第25話 モーリー・マカロンの実力
地下洞窟からゴブリンの群勢が這い出てくることを察知したモーリーが教会に向かうと、教会の扉や窓から多くのゴブリンが出てくるのが見える。
(――くっ、遅かったか……!)
周辺住民の避難は対処済み。
とはいえ、建物に対する被害は甚大だ。
事実。既に多くの建物にゴブリンが侵入し、破壊工作を行なっている。
唯一の幸いはゴブリンがまだこの区画に留まっていること。
(ゴブリンはここで食い止める……!)
モーリーは腰に掛けた鞘から剣を抜くと、ゴブリンに向かって構える。
モーリーの持つスキルは『真実の眼』そして『第六感』の2つ。
どちらも通常時は戦いに向かないスキルだ。
しかし、未来を左右する重大な局面に対しては話が別。
『――ゲギャ⁉︎』
モーリーが背後に向かって剣を振るうと、剣先がゴブリンの頭に突き刺さる。
「背後からであれば、俺を倒せるとでも思ったか? 舐められたものだな……」
背後から強襲をかけようとしていたゴブリンの頭をそのまま切り捨てると、モーリーは教会に向かって一気に駆ける。
モーリーの持つ『第六感』は、未来を左右する重大な局面に対しては、『極近未来を視るスキル』に変化する。
相手の動きを予見することが重要となる白兵戦において、モーリーは常勝無敗。
『ゲッ⁉︎』『ギャッ‼︎』『グギャアアアアッ‼︎』(ゴブリンの断末魔の叫び)
最小限の動きで教会から出てくるゴブリンを仕留めていると、数十体を仕留めた所でモーリーの目に不可思議な光景が写る。
(なんだ……?)
第六感を使いこなすモーリーだからこそ感じ取れた違和感。
違和感を感じたモーリーがその場から飛び退くと、空間が歪み地面が爪状に抉り取られる。
「……っ! これは⁉︎」
モーリーの極近未来を視るスキル『第六感』の力をもってしても視ることのできない不可視の攻撃。
そんな不可視の攻撃を目の当たりにしたモーリーは目を細め、警戒心を露わにする。
「――おや? 外してしまいましたか……。流石はハードリクトの息子といった所ですかね……」
頭上から聞こえる男の声。
声の方向に視線を向けると、そこには本を持つ黒いキャソックを着た男の姿があった。
「……ゴブリンが教会から出ていくスピードが遅くなったと思えば、まったく、困った人ですよ」
「お前は……」
男の名は、ゲスノー。元神父で教会併設の孤児院に集まった子どもたちを人身売買した罪により受刑中であるはずの男。
ゲスノーの登場にモーリーは警戒心を露わにする。
「――おっと、そんな怖い顔をしないでください。私はあなたと敵対したい訳ではありません。スキルの相性を鑑みれば、どちらが有利か誰が見ても明らかです。聡明なあなたならわかるでしょう?」
ゲスノーのスキルは、霊媒。あの世とこの世を繋ぎ霊を降ろすことのできるスキル。このスキルには、物以外にも霊を降ろす力がある。当然、霊による不可視の攻撃も可能。
白兵戦を主とし、極近未来を視るモーリーとはすこぶる相性が悪い。
「……やって見なければわからないさ。意外と簡単にお前のことを無力化することができるかも知れないぜ?」
モーリーの煽り言葉を聞き、ゲスノーはヤレヤレと首を横に振る。
「強がりを……。私にはやらなければならないことがあるのでね。あなたに構っていられるほど暇ではないのですよ」
「……やらなければならないこと?」
そう尋ねると、ゲスノーは目を細める。
「ええ……。何者かは知りませんが、私の部屋から勝手に2人を連れだした不届者がいるようでしてね。この後、私はエナとナーヴァを取り返しに行かねばなりません」
エナとナーヴァの2人を救出されたことに対し、静かに怒るゲスノー。
そんなゲスノーにモーリーは剣を向ける。
「折角、救出したんだ。させる訳がないだろ」
「そうですか、あなたが……。見逃して上げよう思っていたのに残念です」
ゲスノーの眼光から怪しい光が帯びる。
