春の里の神木

 ジアさんの背中を追ってパステルカラーの道をしばらく歩く。スイが黙り込んだままだから会話も弾まず。自然とまわりに目が行くものの目に入るのは春の花ばかり。きれいなんだけれどね。なぜか他のエルフが見当たらない。


「静かっすね」

「うん」


 こっそりと囁くリシア君の言葉にうなずく。

 里と言うからにはある程度のエルフが住んでいるものと思っていたのだけれど家も見当たらないし、どういうことなんだろ。


「さぁ、ついたわ」


 唐突にかけられたジアさんのことばにハッとする。気がつけば小さな建物の前に立っていた。


「お待ちしていました」


 建物の入り口には一人の青年が待っていた。スラリとした長身に淡い青紫の目。同じ青紫の髪は緩やかな三つ編みにして横に垂らしている。ツンとすましたクールビューティー。髪を束ねているから尖った耳が顕わになっている。どうやら他のエルフもいるにはいるらしい。


「ほぇ〜。やっといかにもなエルフに会えたっすね」

「こら!」


 リシア君の言葉に小声でつっこむ。

 でも確かに花の妖精って言葉がぴったり。声を聞かなければ女性に間違えていたかもしれないくらいの美人さんだ。


「ネモ、お疲れ様。あら、あの人は?」


 どうやら青年の名前はネモさんって言うらしい。ジアさんにたずねられてネモさんは首を横にふる。


「ヨシノ様は自宅に帰られました」

「あら、困ったわ。じゃあ、建物には」

「ご安心ください。鍵は預かっております。やはり自分には会う資格はないとおっしゃられて」

「そうなのね」


 ネモさんの言葉に悲しそうな顔をするジアさんにスイは何も答えないまま。本当にどうしてしまったんだろう。


「あの。ヨシノ様って?」

「あら、言ってなかったわね。ヨシノは私の夫よ」


 微妙な空気に耐えかねてたずねた私にジアさんが答える。

  

「あっ、じゃあ」

「そう。サクラの父親。スイのおじいちゃんよ。スイ、ごめんなさいね。本当は会いたがっていたのよ。でも、やっぱり」


 なるほど。ヨシノさんもジアさんと同じようにサクラさんとカイトさんを追い返してしまったことを気にしているんだろうなぁ。


「ヨシノ様は本当にスイ様なお会いするのを楽しみにしていらしたのですよ」


 ネモさんもそう言ってくれた。それなのに。

 

「別に関係ねぇし」

「スイ!」


 やっと口を開いたかと思ったら、あまりに素っ気ないスイの言葉についとがめるような声がでてしまう。


「俺がきた理由知っているんだろ? 早くしてくれよ」

「スイ、そんな言い方ないっす! せっかく」

「リシアさんとおっしゃったかしら。いいのよ。スイの言うとおりだわ。さぁ、こちらに」


 ジアさんの言葉にネモさんが建物の扉を開く。でも、中にあったのはシンプルな木製の長椅子だけ。


「あの、ここは?」


 あまりに何もない部屋の様子に思わず前を歩くジアさんに声をかける。私たちが来た理由は知っているはずだよね?


「こちらよ。さぁ、ネモ、お願い」


 ジアさんは長椅子の列を抜けて、さらに奥に進む。その先にあるのは壁だけじゃ? と思ったら。


「はい」


 ネモさんがごそごそと首元を探り出す。取り出したのはチェーンに通された一本の鍵。遠目にも古びているとわかるそれを何の変哲もない壁に当てる。


「えっ? 扉?」


 鍵が触れた瞬間、壁だと思っていた場所に扉があらわらる。


「さぁ、行きましょう」


 そういって扉を抜けていくジアさんを慌てて追いかける。と、目の前の光景に私とリシア君は歓声をあげた。


「わぁ〜」

「すごいっす」


 隣のスイも言葉こそないものの、ぽかんと目の前を見つめている。

 そこにあったのは大きな一本の桜の木。幹は一体どのくらいあるのだろう。よく大人が手を繋いで何人分とか言うけれど、そんなレベルではない。そして、見事なのがその花。まるでピンクの雲の中にでも包まれたよう。満開の桜は空を覆い尽くしていて、桜のドームの中に入ってしまったようだ。

 ハラリ、ハラリと風もないのに桜の花びらが宙を舞う。


「守り神です」


 後ろからネモさんが声をかけてくる。


「私たちは春の妖精。そして、ここは春の里と呼ばれています。この桜の木は春の里と私たち春の妖精の守り神。世界の春を守る神木なんです。さぁ、持ってきた木片をこちらに。きっと神木の力なら木片の生命力を引き上げることができるでしょう」


 ネモさんの言葉に私は保存瓶を取り出してスイを見る。と、スイが無言でうなずく。

 保存瓶から出してしまうと小さな木片がどこにいったかわからなくなりそうなので、蓋をあけた状態で神木の根本に置かせてもらう。


「一晩ほどでいいかと思います。明日の朝にまたいらしてください」

「今夜は私たちの家に泊まってちょうだい。いろいろな話を聞かせて」

「俺たちは森で野宿する。明日の朝、同じ場所で」


 スイがジアさんの言葉を遮る。

 えっ? 嘘でしょ? 野宿の準備なんてしてきてないよね。リシア君もスイの突然の野宿宣言に驚いた顔をする。と、そんな私たちをみて察してくれたのだろう。


「まだ春も浅いこの時期。森の夜は冷えます。今夜はこちらにお泊まりください」

「ネモ! スイは私たちと」

「ジア様、お気持ちはわかりますが、スイ様にも時間が必要かと」

「それは……そう、かしらね」


 ネモさんの言葉にジアさんが渋々うなずく。

 

「では戻りましょう。十分なおもてなしはできませんが野宿よりはましでしょう」


 スイもそれ以上は何も言わずに黙ってネモさんの後に続く。スイ、一体どうしてしまったのだろう? 心配だけれど、ここでスイにたずねても答えてはくれないだろう。私とリシア君もだまって神木を後にしたのだった。


 


 

 



 

 


 

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