作る責任と覚悟

「ほぅ、こりゃすごい。私も実物を見るのは初めてだよ」


 場所は変わって、ここはマダムの店。マダムが保存瓶に入った桜の花びらをまじまじと見ている。

 帰り際にネモが神木の桜の花びらを分けてくれたのだ。ネモ曰く、どうせ無尽蔵にあるんだから何枚か減っても関係ない、とのことだったけれど、マダムが初めて見るってことはかなり貴重なものなんじゃ。そう思って恐る恐るたずねると。


「そうさね。神木の桜を素材にした宝飾品なら、王族にも献上できるだろうね」


 サラッと告げられたのはとんでもない回答だった。そんな貴重なものもらってよかったのか、と慌てたのだけれど、マダム曰く、くれるというなら問題ないだろうとのことだった。 


 あの後、スイは自分の家へ。私とリシア君はタキの町に帰ってきた。

 精霊の通り道って本当に便利だよね。スイの家にノームさんがいることを伝えたら、ネモがスイの家まで道を開いてくれた。そこから先はノームさんが領主様のお庭へ道を開いてくれて、あっという間にタキの町。

 そうそう。精霊の通り道は入口と出口の了承が必要って話だったでしょ。あれ、自宅に帰るときは例外なのだそうだ。帰りに、領主様のお庭には精霊がいないから無理なんじゃ? ってノームさんに言ったら。


「ふぉふぉふぉ、お庭の植物に我が嫌われるとな?」


 と、言われてしまった。どうやら、自分の住んでいる土地だけは無条件で帰ることができるみたい。

 ちなみにその時のノームさんの目は確実に笑ってなかった。


「ところでその桜石はどうするんだい? 確かに模様は綺麗だけど、アクセサリーにするにはちと難しい石だよ」


 アクセサリーに仕上げるために持ち帰ってきた桜石をみてマダムが私にたずねる。

 

 そうなのだ。桜石はこの桜模様あってこそ。小さく削って桜とわからなくなってしまったら元も子もない。特に今回は満開の夜空のように桜模様が散りばめられている。せっかくならこの雰囲気を残したい。とはいえ、大きくすると重さが出てしまって身につけるのが難しくなる。


「今回はアクセサリーではなく、ペーパーウエイトにしようかと」


 スイはカイトさんに贈るつもりだったわけだけれど、カイトさんはアクセサリーを日常的につけるタイプではなさそうだし。ドーム状に削って、桜の舞う夜空のミニチュアのようなペーパーウエイトにしようと思ったのだ。


「まぁ、無難な線だろうね。サイズ感も手頃だし。二個作れば親子で分けられるしね」


 桜石を見ながら、ふんふん、とうなずくマダム。

 でも、ちょっと違うんだよねぇ。リシア君はいいって言ってくれたけれど、マダムは確実に怒りそうな気がする。あんた、自分の事情がわかっているのかい? って感じで。ここはペーパーウエイトで通そうかなぁ。通信機能があるだけで、ペーパーウエイトであることに嘘はないし。言わない、は、嘘ではないよね。なんて考えていたら。


「で? 何をしようとしているんだい?」


 げっ、マダムの透視能力が発動した。

 いや、本当に。どう考えたって他人の心が読めるとしか思えない。マダムってば、絶対に魔女……。


「吐くならさっさとしな。私は気が短いよ」

「はい! リシア君にお願いして電話にしてもらう予定です! カイトさんとスイではなく、ヨシノさんとジアさん、カイトさんとスイ、で、一つずつにできればと!」


 なぜか直立不動で敬礼ポーズで答えてしまった。一応言っておくけれど、別に元の世界で警察官や自衛官だったわけではない。ただのしがないOLでした。


「はぁ」


 やばい。これは絶対に怒られる!

 深いため息をつくマダムの姿にどこか隠れる場所を探すけれど、そんな場所が都合良く見つかるわけもない。せめてもの準備に歯を食いしばって、両足に力をいれる。


「まぁ、ホタルのことだ。ただのペーパーウエイトを作るとは思わなかったけどね」


 あれ? なんか風向きが違う?