その瞬間、その場から飛び退くと、モーリーがいた場所に鋭い爪撃が走る。
「おっと……。効かないな!」
モーリーの目には、極近未来が視えている。
攻撃される際に発せられる空間の揺らぎ。
注意して見れば、避けることは造作もない。
霊からの攻撃を避けるモーリーの姿を見て、ゲスノーは少し感心した表情を浮かべる。
「中々、やりますね。ならばこれならどうです? 起きろゴブリン……。リビングデッド……」
ゲスノーがそう言うと、死んだゴブリンの霊魂が白い靄となり、辺り一体を白く染め上げていく。
「こ、これは……」
まるで濃霧の中にいるようだ。
モーリーが剣を構えると「さあ、行きますよ?」と、ゲスノーの声が響く。
その瞬間、視界の端に違和感を感じる。
そして、地面に横たわっていたゴブリンの手がバネに弾かれたかのように動くと、モーリーの足首を思い切り掴みにかかる。
――スパンッ!(ゴブリンの亡骸の手を切る音)
動きを察知したモーリーが瞬時にゴブリンの手首を切り落とすと、ゲスノーは不気味な笑みを浮かべる。
「――ほう。屍の動きを察知しましたか……。ですが、まだまだ……」
ゲスノーがそう言うと、倒したはずのゴブリンがおぼつかない様子で立ち上がる。
「なっ⁉︎」
これには、流石のモーリーも驚愕といった表情を浮かべた。
倒したはずのゴブリンの目は虚で、足もおぼつかない。生きていた時より格段に動きは悪くなっている。
しかし、モーリーの目には数瞬後の未来が……。倒したはずのゴブリンに自身が捕らえられる未来が見えていた。
(――拙い。未来が確定して……!)
モーリーのスキル『第六感』は、未来予知に類されるスキル。重大な局面を変える力を持っているものの、効果は限定的で、副次的に極近未来の未来が視えているに過ぎない。
特に未来を変えるべく動いている時の未来は酷く朧気で確定した未来は鮮明に視える。
「起きろ、起きろ、起きろ、起きろ、起きろ……」
ゲスノーがそう呟く度、周囲に漂っていた死霊がゴブリンの骸に宿り、生きる屍として復活していく。
その光景を見て後退るモーリー。
ゲスノーはモーリーに視線を向けると、口元を三日月状にして笑う。
そして「死ねェェェェ!」と叫ぶと、生きる屍と化したゴブリンが一斉に襲い掛かった。
地面からは手が伸び、上下左右には夥しいほどのゴブリンがいる。
(くっ……! これはっ⁉︎)
グラグラ……。(大地が揺れる音)
モーリーが決死の覚悟を決めた瞬間、大地が揺れ、視えていた未来が書き換わる。
グラグラグラグラグラグラグラグラッ!(大地が大きく揺れる音)
グラグラグラグラグラグラグラグラッ!(大地が大きく揺れる音)
「な、なんだ、これはっ⁉︎ 地面が……。地面が揺れている⁉︎」
ピンポイントで地面が隆起し、大地に開いた大きな穴に呑まれ消えていくゴブリンを見て、ゲスノーは驚愕の表情を浮かべる。
「馬鹿な……! こんなことが……。こんなことがあっていいはず……!」
地震の影響により地面に這いつくばるゴブリン。モーリーは、進路を阻むゴブリンを切り捨てると跳躍し、ゲスノーの下へ一気に突き進む。
「うぉおおおおおおおおっ‼︎」
「な、しまっ……⁉︎」
雄叫び声を上げるモーリーと、想定外の事態に慌てふためくゲスノー。
既に未来は確定している。
「こんな……! こんな所でェェェェ⁉︎」
慌てふためきつつも迎撃体制に入ろうとするゲスノー。
モーリーは、確定した未来に沿って刃を滑らせる。
「――ぎっ⁉︎」
首に喰い込む刃。
首に赤い線が走ると、ゲスノーは目を血走らせる。
(な、なにが……⁉︎ 一体なにが起こった⁉︎)
突然発生した地震。
優勢からの劣勢。
――ドサッ! ゴロゴロゴロッ!(ゲスノーの首が落ち、転がる音)
答えが見つからず、混濁したまま教会の中に転がる自身の首。
ゲスノーは胴体を失った頭で考える。
(私は優勢……。優勢だったはずだ……。なのに、なぜ……。なぜェェェェ!)
