第23話 始まり

 キンメッキを捕らえ、シスターを保護してすぐ、異変を察知したモーリーは渋面を浮かべる。


「――くっ! 遅かったかっ‼︎」


 轟音が響き慌てて窓際に駆け寄ると、城壁が崩れ落ちる様が見て取れた。

 モーリーはその光景を見て拳を握る。


(――軍務卿のマスが首謀者であることは、第六感スキルによってわかっていたが、まさかここにきて計画を早めるとは……!)


 モーリーのスキルも万能ではない。

 未来を変えようとすると、必ずどこかで齟齬が出る。

 城壁の向こう側に見える緑色の群勢。

 あれは、まず間違いなくゴブリンだ。


「シスターを医務室に運べ! 残りの兵士はハーフゴブリンを捕縛。抵抗するようであれば、排除しても構わん! 冒険者ギルドにも救援を依頼しろっ!」


 事態は一刻を争う。

 第六感スキルで見た光景では、教会の地下からもゴブリンが湧き出てくるのが見て取れた。


(――時間がない上、マスによる妨害工作もあり、教会近くに兵士の手配はできなかった。教会近くに住む住民と孤児たちは、闘儀祭に招待するという形で避難させたが、現地には、私が赴く他ないか……!)


 城塞都市マカロンは今、マスの企みにより城壁を失ったばかり、外から襲撃してくるゴブリンを迎撃するにはあまりに人手が足りない。


「この者はいかが致しましょうか?」


 兵士がモーリーに問いかけると、キンメッキは慌てた表情を浮かべる。


「ワ、ワシはゴールドメッキ商会の会頭だぞ。このワシを捕らえてどうする気だ!」

「(――この男には聞きたいことが山ほどある。しかし、今は……)牢に繋いでおけ。わかっていると思うが、決して逃がすなよ。自害させることも許さん」

「――はっ! さあ、こっちへ来い!」

「い、嫌だっ!? 嫌だぁぁぁぁ!!」


 兵士が手錠を嵌めたキンメッキを牢に連れて行くのを見届けると、モーリーはコリーに顔を向ける。


「俺は先に行く。と、その前に……。コリー、マイクを……」

「ええ、彼女たちを保護したと、ヒナタ君に伝えて上げてください」


 モーリーはマイクを受け取ると、観客に聞こえるように言う。


『私は城塞都市マカロン領主の息子、モーリー・マカロンだ。単刀直入に言おう。今、マカロンはゴブリンの侵攻を受けている』


 領主の息子であるモーリーの言葉を受け、観客たちは静まり返る。


『幸いなことに、この城の城壁は無事だ。ゴブリンの対応は兵士と冒険者に任せ、皆には城の外には出ずにいてほしい。話は以上だ。それと、ヒナタ君……。望みは叶えた。後は好きにするといい』


 必要最低限のことを告げると、モーリーは返事も聞かず走り出す。


「マカロンを滅ぼされてたまるものか。必ず救うぞ!」

「はい。後のことは私にお任せください」


 教会に向かうモーリーの背中から視線を移すと、コリーは首を傾げながら呟く。


「しかし、流石というかなんと言ったらいいのか……」


 コリーの前には、バナナの皮で足を滑らせ気絶したキンメッキの部下の姿がある。ご丁寧にも、その口元には大量のバナナが詰め込まれていた。


「彼の力はこんな所にまで及ぶのですね。モーリーも面白い人物に目を付けたものです。……いや、今はそんなことを言っている場合ではないですね」


 コリーは、エナとナーヴァに視線を向けると、「眠っている今の内に消してしまいましょう。悲しい記憶も痛い思いも……」と、呟き、ただ一言、「刻盤タイムレコード」と呟いた。

