再会の朝
翌朝、私たちは最初に来た時に見た長椅子の並んだ部屋にいた。
そうそう、この建物は元の世界でいうところの教会みたいな場所だった。この長椅子の部屋で桜の神木へ祈りを捧げるんだって。ちなみに神木は壁の扉を抜けた先にあったけれど、建物の裏手にあるわけではないそうだ。あくまで壁に扉が現れるだけで、神木があるのは全然違う世界なんだって。異世界のさらに異世界って変な感じだけれど、そういうものらしい。
ネモは建物の管理と神木の世話のために住み込みで働いているそうだ。春の里のメインの集落からはそれなりに離れているから、他のエルフをみかけないだけで、春の里にはかなりの数のエルフが暮らしているとのことだった。
「当たり前でしょ。春の花がどれだけあると思っているの。春の妖精がそんなに少なかったら、世界から春が消えているよ」
昨夜、あの後食事をしながら、ジアさんとネモしか見かけていないけれどエルフってそんなに数が少ないのか、ってたずねたら返ってきた答えがこれだ。さらに言うと花の種類の数だけ妖精はいるそうだ。そして、春の里と同じように夏の里も、秋の里も、冬の里もあるし、四季の里は一つではなく複数あるらしい。
「あのねぇ。世界中の春の妖精が一箇所に集まったら里なんかじゃなくて王国レベルだよ。しかも集まる必要なしい、むしろ効率悪すぎるし」
これまたネモのお返事。あっ、そうそう、ネモさん、と呼んでいたら気持ち悪いからやめてと言われてしまった。なのでここからはネモで。と、ここまで話してもネモが帰ってくる気配はない。
「こんなことなら先に木片をもらっておけばよかったな。そしたら宝飾合成して待っていられたのに」
「いやいや、宝飾合成は暇つぶしではないからね」
長椅子にだらしなく座って背伸びをするスイにつっこみをいれる。なんでこんなことになっているかと言えば、話は三十分ほど前に遡る。
「そうだ。昨日はスイ達をヨシノ様のところに連れて行くって言ったけれど、どうせジア様はこっちにくるんだし、迎えに行くついでヨシノ様も連れてきちゃうね」
「「「えっ?」」」
朝ごはんの席でさらりと言われて私たち三人はそれぞれ食べかけていたパンや、飲みかけていたジュースを吹き出しかけた。
ちなみに朝ごはんはふかふかの白パンに各種ジャム、しゃきしゃき野菜のサラダにコーンポタージュ、苺のフレッシュジュースだった。コーンスープは今回も豆乳。聞いたところによるとエルフは肉や魚の類を食べないそうだ。と言ってもボリュームもたっぷりだし、すごく美味しくて、物足りないなんてことは全然なかった。
「いやいや、ついでって、心の準備もあるし」
私の言葉にスイもリシア君もうなずく。でもそんな私たちをネモが鼻で笑う。
「何か、心の準備、だよ。そんなものできるわけないじゃん。こういうことはちゃちゃっと勢いですませないとね」
そう言うとネモは朝ごはんが終わったら、さっさとジアさん達を迎えに出て行ってしまったのだ。そして、私たちはただいま長椅子の部屋で絶賛お留守番中。
「なぁ、俺なんて言えばいいのかな」
待ちぼうけの私たちだけの部屋にスイの声が響く。その声は心細げで。
「なんでもいいんじゃないかな。別に文句じゃなきゃいけないなんてこともないんだし」
「なんでもって」
スイが不服そうな声をあげたその時だった。
「たっだいま〜」
脳天気な声とともにスイとジアさん、そして、男性が一人、長椅子の部屋に入ってきた。
この人がヨシノさん。
スイも私もリシア君も、誰も口にはださなかったけれど、三人の目はどうしてもその男性に向かった。写真で見たサクラさんと同じく大柄な人だった。ただその顔にはサクラさんのような笑顔はなくて、オールバックにまとめた白髪と顔に刻まれた深い皺が年齢を感じさせた。まぁ、エルフの年齢はわからないんだけれど。
言葉がでてこないスイに黙ったままのネモ。部屋に嫌な沈黙が流れる。
