三度目の正直
「どうだ?」
ネモに扉を開いてもらって神木の根本に置いた保存瓶を確認する。慎重に木片を取り出した私にスイが心配そうにたずねてくる。
「宝飾合成してみないとなんとも」
一見すると何の変化もない木片。残念ながら触っただけでは私には何もわからない。とはいえ、さすがにここで宝飾合成するわけにもいかないだろう。
「ネモ、できればすぐにでも宝飾合成したいのだけれど、さっきの長椅子の部屋か、建物の外で少し場所を借りられないかな?」
「そんな面倒なことしないで、ここでやれば?」
「へっ? いいの?」
予想外の言葉に思わず変な声で聞き返してしまった。だってここって神聖な場所ってやつじゃないの?
「別にいいよ。スペースならいくらでもあるし。台とかいるなら、その辺の岩の上とか使えば?」
驚く私に対してひどくあっさりとネモが答える。指差す先にはちょうどいい高さの岩が。
「ヨシノ様、いいですよね?」
「構わんよ」
ネモの言葉にあっさりとうなずくヨシノ様。
「いや、でも、万が一、神木に何かあったら」
その言葉にヨシノ様よりスイがハッとする。
「あっ、爆発」
「しないよ! 爆発はしないけれどね!」
いい加減、信用してよ。ってか、スイ、さっきは暇つぶしに宝飾合成させようとしていたじゃん。
「はははっ、大丈夫だよ。心配せずにやりなさい」
私の言葉に鷹揚に答えるヨシノ様。
「ばっかじゃないの。神木に傷なんてつけられる奴がいたら、神様だよ。神様」
ネモには笑われてしまった。
なるほど。そういうことね。
「じゃあ、お言葉に甘えてそこの岩でやらせてもらいます」
そういうと私は鞄から石板をとりだす。
魔鉱石を確認して、木片を慎重においたら、両手をかざして深呼吸。
「いきます!」
私の言葉にみんなが固唾をのむ。
意識を木片に集中。木片が白い光に包まれていく。
「これは」
今までよりも段違いに強い力が木片から伝わってくる。これが神木の力。
それになんだかいつもより素材から伝わってくるイメージがクリアで強い。もしかして宝飾合成自体にも神木の力が影響しているのかも。
木片から伝わってくるのは守る力。神聖で、でも温かなこのイメージは、もしかしたらあの石かも。だとしたら、あれが必要なはずなのだけれど、リシア君持ってきているかな。
「ホタルさん!」
リシア君の声にハッとする。うそでしょ。余計なことを考えていたら、白い光がいつになく大きく明るくなっている。まさかこれも神木の力?
「手を離すっす! 宝飾合成は一旦中止」
「大丈夫。いける!」
焦るリシア君の言葉に木片に向けた意識を強める。大丈夫、落ち着け、私。私の気持ちが通じたのか、白い光がだんだんと落ち着いてくる。
そして、石板の上に現れたのは。
「嘘だろ」
やっぱり思ったとおりの石。それを見たスイが落胆の声をあげるのも無理はない。だってそれは。
「なにこれ。石ころじゃん」
そう、ネモの言うとおり。一見するとただの石ころ。大きさは大人の男性の握りこぶしより一回り大きいくらい。宝飾合成でできるにしては少し大きいけれど、この石の場合はこれくらいのサイズがあった方がありがたい。あとは見てのお楽しみ。さてリシア君が道具を持ってきているといいのだけれど。
「おい! ホタル、どういうことだよ! 俺たちの思い出が石ころだっていいたいのか! にやにやしてないで答えろよ!」
しまった! あまりに予想どおりの石ができたから、勝手ににやにやしちゃってた。そうだよね。説明しないと。
「ホタル、俺、お前のこと信じていたのに。やっぱりお前も……」
「スイ、待てよ。ホタルさんはそんな人じゃない。ホタルさん、どういうことなんすか」
「やはりエルフと人間はわかり合うことはできない存在なのか」
「ホタル、がっかりだよ」
待って、待って! スイだけじゃなくて、ヨシノさんもネモまでなんかすごい冷たい目になってない?