 すると、コリーの前に2つの時計が現れる。

 コリーのスキルは指定した対象の時を操るスキル。

 戻すも進めるもコリー次第。

 時を戻せば、その間の記憶や体の変調すべてが針を戻した時間に巻き戻る。


「1日といった所でしょうか?」


 エナとナーヴァがゲスノーにより攫われたのは昨日。

 エナとナーヴァが攫われた時間を推測すると、コリーは2人の時の針を巻き戻していく。

 そして、時の針を止め「時間回復」と呟くと、エナとナーヴァの時間が巻き戻る。


「……相当、苦労されているようですね」


 1日前に巻き戻したエナとナーヴァからは相応の苦労が感じ取れた。

 時間を巻き戻したことで、キンメッキから受けた心傷や外傷はキャンセルされたが、それまでに受けた心労まではキャンセルされることはない。


「あなた方が普段睡眠を取っているであろう時間まで時を戻しました。すべてが終わるその時まで今はただゆっくり眠りなさい……。さて、試合も終盤……」


 窓から外を眺めると、バナナの皮で溢れかえった闘儀場が見える。


 ――オオオオオオオオオッ!


『ここまで一方的な試合があっていいのでしょうか!? リンリン選手、ヒナタ選手に手も足も出ない様子です!!』


 城塞都市マカロン存亡の危機にあってなお、観客たちは観客席から一歩たりとも離れない。

 それもそのはず、マカロンに住む人々は皆、マカロン領主一族のことを心の底から信頼している。

 ゴブリン戦線の最前線で、数十年戦ってこれたのはすべてマカロン領主一族あってのこと。

 そして、ハーフゴブリンによって破壊された壁の修復も領主のスキルにより既に始まっている。


「マカロンの領主、ハードリクト・マカロン様も彼の試合に興味深々のようですね」


 ハードリクト・マカロン。

 城塞都市マカロンの領主にして、彼がいる所に要塞ありと謳われたマカロンの守護者。

 そのマカロンの守護者もヒナタに興味津々といった表情を浮かべ試合観戦に興じている。


「『――さて、人質が解放された今、負けて差し上げる必要性はなくなりました。覚悟はよろしいですね?』」


 テールスの言葉を聞き、リンリンは後退る。


「――な、なんなんだ。なんなんだよ、お前ェェェェ!」


 バナナを踏み付け滑り転ぶリンリンを見て、テールスは微笑を浮かべる。


「『私ですか? 私はテールス。大地創造の神にしてあなたを滅する者です。終わりにしましょう。月を模す神の果実……』」


 片手を上げそう告げると、リンリンの周囲に無数のバナナの房が現れる。


「な、なんだ……。これは……」


 明らかに危険そうな物体の出現にリンリンは思わず、目を剥く。


「『――おや? 散々、転倒させられたのにもうお忘れですか? これは、バナナと呼ばれる月を模した神の果実……。誇りに思いなさい。これほど多くの神の果実をその身に受け死にゆくことを……』」

「ちょ、待っーー⁉︎」


 リンリンが「待て」と叫んだ瞬間、大量のバナナがその身に降り注ぐ。


 ドカドカドカドカドカドカドカドカッ!(リンリンにバナナがぶつかる音)


「あ、がっ⁉︎ だ、や、やめ……‼︎」


 ドカドカドカドカドカドカドカドカッ!(リンリンにバナナがぶつかる音)

 ドカドカドカドカドカドカドカドカッ‼︎(リンリンにバナナがぶつかる音)


「や、やべ……。やべ……で……ガクッ」


 無慈悲にリンリンへと降り注ぐバナナの房。

 その圧倒的質量にゴブリンの体がなす術もなく押し潰されていく。

 やっていることはただの物理攻撃。

 しかし、効果は抜群だ。

 辛うじて外に出ていたリンリンの手が地に着いたのを確認すると、テールスは高々と手を挙げる。


『決勝戦、勝者……。ヒナタ、クルルギィィィィ!』


 ワアアアアアアアッ!(観客席からの歓声)


