夜桜のペーパーウエイト

 完成したペーパーウエイトを持って早速スイの家へ! といきたかったのだけれど、もう一つやっておきたいことがあって、結局、スイの家にお届けへ行くことができたのは完成してからさらに一週間後だった。

 

 今回もノームさんに精霊の通り道を開いてもらって、スイの家へ直行。本来なら馬車で何日もかかる距離なのに本当にありがたい。

 

 どきどきしながらペーパーウエイトを見せるとスイもカイトさんもすごく喜んでくれた。宝飾師に頼むのだからアクセサリーを期待されていたらどうしよう、と、少し心配はあったのだけれど、予想したとおりカイトさんからは、アクセサリーはあまり身に着けないからこっちの方が嬉しい、と言われてほっと一息。したのも一瞬のこと。


「俺もちゃらちゃらしたもんはつけねぇしな」


 スイの言葉に密かに深呼吸をする。何を隠そう勝負はここからなのだ。ちらりとリシア君とノームさんを見ると二人も目だけでうなずく。

 よし! ここまできたらいくしない!


「あのね!」

「うわぁ! 何? 急に大きな声出すなよ」


 しまった。気合が入りすぎた。落ち着け、私。


「あのね、もう一つはヨシノさんとジアさんにあげたらと思うんだけれど、どうかな?」

「えっ」


 スイが嫌そうな顔をする。でも、スイより先にカイトさんが笑顔でうなずいてくれる。


「もちろん」

「母ちゃん!」

「私たちは一つで十分だろ。……ホタル、スイから聞いたよ。ありがとうね」


 カイトさんの言葉にスイもしぶしぶながらうなずく。

 よし! 第一段階は突破。次いってみよう!

 今度は声の大きさもトーンも気をつけて。できる限りさり気なく、ちょっと散歩でもいきませんか、くらいの感じで。


「じゃ、じゃあ! 今から届けにいきませんかっ!」

「ホタルさん、力みすぎっす!」


 耐えかねたリシア君からつっこみがはいる。

 しまった。声大きいし、しかも最初で噛んだよ、私。あまりの情けなさに心の中でがっくりと膝を床につく。

 そんな私の姿を見てカイトさんがけらけらと笑いだす。


「なるほど。ここにきてから、ずっと怖い顔してるからなんだろうと思ったら、そういうことだったんだね」


 えっ、そんなに険しい顔してた?


「気持ちはありがたいけど、難しいと思うよ。スイを受け入れてくれただけで十分。私はやめておくよ」


 その言葉に私は慌てて首を横にふる。それじゃ意味がない。


「カイトさん、ヨシノさんとジアさんの了承はもらっています。二人はカイトさんさえよければ会いたいって。会って謝りたいって。ね、ノームさん」

「うむ、ホタルの言うとおりだ」

 

 私が声をかけるとノームさんが大きくうなずく。

 もう一つのやっておきたかったこと、それがヨシノさんとジアさんにカイトさんと会ってもらう事。というか、会いたいかを確認することだった。とは言え、私にはエルフの二人に連絡をとる術なんてなくてノームさんに仲立ちをおねがいしていたのだ。結果は言うまでもなく、ヨシノさんもジアさんも是非にと言ってくれた。


「そんな」


 カイトさんの深緑の目が信じられないといいたげに見開かれる。隣のスイも驚いた顔をしている。


「行きましょう。カイトさん。スイとカイトさんの手で渡して欲しいです」

「いいのかな?」

「向こうは会いたいと言っておるんじゃ。いいに決まっておる」


 ノームさんの言葉にスイが先にうなずく。


「行こう。母ちゃん。父ちゃんのふるさと一度見たかったって言ってたじゃん」

「スイ」

「俺がついてるから。ちょっとでも母ちゃんに失礼なこと言ったら、絶対に許さねぇから」


 スイの言葉にカイトさんの目が驚きから、少し眩しそうに細められた。と思ったら。


「ば〜か。あんたに守ってもらうほど老いぼれちゃいないよ」


 そういってカイトさんがスイの頭をぐりぐりとかき混ぜる。そして。


「行きます」


 きっぱりと言うカイトさんにノームさんがうなずく。


「では、道を開くとするかの。みんな我に掴まれ」


 ノームさんの右手に私とリシア君、左手にカイトさんとスイが捕まる。それを確認したノームさんが声をかける。


「ネモ殿、こちらの準備は整った」

「は~い」


 聞き覚えのある気の抜けた返事が聞こえたと思ったのその瞬間。


「えっ、なんだこれ?」


 カイトさんの驚く声とともに視界が歪む。


「今回はちと急ごうかの」


 ノームさんののんびりした声が聞こえたその後に。


「ひえぇ~」


 目の前の景色が渦をまく。目まぐるしく流れていく色の氾濫に目が回る。

 やばい。このままじゃ、酔う。そう思った瞬間。


「ほれ、ついたぞ」

「何、揃いも揃ってへろへろになってんの。情けないんだから」


 私たちは、あの長椅子の部屋に辿りついていたのだった。


 

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