「待って! きちんと説明しますから! もちろん、これは石ころなんかじゃありません!」
慌てて言うけれど、スイは口をへの字に曲げたまま。いつもにこやかなジアさんまで眉間に皺が寄ってるし。
「見たほうが早いですね。リシア君、タガネ持ってる?」
説明を諦めた私はリシア君にたずねる。
「タガネって、いつもホタルさんが使っているやつっすか? いや、俺は使わないんで持ってないっすよ。ホタルさん、持ってこなかったんすか?」
しまった。言葉が足りなかった。明らかに戸惑った顔のリシア君が言う私が使っているやつっていうのは彫金用の小さなタガネ。もちろんそれなら持ってきているのだけれど。
「あっ、そうじゃないの。普通のタガネ。この石を割りたいんだ」
「おい! 何考えてるんだよ! 割るなんて」
「スイ、ごめんね。ちょっと黙ってて。リシア君、持ってる? 金槌も借りたいんだけれど」
今にも私に、というか石に、掴みかかりそうなスイにぴしゃりと言い捨てて、リシア君に再度たずねる。スイには悪いけれど、今はいくら説明しても無駄だろう。
「あるっすけど。さすがに割るのは」
「いいから貸して!」
「はっ、はいっす!」
私の剣幕に押されてリシア君が慌てて自分の鞄からタガネと金槌をだす。
「ありがとう」
さすがリシア君。どちらもきちんと手入れがされていて使いやすそう。
「おい! 待てって!」
「リシア君、スイを捕まえておいて」
石に手を伸ばそうとするスイより先に石を掴んで、別の岩の上に置く。石板の上でやったら石板まで割れかねないからね。
「ホタルさん、ちょっと」
遠巻きに見ていたヨシノさんが口を挟んでくるけれど無視。タガネを慎重に石の真ん中にあてる。綺麗に割れるように、私はそのまま一息で金槌を振り下ろした。
バクッ。
鈍い音をたてて石が真っ二つに割れる。
「ホタル! 絶対に許さな」
「スイ、これを見て」
リシア君に羽交い締めにされていたスイに割れた石の断面を見せる。
「えっ……あっ、うわっ!」
「おい! 急に力を抜くな!」
スイが急に大人しくなったことで、スイとスイを抑えてくれていたリシア君が一緒になって倒れ込む。なんかわちゃわちゃ言っているけれど、まぁ、大丈夫でしょ。
「皆さんもどうぞご覧になってください」
スイとリシア君は自力で起き上がってもらうとして、他の人たちにも石の断面を見せる。
「なんとこれは!」
「あぁ、これは!」
驚きの声をあげるヨシノさんとジアさん。ジアさんの目にはうっすら涙まで浮かんでいる。
「すごい! だだの石ころかと思ったら、これって桜じゃん!」
ネモも淡い青紫の目を大きく見開く。
「そう。これは桜石」
「桜石」
ようやく立ち上がったスイが私の手にある石を恐る恐るのぞきこむ。
割った石の断面に桜の花のような模様がいくつも浮かんでいる。黒い石に浮かぶ白銀の花は、さながら満開の夜桜を切り取ったようだ。そして桜石が意味するのは。
「邪悪なものから守る力があると言われている石なんだよ」
そういって桜石をスイに手渡す。
「父ちゃん……」
一言呟いたきり、スイは石を抱きしめて俯いた。微かに肩が震えている。
「サクラは本当にあなたたちを大切に思っていたのね」
そういってジアさんがスイを抱きしめて、その二人の肩にヨシノさんの大きな手が置かれる。
「俺たちは長椅子の部屋で待たせてもらうっすかね」
「うん」
「だねぇ〜」
桜吹雪の中で寄り添う三人を見て、リシア君と私はネモと一緒にその場をそっと後にした。
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