神木の夜
「どうぞ。スイ様とリシア様はこちらの部屋をお使いください」
ジアさんが帰った後、木製の二段ベッドだけの質素な部屋に私たちは通された。どうやら最初にみた長椅子だけの部屋の奥が居住スペースになっているみたい。といってもネモさん以外の気配は全くないけれど。
「ホタル様のお部屋は隣になります。狭くて申し訳ないのですが」
「そんな。こちらこそ急にすみません。なんなら私もここでも構いませんけれど」
「いやいや、それはないっす! ベッド、二つしかないっすよ!」
「いや、床でもいいし。体小さいから大丈夫だよ」
「何言ってんすか! だったら俺が床に寝るっす! 何より未婚の男女が同じ部屋で一晩明かすなんて!」
いやいや、一晩って大袈裟な。しかもこの三人だよ。三十過ぎのおばさんと十代の少年。どう考えても何もないでしょ。リシア君って変なところが律儀というか、古風というか。
「ふふっ、ホタル様を床に寝かせたとしれたら私がジア様に怒られてしまいます。どうか隣の部屋をお使いください」
ほら、リシア君が変なことを言うからネモさんに笑われてしまったじゃないか。って、あれ? 今、スイも少し笑った? なんか苦笑とか呆れに近かった気がするけれど。
ふと考えて私は口を開く。この重苦しい雰囲気はそろそろ限界だし、ここは一か八か。
「ありがとうございます。あの、ホタル様、じゃなくていいですよ。別に普通の人間なんで。ね、リシア君」
お願い。乗っかって。そう願いつつリシア君に話を振る。
「えっ? あっ、あぁ、俺もリシアで。エルフの年齢ってわかんないっすけど、見た目、大して変わんなそうだし。タキの町の普通の道具屋っす」
一瞬驚いた顔をしたけれど、どうやら察してくれたらしい。リシア君も続く。
「えっ?」
淡い青紫の目を見開くネモさん。そのまま私が続ける。
「あっ、それを言うなら私は年上だと思う。なので、ホタルさん、でもいいですよ。『様』でなければホタルでも何でもお好きな呼び方で。ついでに普通の宝飾師です。ほら、スイ、次」
そのままの流れで隣のスイをつつく。自分に回ってくるとは思わなかったのだろう。スイの肩が、ビクッ、と跳ねる。
「こいつはスイで十分。普通のハーフエルフのガキっす。年齢は俺より下。間違いなく『様』なんて柄じゃないっす」
「そうそう。『様』はないよね」
「おい!」
リシア君と私の言葉にスイが思わず抗議の声を上げる。と。
「はははっ!」
目の前のネモさんが耐えかねたように大爆笑しだした。こんな時になんだけれど、本当にお腹を抱えて笑う人っているのね。あっ、この場合は人ではなく、エルフ? まぁ、どっちでもいいけれど。よく見たら目に涙まで浮かべている。とりあえず、さっきまでのクールビューティーが台無しだ。
「あんた達、面白いね! 俺のことはネモでいいよ。ホタルにリシア、それに」
そこでネモは一拍おいて、スッ、と真面目な顔になる。
「スイ、でいいよね?」
淡い青紫の目がじっとスイを見つめる。リシア君と私もスイをじっと見つめる。
「……いいよ。ってか、ホタルもリシアもわざとらし過ぎんだよ。こっちが恥ずかしいわ」
「何よ! この重苦しい雰囲気をなんとかしようと頑張ったのに!」
「そうっす! ってか、スイはリシアさんって呼べよ! お前、年下だろ!」
「はぁ? 拗らせまくったビビリなんて、年上とは認めないね」
「なんだよ、それ!」
「あっ、言っていいんだな! ホタル、こいつねぇ」
「うわ! なんでだよ! 黙れ! 余計なこと言うな!」
「なんでとか、半日も一緒にいれば嫌でも気が付くわ。これで気が付かないなんて、ホタルはどんだけ鈍感なんだよ」
えっ? 私?
若者同士でわちゃわちゃ始めたなぁ~なんて眺めていたら、急に話がこっちにきたけれど、何? しかも鈍感ってどういうことだ! こちとら気遣いの人だって言ってるのに。
「えっと、何の話? っていうか、スイ、なんで機嫌悪かったのよ」
どさくさに紛れて聞いてしまう。あっ俺の話はスルーなんすね、なんてリシア君の呟きが聞こえた気もするけれど、ごめん、今はスイが優先だ。今回、エルフの里、じゃなかった、春の里まで来て、ジアさん達が本当はサクラさん達のことを後悔していることがわかった。スイに会いたいと思っていたことも。最初の目的は木片の生命力の回復だったけれど、折角なら長年の溝も埋めて帰りたいじゃない。そう思ったのだけれど。
「別に」
しまった。タイミングが悪かったか。スイがボソッと言ったきり、また黙りこんでしまう。リシア君も、あ~ぁ、って言いたげな顔をしているし、完全に間違えたっぽい。どうしよう、と次の言葉を探すけれど全然思いつかない。
「ねぇ、話はわからないけれど、もう少し大切にしたらどう? ハーフエルフを『普通の』って言う人間も、こんなにおせっかいをやく人間もそうはいないよ」
「それは」
「彼らの貴重さはスイが一番わかっているはずでしょ」
ネモさんの言葉にスイが俯く。沈黙が流れたのはどのくらいだっただろう。微かな声がスイからもれる。
「……から」
「スイ?」
うまく聞き取れなくて、スイに顔を寄せる。と、スイが、バッ、と顔を上げる。
「だから! あいつらが父ちゃんや母ちゃんの気持ちを全然わかってないからだよ! 勝手に自分たちのことだけ可哀想がりやがって!」
「うわぁ!」
急に顔を上げるし、大きな声を上げるから、びっくりして思わずのけぞってしまった。と、そのまま転びそうになる。
「おっと、ホタル、大丈夫?」
「あっ、ありがとうございます」
受け止めてくれたネモさんにお礼を言う。と。
グイッ。
「えっ?」
「ホタルさん、大丈夫っすか」
「あっ、うん。大丈夫だけれど」
なぜかリシア君に引っ張られた。えっ? ネモさんが助けてくれたから大丈夫だったのだけれど。
「あぁ、これは確かに拗らせているねぇ」
「でしょ」
よくわからないけれど、ネモさんとスイがうなずき合っている。えっ? もしかして意気投合している?
「スイ、君もね」
「うるせぇ」
いや、そうでもないか。ネモさんの言葉にスイが嫌そうな声で返す。
「とりあえず、ごはんにでもしますか。短い話ではなさそうだし、日もとっくに暮れているしね」
「あっ、いつの間に」
窓に目をやるとネモさんの言うとおり外は真っ暗だ。気が付いたら途端におなかも空いてきた。よく考えたら、朝から何も食べてない。
そういう訳でネモさんの言葉に甘えて夜ごはんとなったのだった。
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