話『落ちこぼれの少女』※リーフェ視点

「――――あなたを待っていた」


 その言葉で『私』は『リーフェ』となり、八年間過ごした孤児院を出た。身元引受人となった人は有名な魔術学園の理事長で、緑色の髪が綺麗な女性だった。

 理事長は長寿種族『エルフ』の生き残りで、年は数百歳になると教えてくれた。各国の魔法戦争の歴史や壮大な冒険譚など、語られる内容すべてがキラキラしていた。


「すうひゃくんねん! エルフってすごいね!」

「…………えぇ、凄いの。たくさんの人と出会うことができるもの」

 そう応えた理事長の顔は寂しく見えた。けれどこの時の私は意味がよく分からなかった。


「えっと、えっとね。りじちょさんはどうして私をえらんだの?」

「あなたを待っていたの。伝説の歌魔法を使えるあなたを、ずっと昔から」

「……まほう? まじゅつは知ってるけど、まほうってなに?」

「皆が忘れてしまった力、あなたはそれを使えるの」


 キョトンとする私の頭を理事長は撫でた。目には確固たる自信が感じられた。

 その後はお城のような造りの魔術学園に住み、食事の作法や生活のマナーを必死に勉強させられた。孤児院の狭い世界とは何もかも違く、日々は驚きの連続だった。

 理事長はあまり多くを語らなかったが、私は彼女を母のように尊敬した。

 期待に応えるためにも歌魔法を使いこなそうと決め、影で表でと努力に励んだ。空き時間には図書館に入り浸り、ささいな知識でも貪欲に蓄えていった。


 そんな中で気になったのは『魔法』と『魔術』の関係性だ。

 どうやら魔法は数百年前まで世界中で使用されていたそうだ。特定の詠唱を紡ぎ、魔法陣を描き、まるで奇跡のような力を具現化することができる。

 吐息一つで湖を凍らせたり、手から火を出して森を焼き尽くしたりと、どれも現代の魔術では不可能ことばかり、思わずページをめくる手に力が入った。


「魔法に比べれば魔術なんて、本当に地味なことしかできないよね」


 呟きと共にローブの懐から橙色の石……魔力が詰まった魔石を取り出した。

 頭の中で暴風を思い浮かべると、魔石の真上に小さなつむじ風が起きた。次に巨大な炎を思い浮かべると、拳より小さな火の玉がポンと出現した。

 今やっているのは魔術だが、到底魔法の派手さには及ばない。

 というのも現代人には魔力がほぼ備わっておらず、自分の力だけでは何もできないのだ。長い年月をかけて魔力を蓄えた魔石を触媒にしなければ、そよ風一つ発生させられない。それが魔術の情けない実態だった。


「でも私は歌魔法が使える。理事長が言うんだもの、間違いないよ」


 しかし現実は甘くなかった。二年が経ち十歳になっても歌魔法は使えなかった。

 そうして一日一日を越えていく中で、私は魔術学園へと通うこととなった。

 精いっぱい勉強したので授業にはついていけたが、魔術の方が問題だった。学園に来るような生徒は人並み以上に魔力を有した者がほとんどで、私は無力だった。

 ボール大の火球を発射する生徒の横で小石のような火を出して笑われ、水槽に溜まった水の流れを変える授業で変化を出せず、落ちこぼれとして扱われた。


「理事長、私はこのまま学園にいていいんでしょうか?」

「何も気にすることはないわ。あなたは歌魔法が使えるんだもの」


 繰り返される言葉は理事長の優しさだと捉えた。まだ私に期待してくれるのだと、ならばどんな仕打ちを受けても耐えられるのだと心を奮い立たせた。

 そんな中、十二歳となった私に大きな試練が立ちふさがった。

 魔術学園に通う者は使い魔となる魔物を召喚せねばならず、その儀式を執り行うのが十二歳の時だったのだ。誰よりも優秀な使い魔を呼び出し、評価を変えようと奮起した。


 だけど私の願いは届かず、使い魔は現れなかった。

 あの時の理事長が見せた落胆が、いつまで経っても頭から離れてくれない。

 落ち込み帰路につく中で、何者かに声を掛けられた。振り向くと同時に口を塞がれ、必死に抵抗するが意識が朦朧とし、眠ってしまった。

 次に目を覚ました時、私は火の海の中で独りぼっちだった。




 …………気だるさを感じて目を覚ますと、モフッとした感触が全身に伝わってきた。顔を上げた先には私を助けてくれた魔物がいて、まだ穏やかな寝息を立てている。

 身体を起こして全身を観察するが、どんな魔物か分からない。狼のような四肢を持ち、背中からスライムを垂らし、ツタで物を自在に動かす。図鑑にも載ってなかった。

 古い本に『複数の魔物を取り込み成長する魔物』の記述があったが、伝説上の生き物的な扱いだった。もしやこの子がそうなのだろうかと眺めながら考えた。


「話に聞かないってことは、絶滅寸前だったりするのかな」

 寂しさを感じて頬を寄せると、向こうも起きて頬を当て返してくれた。

「おはよう、魔物さん。良い朝だね」


 昨日まで降っていた雨は止んでおり、洞窟の先からは朝日が差し込んでいる。一度外に出たいと思うが、ちっぽけな私では数分で他の魔物餌になるだけだ。

 せめてこの腕だけでもと思い、「あれ」と声が漏れる。

 予想外の連続で気づくのが遅れたが、腕には添え木と包帯代わりのツタが巻いてある。これまで不可解な行動はたくさんあったが、それらを越えて腕の処置は不可解だ。

 もしや魔物さんには人の知識や心があるのではないか、そう思った。もし魔物さんが他の生物を取り込めるなら、人を食べてその知識を得ることも可能かもしれない。


(確か魔物を取り込む魔物の記述には、人の姿に化ける話があったっけ)


 伝説扱いなので信憑性は薄いが、あり得ないというほど可能性は低くない。その点を加味して魔物さんを見るが、怖さは欠片もなかった。


「だってこんなに優しくしてくれるんだもん、良い子に決まってるよ」

「ギウ?」


 安心と納得が同時に来たせいかお腹がクゥと鳴った。

 魔物さんは空腹を理解して立ち上がり、洞窟の奥に行ってとあるモノをくわえてきた。それはキノコ型の魔物で、私の朝食として用意してくれたようだった。


「……これ、魔物だよね。……くれるの?」

「ギギウ」


 肯定の首振りが行われるが、正直困ってしまった。

 一般的に魔物を食べることは禁忌とされており、闇市場などで食べた者が狂い出す事例が年に数回あった。どうしてそうなるのか詳細は不明だが、危険なことに変わりはない。

 申し訳ないので断ると、魔物さんは少しシュンとした。

 キノコ魔物を戻しにいく後姿が寂しく見え、端っこだけもらうことにした。食べる前に魔術の火であぶってみると、食欲をそそる良い香りがした。


「ダメそうだったらやめるつもりだったのに、ちょっと美味しそう……」


 懸念点なのはこれがキノコということだ。いくらまともそうな見た目でも食中毒の危険がつきもので、拾った物は絶対に食うなと授業でも教わった。

 何度か口に近づけ離しを繰り返し、勇気を出して一口だけかじった。するとフワッと心地よい香ばしさが口全体に広がり、ジュワッと出汁の利いたエキスが飛び出してきた。

 文句なしに美味しく、受け取った分をあっという間に食べてしまった。

 幸いにも毒で苦しむことはなく、むしろ調子の良さを感じて食事を終了した。


「魔物さん、ごちそうさま。すっごく美味しかったよ」


 素直な感想を伝えると嬉しそうな反応を見せてくれた。これからは魔物さんを人として接すると決め、同時にあることで頭を悩ませた。


(…………魔物さんじゃなくて、ちゃんと名前で呼んであげたいな)


 パッと候補が浮かぶが、気に入ってくれるかは分からない。

 魔物さんが喜ぶ名前を考え、もっと絆を深めていこうと決めた。

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