桜がつなぐ大団円

「すまなかった」


 眩暈のしそうな色の洪水から解放された私たちを出迎えたのは、ヨシノさんの謝罪の言葉だった。その隣でジアさんも頭を下げている。気の抜けた、若干腹の立つような茶々をいれていたネモまでが深々と頭を下げていた。


「顔をあげてください」


 一瞬驚いた顔をしたカイトさんが穏やかに告げる。


「過ぎたことです。それにこうして今お会いできました」


 その言葉にヨシノさん達が顔をあげる。


「スイ」


 カイトさんにうながされてスイがヨシノさんにペーパーウエイトを差し出す。


「これは?」

「この前、父ちゃんの桜の木からできたやつ。桜石っていうんだって。ホタルがきれいにしてくれた。二つできたからさ」

「いや、私たちには受け取る資格は」


 そういってためらうヨシノさんの手にスイが無理矢理ペーパーウエイトをもたせる。

 

「いいよ。母ちゃんがそう言ったんだ」


 その言葉にヨシノさんとジアさんが驚いた顔でカイトさんを見つめる。


「はい。持っていてください。サクラもきっとそう言います」

「ありがとう。きれいだ」

「本当。まるで夜空にふる桜を閉じ込めたようね」


 ヨシノさんとジアさんはペーパーウエイトを見て愛おしそうにそう言った。その姿をみて、カイトさんとスイもうなずく。


「いい仕事するじゃん」


 いつの間にか隣にきていたネモが私にささやく。


「でしょ。でも、これだけじゃないんだな。ね、リシア君」


 私の言葉に一緒にきてくれたリシア君が大きくうなずく。


「えっ? どういうこと?」


 キョトンとした顔をするネモに、それは見てのお楽しみ、とだけ言うと私はスイたちのいる方に近づく。


「さて、そちらのペーパーウエイト。ただのペーパーウエイトではありません。魔法のペーパーウエイトなんです」


 私が急に声をかけてしまったせいもあってスイはもちろん、カイトさんやヨシノさん、ジアさんもキョトンとした顔をしている。

 そりゃそうなるよね。まぁ、ここは実践あるのみ。ごちゃごちゃ説明するより体験しちゃった方が早いでしょ。


「スイとヨシノさんはペーパーウエイトを持って部屋の端と端に離れてもらえますか? 対角線上にお願いします」


 私の言葉にキョトンとした顔のままスイとヨシノさんが部屋の両隅に移動する。


「じゃあ、ここからはリシア君お願い」

「了解っす。スイ、ペーパーウエイトを軽く二度叩いて。軽くだぞ。壊すなよ」

「はぁ? なんだそれ?」


 リシア君の指示にスイが怪訝な声をあげる。


「いいから、さっさとやれよ。次いくぞ」

「えっ、ちょっと待って。ええっと、こんな感じ……って、うわっ! なんだこれ!」


 スイがペーパーウエイトを軽く二回叩いた瞬間、ペーパーウエイトがほんのりと光りだす。スイは素っ頓狂な声をあげたけれど、光自体は月明かりのような柔らかな光だ。と、直後にヨシノさんも驚きの声をあげる。


「どういうことだ! こちらはペーパーウエイトが点滅しているぞ」

「ヨシノさんも同じようにペーパーウエイトを二回叩いてくださいっす」

「えっ? こ、こうかな? おぉ、点滅が終わって光りだしたよ」


 ヨシノさんの手の上のペーパーウエイトがスイのものと同じように柔らかに光りだす。


「うわっ! 何これ! ペーパーウエイトから声がする?」

「なんだ! こっちもスイの声が!」


 二人が同時に驚きの声をあげる。


「よしっ! 成功だね!」


 私の言葉にリシア君も嬉しそうにうなずく。


「じゃあ、二人とも今度はペーパーウエイトを一度だけ軽く叩いてくださいっす」


 リシア君の言葉のとおりにするとペーパーウエイトから光が消える。


「おい! リシア、どういうことだよ!」

「これは一体どうなっているんだね?」


 リシア君に詰め寄るスイとヨシノさん、カイトさんとジアさんも興味津々だ。


「これは電話っす」

「電話?」

「今からちゃんと説明するっすね。と、その前に」


 真剣な顔でリシア君がみんなにたずねる。


「これは誰も知らない魔法っす。これがたくさんの人に知られたらホタルさんの身が危ないんす」


 いや、リシア君、私だけじゃなくてキミも大変なんだってば。


「ホタルさんは俺の大切な人っす。皆さん、この電話のことは他言無用と約束して欲しいっす」


 えっ? ちょっと。どさくさに紛れてなんかすごいこと言ってない? そういうところだよ。誤解をうむのは。


「えっ、何? サラッとのろけ?」

「だな。へたれのくせに」


 ほら、ネモとスイがなんかにやにやしてるじゃん。


「あら、そうだったのね」

「そうなんですよ」

「若いっていいわねぇ」

「ですよねぇ」


 ジアさんとカイトさん、いつの間にか打ち解けてない?


「なるほど、そういうことであれば、このことは決して他言はせんと約束しよう」


 いや、そういうこと、ってどういうことさ。みんなもうんうんうなずいているけれど、誤解だからね。まぁ、黙っていてもらわないと困るのは本当だけれど。


「ありがとうっす。では、説明するっすね」


 待って。説明はとりあえず誤解を解いてからにして。

 そんな私の願いは華麗にスルーされて、リシア君の電話の説明が始まる。みんな食い入るようにリシア君の話を聞いていて、とてもじゃないが私の話を聞いてくれる気配なんて微塵もない。

 仕方ない。後で訂正しよう。私が心の中で盛大なため息をついている間に説明は終わったらしい。みんな、あの小さなペーパーウエイトでどんなに離れていても会話ができることに目を丸くしている。

 

「どう? 聞こえる?」

「はい、聞こえます!」


 今度はジアさんとカイトさんが試している。って、あれ?


「リシア君、今回の電話って誰でも使えるの?」


 前にリシア君が私に作ってくれた電話は、私しか使えないようになっていた。だれでも使えた方が便利だけれど、それはそれで無用心な気が。


「まさか。スイが持っているのはスイとカイトさん、ヨシノさんが持っているのはヨシノさんとジアさんしか使えないっす」

「えっ? 何、じゃあ、使えないじゃん」


 リシア君の言葉にネモが不満の声を上げる。えっ? ネモは関係ないじゃん、なんてリシア君が返してしまったから、ネモが完全にへそを曲げてしまった。


「カイトさん、本当にごめんなさい」

「いえ」

「今更だけれど、家族にしてもらえるかしら」

「もちろん。これがあります。たくさん話しましょう」

「えぇ。こちらにも遊びにいらしてね」

「私たちの家にもぜひ。スイが作ったドライフルーツがあるんです」

「すごい。楽しみだわ」


 キャッキャ言っていたはずのジアさんとカイトさんがいつの間にやら真面目な顔で話している。同じ部屋にいるのだから、電話でなくてもいいのでは? とも思うけれど、電話の方が話しやすいこともあるよね。


「「ありがとう」」


 そんな二人を見ながら、スイとヨシノさんがそう言った。


「いえいえ、お二人もたくさん話してくださいね」

「……いいのか」

「なんのための電話だよ。使わなきゃ意味ねぇじゃん」

「そうだな」


 私の言葉におずおずとスイにたずねるヨシノさん。それに答えるスイ。こっちも大丈夫そうだ。


「さて、では私たちはこの辺で失礼します」

「不具合があればいつでも連絡くださいっす。ノームさんに言ってもらえれば大丈夫っすから。ね?」

「あぁ、構わんよ」


 こうして黒焦げの木片から始まった依頼は無事に解決したのだった。と、思ったのだけれど。


「ちょっと! 俺の分は? スルーするんじゃない!」


 しまった。ネモがむくれている。


「あっ、そうだ! 神木の花びら、あげたよね? あれで俺のも作ってよ。ちゃんとホタルとリシアとも連絡とれるようにしてよね」


 いやいや、何を言ってるの? 花びらはもうマダムに渡しちゃったし。


「じゃあ、俺も欲しい。ホタルたちとも連絡取れたほうが便利だし」

「確かに。ホタルさんとリシアさんには改めてお礼をせねばならんしな。できれば私たちの分もお願いできるかな」

 

 私の困惑を他所にスイとヨシノさんまで乗っかってきた!


「そうね。こんなに素敵なものを作っていただけるなら、他のエルフにも紹介したいわ。あっ、もちろん電話のことは言わないわよ。ペーパーウエイトだけとしてもこんなに綺麗なんですもの」

「だったら、ホタルのお師匠のマダムのアクセサリーも素敵ですよ。植物から作る宝飾師で有名なんです」

「あら、それはぜひ。ホタルさん、いいわよね?」


 だからいつの間に仲良くなったのよ。ジアさんとカイトさんも勝手に意気投合している。


「いや、あの、そういうわけには……」

「神木の花びらなら大丈夫だよ。なくなったらいくらでもあげるって言ったじゃん。なんなら、今持っていく?」  


 いや、問題はそこではない。っていうか、すごい貴重な品なんでしょ? そんな大安売りしていいのか?

 どうやったらわかってもらえるのかと悩んでいたら。


「ふぉふぉ、ホタル、どうやら早々にまたこちらにお邪魔することになりそうじゃの」


 ノームさんが大らかに笑う。


「仕方ないっすね。まぁ、これを期にエルフのお客さんができればラッキーっすよ」


 リシア君、変なところで商売っ気ださないの!


「ホタル、エルフの里にしか咲かぬ花もたくさんある。マダムも喜ぶじゃろうよ」

「そうそう。いくらでも分けてあげるよ。いいですよね、ヨシノ様?」

「もちろんだ」


 あぁ、これはもう引き受けるしかない流れなのね。またマダムに怒られそう。


「リシア君、マダムには一緒に怒られてよね」

「げっ、マジっすか」

「ふぉふぉ、リシア、大変じゃな」

「ノームさんもですよ」

「な、なんと」


 ぼそっと隣のリシア君とノームさんに囁く。なんだか二人が慌てたいるけれど、知〜らないっと。


「では、ご依頼ありがとうございます! できあがったら、改めてうかがいますね!」


 こうして新たな依頼をお土産に今回の件は幕を閉じたのだった。

 

 

 



 


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