「電話とは考えたね。ハーフエルフとは言ってもスイは人間として生きてきたから、すぐにエルフと連絡をとる術はもってないだろうし。で、リシアは何て言ってるんだい?」


 おっ、これはもしかして怒られなくて済むかも。


「はい! リシア君は構わないって」

「なるほど。じゃあ、問題ないね」


 やった! マダムのお許しももらえた!


「なんて言うとでも思ったかい! このバカ娘! あんたは自分の事情をわかっているのかい!」


 うそでしょ! いいよ、がんばんな、って流れだったじゃん!


「ホタル、聞いているのかい! 大体、リシアは腕はいいがまだガキだろ。ホタル、あんたがしっかりしなくてどうするんだい!」


 はい、おっしゃる通りです。

 そして始まるマダムのお小言の嵐。時計を見損ねたけれど、たっぷり一時間は言われた気がする。


「馬鹿なこと言ってんじゃないよ! 三十分も言ってないよ! 足りないって言うなら」

「あぁ、ごめんなさい! 十分です! 以後気をつけます!」


 ギロリと睨みつける灰色の目に慌てて謝る。ってか、本当に心の声を読むのやめて欲しい。マダムって絶対に……。


「ホタル、学習しない子は嫌いだよ」

「はい! なんでもありません!」


 ひぇ~、恐ろしすぎる。


「で、どうするんだい?」


 再び、灰色の一睨みが発動。

 でも、ここで引き下がるわけにはいかない。折角できたきっかけだ。スイたちとヨシノさんたち、仲直りとまではいかなくても、繋がりくらいは作りたい。


「電話に、します」

「ホタル、自分の事情はわかっているね」

「はい。でも電話じゃないと駄目なんです」

「素性がバレたらどうなるかわからないよ」

「スイたちなら大丈夫です」

「なんで言い切れる? つい最近知り合ったんだろ? バレたらホタルだけじゃない、リシアにセレスタ、ジェード、他にもあんたに関係したみんなに迷惑がかかる。もちろん私もただでは済まないだろうよ」


 マダムの言葉に答えに詰まる。

 そのとおりだ。私だけの問題ではない。でも、それでもやっぱり。


「自分の作るものが誰かの役に立てるなら、私はできる限りのことをしたいんです。……手を抜きたくないんです」


 マダムが私を見て、ふぅ、とため息をつく。

 やばい。今度こそ呆れられた。お店も追い出されるかも。

 部屋に沈黙が流れる。自分の心臓の音が、バクバクというその音が、聞こえた気がした。


「私も仕事に手を抜くやつは嫌いだよ。でも、やると決めたなら、結果も自分で背負うんだ。その覚悟を忘れるんじゃないよ」

「……はい」

「で? どうするんだい?」


 灰色の目が冷たく光る。そこから目を逸らさずに私は答えた。


「作ります。電話のペーパーウエイト」


 私の言葉にマダムは何も言わなかった。


 それから二週間後、出来上がったペーパーウエイトをマダムに見せる。リシア君のお陰で無事に電話としての機能もついた。

 マダムは黙ってペーパーウエイトを四方から眺める。二つとも同じように眺めて、トレイに静かに置く。


「あの……」


 沈黙に耐えかねて私が声をかけるのとマダムが口を開いたのは同時だった。


「悪くない」

「えっ?」


 ペーパーウエイトに目をやったままマダムが続ける。


「脆い部分もあったのに、よくここまで綺麗に磨いたね」


 ペーパーウエイトをそっと撫でるとマダムが私を見る。


「これならうちの商品として問題ないよ」

「マダム」


 それ以上、言葉がでなくて。代わりに涙があふれた。


「こら! いい年して泣くんじゃないよ。全く手間のかかる弟子をもったもんだ」

「マダム。ごめんなさい。もしかしたら迷惑をかけてしまうかも」

「馬鹿なこと言ってんじゃないよ。迷惑ならもうとっくにかけられてるよ」


 その後に続いた言葉で私はとうとう泣き出してしまった。


「あんたが覚悟して決めたことなら、私も背負ってやるよ。それが師匠ってもんだからね」


 こうして夜桜のペーパーウエイトは無事に完成したのだった。


 



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