だが、終わってみればこの通り。
「しぶといな……。まだ、生きているのか……」
様子を見にきたモーリーの呟きに、ゲスノーは笑って答える。
「当然だ……。私も……。化したのだから……。な……。このまま……。終わると思うな……」
「いや、お前はここでお終いだ」
教会のシンボルであるガラスでできた巨大な十字架。
ダモクレスの剣のように吊り下げられた十字架の紐が突然切れると、十字架の先端が吸い込まれるようにゲスノーに向かって落ちていく。
「……(う、うわぁああああああああっ⁉︎)」
首だけどなったゲスノーの声にならない声。
十字架の先端がゲスノーを貫くと、地震の影響も相まって地面に亀裂が走る。
ビシッ……!(地面に亀裂が入る音)
ビシビシッ!(地面の亀裂が広がる音)
教会の下を通る地下洞窟。
地震の影響で緩くなった地盤がゲスノーを奈落の底に落としていく。
ゲスノーの最後を見届けると、モーリーは壁に背を預ける。
「ふーっ……(ゲスノーは倒した。ゲスノーは倒したが……)」
モーリーが視線を向ける先には教会の地下洞窟から這い出るゴブリンの姿が見える。
ゴブリンの生命力は強い。
先ほどの地震はおそらく城塞都市マカロンの守護者。父親にして領主のハードリクトが起こしたもの。
教会の地下洞窟は地震の影響により崩落。
地下洞窟にいたゴブリンの大部分は崩落に巻き込まれた。
しかし、すべてのゴブリンが巻き込まれた訳ではない。
『ゲギャ』『ゲギャゲギャ』
ゲスノーとの戦いにより手負となったモーリーの姿を見て、ゴブリンがゲギャゲギャ笑う。
「これは少しキツイな……。やはり、コリーに付き添ってもらうべきだったか?」
そう呟きながら立ち上がると、モーリーはゴブリンたちに剣を向ける。
『第六感』のスキルは発動中、尋常ではない精神力と体力を削られる。
ゲスノーは強敵だった。それこそ、常時『第六感』を発動させておかなければならないほどに……。
『ゲキャゲキャゲキャゲキャ!!』
手負いのモーリーが剣を構えたことに嘲笑するゴブリン。
ゴブリンに囲まれ目を閉じようとすると、モーリーの目に未来の光景が書き換わる。
「これは……」
それを見てニヤリと笑うモーリー。
「よく来てくれた。ヒナタ君……」
そう呟くと、突然、ゴブリンが苦しみだし、足を滑らせたゴブリンが地下洞窟へと転がり落ちていく。
「『――あなた方の体内に、生のニンニクを創造しました。いかがです? 生のニンニクを10個以上創造された感想は……』」
生のニンニクには、アリシンという強力な殺菌作用を持つ物質が含まれている。その力は、半玉で腸内細菌を死滅させるほどの力。
例えゴブリンといえど、腸内に必要な細菌まで滅菌されてしまえば、当然、体調を崩し、尋常ではない腹痛に襲われる。
神であるテールスが創造した生のニンニクならば、尚のことだ。
モーリーはヒナタに視線を向けると、ホッとした表情を浮かべた。
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