いやいや、ここはネモが仕切ってよ。あんなに脳天気に帰ってきたくせしてここで黙るってどういうことさ。と、ネモを見つめたのにネモは知らん顔。ジアさんも心配そうな顔で見守るだけ。「どうするよ」と目だけでリシア君にたずねるけれど「いやいや、無理っすよ」と言いたげな目で返される。そうよね。私たちが一番何も言えない立ち位置よね。ただヤキモキすることしかできずにいると。
「すまなかった」
沈黙を破ったのはヨシノさんだった。
「サクラのことも。スイ君、キミのことも」
そう言うとヨシノさんが深々と頭を下げる。その姿に驚くスイ。
私も思わずネモに「話したの?」と小声でたずねると「そんなわけないでしょ」とこれまた小声で返事が返ってきた。
「なんで今更。会わないつもりだったんだろ」
スイの言葉にヨシノさんが頭を下げたまま答える。
「謝る権利もないと思っていた。だがネモが迎えに来てくれた時に今しかないと思ったんだ。これを逃したら、もう本当に謝る機会はないだろうと。許して欲しいとは言わない。ただ謝りたかったんだ」
ヨシノさんの言葉からどれくらい間があいただろう。
「顔、あげたら。話しづらいし」
その言葉にヨシノさんが驚いたように顔をあげる。
「許さないし」
「そんな」
続いたスイの言葉にジアさんが思わず声を上げかける。それをヨシノさんが無言で止めた。ジアさんに向かってヨシノさんは無言のまま首を横にふる。
「スイ君、私たちは失礼させていただくよ。神木へはネモに案内してもらうと」
「でも話くらいならしてもいい」
「「えっ」」
スイの言葉にヨシノさんとジアさんが驚きの声をあげる。
「父ちゃんの話も、エルフの話も、興味あるし」
「スイ君」
「まぁ、ハーフエルフが嫌でなければだけど」
そういってそっぽを向くスイにヨシノさんとジアさんが駆け寄る。
「なんて馬鹿なことを! ハーフエルフなんて問題ではないわ! もっと顔を見せてちょうだい!」
「だ〜か〜ら、距離が近いんだよ! ばばあ、離せ!」
早速スイを抱きしめたかと思うと顔をなで回すジアさんにスイが嫌そうな声をあげる。
「サクラそっくりの目だ。ハーフエルフを気にするものもいるが、決して嫌な思いはさせないと約束する」
そう言うヨシノさんはとても優しい目でスイを見つめる。
「まぁ、最近じゃ、人間に興味をもつエルフも増えてるしね」
私たちの隣でスイたちを眺めていたネモが呟く。
「そういえばネモはスイのこと……」
そこまで聞いて、その先なんと言えばいいのか言い淀んでしまった私を見てネモが鼻で笑う。
「別に。だって『普通の』ハーフエルフなんでしょ。ただのガキだし。まぁ、嫌う奴もいるだろうけど、スイ次第なんじゃない。種族なんてごまんといるんだしさ」
「そうだね」
そうだ。エルフとか、人間とか、ハーフエルフとかではなくて、ネモとか、スイとか、私とか、リシア君とか、その人を見るようにすればきっとうまくいく。
「だぁ〜ばばあ、いい加減にしろ!」
「駄目よ。せっかく美人なんだから。あぁ、本当にカイトさんに似てよかったわ」
「こら、ジア。いい加減にしなさい」
気がつけばジアさんがスイの前髪を上げて、花飾りまでしている。嫌がるスイにアタフタするヨシノさん。
微笑ましい光景にちょっとジンときてしまった。やだやだ、年をとると涙腺が弱くなって困る。
「よかったっすね」
「うん」
鼻声でうなずく私の頭をリシア君がまたぽんぽんとたたく。
「あのさ、思いっきりハッピーエンドな気配のところ申し訳ないんだけど、みんな、当初の目的を忘れてない?」
ネモの言葉にその場の全員がハッとする。
「そうだ! 木片!」
私の言葉にネモ以外の全員がうなずく。
「全く。揃いも揃ってポンコツだらけなんだから。他の仕事もあるんだから、さっさと片付けるよ!」
呆れ顔のネモにその場の全員が、は~い、と神妙に返事をするのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます