第24話 ハードリクト・マカロン領主
『マカロンの守護者、ハードリクト・マカロン領主……。ここに来て大物の登場だぁぁぁぁ!』
うさぎのような白い髪に白い肌、血のように紅い瞳。細く引き締まった体躯の壮年の男性。
実況が声を上げる姿を見て、城塞都市マカロンの領主、ハードリクト・マカロンは軽く手を上げる。
「驚かせてしまったかな?」
ハードリクトに話しかけられた孤児院の子どもたちは、目の前にいる人物が領主であるという事実に驚き、目を丸くさせる。
「い、いえ、どうぞ……!」
領主の登場に驚きながらも、焼きバナナを葉で包み渡すと、ハードリクトは興味深そうにそれを受け取る。
「ああ、ありがとう。ふむ、これがバナナか……。焼いた果実を食べるのは初めてだな」
ハードリクトは、焼けて黒くなったバナナにトッピングとして用意されていた蜂蜜ときな粉をたっぷりかけ口に運ぶ。
バナナから漂う甘い香り。
焼けて黒くなったバナナの外見からは想像できないほど白い果肉を見て、ハードリクトはバナナを頬張り、頬を緩ませる。
「……ふむ」
テールスが創造したバナナは、皮に多くの油分が含まれており、適切に調理することでチップスのような食感となる。
バナナの優しい甘さ。皮の香ばしくパリパリとした食感。
トッピングとして付け加えた蜂蜜ときな粉が一体となり、なんともいえない複雑な味わいがハードリクトの口の中に広がる。
「これは美味い……。皮は香ばしく、焼いたことにより甘味が増している。トッピングとして付けた粉とタレもなんと実に味わい深いことか……。これほどのものが品評会に出品されなかったとはな。実に悔やまれる」
焼きバナナを完食したハードリクトは、ヒナタに視線を移すと、拍手しながら褒め称える。
「なにはともあれ、優勝おめでとう。城塞都市マカロンの領主、ハードリクト・マカロンが君の健闘を称えよう。本来であれば、大々的に優勝を祝ってやりたい所だが、今は状況が悪い。すまないが、表彰は後回しにさせてくれ」
テールスに貸していた体が戻ってきたヒナタはマカロンの領主であるハードリクトを前に、緊張で汗を滲ませる。
「は、はい! も、もちろんです!」
ゴブリンの軍勢が迫ってきている以上、悠長にそんなことはやっていられない。
ハードリクトの願いに、即座に反応すると、ヒナタは申し訳なさそうな表情を浮かべ呟くように言う。
「……でも、一つだけ。闘儀で優勝すれば、賞金として金一封が貰えるとお聞きしました。それを、シスター、エナとナーヴァの借金に充てて頂けないでしょうか。今日の正午までにゴールドメッキ商会への支払いを終えないと2人は奴隷になってしまうんです」
エナとナーヴァはゴールドメッキ商会に借金を背負わされている。
モーリーは約束通りエナとナーヴァを保護してくれたようだが、教会が両名の借金の肩代わりしてくれたかはわからない。
借金返済の期日は本日正午。
返済期限まで一刻の猶予もない。
頭を下げそうお願いするとハードリクトは、「ふっ」と笑みを浮かべる。
「わかった。君の言う通り手配しておこう。さて、ここからは、私の個人的なお願いになるのだが、聞いてもらえないだろうか?」
「お願い……ですか?」
なんだかもの凄く嫌な予感がする。
しかし、目の前にいるのは城塞都市マカロンの領主。つまりは最高権力者だ。
ましてやヒナタは小心者。
断ることなどできるはずがない。
嫌だな、嫌だなと思いながら耳を傾けると、ハードリクトは真面目な表情を浮かべる。
「ああ、そうだ。君も知っての通り、今、マカロンにゴブリンの群勢が押し寄せている。正直、私のスキルだけでは手が足りん。冒険者ギルドにも応援を要請したがどこまで集まるものか……」
品評会には、数多くの上流階級が姿を現す。
そのため、冒険者にとって稼ぎ時。
警護に付いている冒険者も多い。
低ランクの冒険者であればともかく、高ランクの冒険者の加勢は見込めないだろう。加えて、兵士たちは城壁を破壊したハーフゴブリンの捕縛に駆り出されている。
だからなのかハードリクトも言葉に自然と力が籠る。
「あの、ハーフゴブリンを倒した時の手腕は素晴らしかった。無理にとは言わないが、その手腕をゴブリン討伐に発揮してくれないだろうか?」
今、マカロンは都市滅亡の危機にある。
1週間前のヒナタであれば、きっと誰かが解決してくれると人任せにし、立ち上がることさえしなかっただろう。
「はい。自分にできる範囲であれば……」
だからこそ、自分の口からそんな言葉が出てきたことに対して少し驚いた。
「ありがとう。マカロンは良い臣民に恵まれているようだ。それで報酬についてだが……」
ズドォォォォン!