 ゴブリンが攻め入ってきたことも一因となり、闘儀場の空気はヒナタの勝利に湧いている。


『しかし、バナナで攻撃をするとは考えもしませんでしたね』

『ええ、まったくの予想外。正直に申し上げますと、冒険者不適格の烙印を押され、商人となったヒナタ選手が優勝するとは思いもしませんでした』

『私もです。さて、優勝したヒナタ選手にインタビューを……うん? ヒナタ選手、積み上がったバナナの山の中からハーフゴブリンであるリンリン選手の救出作業を行っております。なんと素晴らしいスポーツマンシップ!』


 バナナの山からリンリンを発掘すると、テールスはその手を掴み思い切り放り投げた。


『おおーっと、なんと言うことでしょうか。ヒナタ選手、死に体のリンリン選手をあろうことか場外にぶん投げたぁぁぁぁ! スポーツマンシップの欠片もありません。先ほどの言葉は慎んで訂正させて頂きます!』


『ドシャ』という音と共に場外に背中から着地するリンリン。

 余程、バナナの打ち所が悪かったのだろう。気絶したまま動かない。


『それはそうと、ヒナタ選手、リンリン選手を退けて一体なにを……』


 そう実況が呟くと、テールスはリンリンの持っていた金属製棘付き棍棒を手に取り、地面に向かって勢いよくスイングした。

 金属製の棘付き棍棒が地面を擦る際、発生した摩擦熱により火花が発生し、発生した火花は闘儀場にバラまかれたテールス特製の油分たっぷりのバナナに引火し、闘儀場全体が炎上する。


『――おーっと!! ヒナタ選手、まさかまさかのイグニッションッ! 闘儀場が火の海となり、リンリン選手をボコボコにしたバナナを焼いていく!』


 火が油分たっぷりのバナナを焼き尽くし、延焼が収まる頃を見計らうと、テールスは観客席に視線を移し、呟くように言う。


「『そろそろでしょうか……。皆さん、手伝ってください』」


 テールスがそう呟くと、観客席の手前にいた子どもたちがこちらに向かってやってくる。


『おーっと、一体、どういうことでしょうか? 観客席を越え子どもたちがヒナタ選手の下に……。えー、ただいま入ってきた情報によると、あの子どもたちはヒナタ選手がお世話になっている教会の孤児院に住む子どもたちで、一週間ほど前にあの大人気屋台、マジカルバナナで働いていた……。マ、マジカルバナナァァァァ!? なんと、驚きの事実が判明しましたっ! ヒナタ選手は、すい星のように突然現れ瞬く間に消えた幻の屋台、マジカルバナナのオーナーであることが発覚しましたぁぁぁぁ!? と、いうことは?』


 実況が闘儀場に目を向けると、視線の先で皮が真っ黒になったバナナを葉っぱに包み、観客たちに配る子どもたちの姿が目に映る。


「甘くて美味しい焼きバナナですよぉー!」

「お熱くなっておりますので、気を付けてお食べください!」


『な、なななな、なんと! 幻の屋台、マジカルバナナ臨時開店です! これは羨ましい。私も実況という立場でなければ、今すぐ焼きバナナを受け取りに並んでいた所です! 実況のエルメさんもそう思いますよね?』

『ええ、甘くて美味くてもう一房欲しい所です』


 隣に視線を向けると、実況のエルメが焼きバナナを頬張る姿が見える。


『……おい。テメー、なにバナナ頬張っていやがる。行ったのか? まさか、お前、バナナを受け取りに闘儀場に行ったのか?』


 一瞬即発。焼きバナナ一本で実況同士の喧嘩が勃発しそうになったまさにその時、観客席が騒めき、声が聞こえてくる。


「焼きバナナを一つ貰えないだろうか?」


 観客たちの騒めき声に飲まれることのないよく通る覇者の声。

 その声を聞いた実況たちは共に目を合わせ、唖然とした表情を浮かべてマイクを握った。

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