これから報酬の話をしようとした時、大きな爆音が響く。
「『……事は一刻を争うようですね。報酬については、あなたに対する貸し1つでどうでしょうか?』」
突如として降りてきたテールスに、ヒナタは心の中で唖然とした表情を浮かべる。
ハードリクトもヒナタの口調が激変したことに驚いているようだ。
「私に対する貸し1つか?」
戸惑いながら呟くハードリクト。
そんなハードリクトを見て、テールスは微笑を浮かべる。
「『ええ、その条件であれば、先ほどの提案を受け入れましょう。それに、ここまで大規模に侵攻されては復興に多額の金銭が発生します。私へ拠出する報酬が微々たるものだとしても、復興に回す金銭は少しでも多い方がいいのではありませんか?』」
領主を前にしたテールスの不遜な物言い。
通常であれば、決して許されるようなものではない。
(――り、領主様になんてことを……!?)
テールスの発した言葉を受け、ヒナタは心の中で口から泡を噴き出しそうになる。
一方、ヒナタに不遜な発言をされたハードリクトはと言うと……。
「私に対する貸し1つか……。面白い。いいだろう……。いや、ぜひ、そうさせてくれ」
そうヒナタのことを眺めながら言った。
(――これは、ヒナタの実力を正確に測る良い機会だ。正直、冒険者ギルドでG判定……。冒険者不適格と判定された彼がなぜ優勝できたのか気になっていた……)
ヒナタは一度、冒険者ギルドにおいてGランク判定……。つまり、冒険者不適格の烙印を押されている。そして、その判断は大体において正しい。
当然のことながら食べ物を創造するただそれだけのスキルは戦いに向かない。
ただし、食べ物を創造する場所を厭わないのであれば話は別だ。
例えば、人間の重要な臓器に食べ物を直接創造されれば、人は容易く死んでしまう。当然それは、ゴブリンにも当てはまる。
(――もし私の考え通り、彼のスキルが、食べ物をどこにでも創造できるスキルであれば、危険性もさることながら、その有用性は計り知れない。ふふふっ、とんでもないスキルホルダーがいたものだ……)
内心でそんなことを思いほくそ笑むハードリクト。
そんなハードリクトの内心を見透かしながらテールスも笑みを浮かべる。
「『契約成立ですね。では、私はこれからゴブリンの討伐に向かいます。領主様は、私に内と外のどちらの対処を望みますか?』」
「うん? そうだな……」
ハードリクトは、城塞都市マカロンの侵攻状況をその目に浮かべながら言う。
「……内側だ。君がお世話になっていた教会の中からゴブリンが出てくるのが視える。教会にはモーリーが向かっているようだが、間に合わなかったようだな」
ハードリクトの目には、教会から続々と出てくるゴブリンを封じようとするモーリーと、それを妨害しようと動く教会の元神父、ゲスノーの姿が見える。
事前に避難を促していたため、民衆の犠牲はまだ出ていないようだが、ゴブリンの侵攻具合を考えるとそれも時間の問題だ。
「『教会ですか……。わかりました。私はそちらに向かいましょう。外に関してですが……』」
「そちらについては、私が向かおう。だが、その前に……」
ハードリクトは領主にして、この都市最強のスキルの持ち主。
豪快な笑みを浮かべると、地盤が大きく揺れ始める。
城塞都市マカロンは、領主であるハードリクトのスキルの一部。
城壁を含む都市そのものが、ハードリクトのスキルにより作られたもの。
ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!
たった一動作……。
地盤に根付いた城塞都市を動かすだけで局所的に大地震を起こすことができる。
「ふむ……。これでこれ以上、ゴブリンが入り込むことはできぬだろう」
人為的に引き起こした地震により教会の地下にある洞窟が崩落したことをその目で視て確認すると、ハードリクトはゴブリンの群勢押し寄せる城壁に向かって歩き出す。
「愚息に言っておいてくれ。劣勢のようだったので手を貸した。文句は私より強くなってから言うようにとな……」
「『ええ、わかりました……』」
突然、地面が揺れ動いたにも関わらず、悲鳴の一つも上げないマカロンの民を見て、テールスは驚いた表情を浮かべる。
「「わぁあああああああああっ‼︎」」
民衆にとってこれは一種の娯楽なのかもしれない。そう感じてしまう程の歓声が闘儀場内に響き渡る。
「『神の一柱として、これは負けていられませんね……』」
割れんばかりの喝采を見て、テールスは思わず呟く。
神は基本的に見栄っ張りなのだ。
闘儀場の少し陥没した地面の下から這い出る手。
崩落から逃れたゴブリンが地面から出てくるのを察知したテールスは、オリーブオイルの塊を宙に浮かべると、這い出ようとするゴブリンに落とし、持っていた棍棒で摩擦を引き起こしてオリーブオイルに火を着ける。
囂々と燃える火。
ギャアアアアアアアアアッ⁉︎
「ほお……。地中に潜むゴブリンに気付くとは、中々やりよる」
ゴブリンの上げる断末魔の叫びを聞き、飄々とした表情を浮かべるハードリクト。
どうやらハードリクトは教会に繋がる地下洞窟からゴブリンが這い出てくることを察知していたようだ。
「これなら安心して任せることができそうだ。愚息のことを頼んだぞ」
そう言うと、ハードリクトはヒナタに視線を向けほくそ笑んだ。
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