黄色のモンスター
「会いたかったわ!」
「うぇっ!」
フワリ。
甘いフリージアの香りと一緒に何か黄色の塊が目の前を横切った。と思ったら、さっきまで聞こえていた女性の声とスイの驚く声が重なる。
「えっ! どうしたの?」
「おい! スイ、大丈夫か!」
嘘でしょ! さっきまで隣にいたはずのスイが少し離れたところで黄色の塊に襲われている!
なんで? ここってエルフの里じゃないの? 声の主はどこ! ってか、モンスターなんて聞いてない!
目の前の光景にサーッと血の気が引いていく音を聴いた気がしたけれど、気絶している場合じゃない! ここにいるのはリシア君と私だけ。自分たちで何とかしないと。
「何か武器になりそうなものは?」
あたりを見回すけれど、場違いにほんわかとしたパステルカラーの世界。目に入るのは可愛らしい春の花ばかり。武器になりそうなものなんて何もない。
あぁ、こんなとき、神様が何か特殊能力を私に授けてくれていたら!
「あっ、そうだ!」
私は自分が持ってきた鞄を慌てて探る。特殊能力はないけれど、私にはこれがあった!
取り出したのは透明の石板。壊れたらまずいけれど、スイの命には代えられない。両手でしっかりと握りしめる。
「リシア君、壊れたらごめん」
「うっす。パパラさんには俺も一緒に怒られるっす」
リシア君を見ると彼も仕事道具のレンチを握り締めている。
二人で目を合わせてうなずく。深呼吸して、いち、に、さん!
「だぁ~! 離せ! ばばあ!」
リシア君と一緒に黄色の塊に飛び掛かろうとしたその瞬間。スイが怒鳴り声を上げながら黄色の塊を突き飛ばした。地面に転がる黄色の塊。
「こら! ばばあとか呼ばない!」
「うるせぇ! だったら名乗れ! いきなり撫でまわして気持ち悪ぃんだよ!」
あれ? 黄色の塊から聞き覚えのある声が。それに撫でまわすって何? と、黄色の塊がもぞもぞと動きだす。新たな攻撃か! と思ったら、そこからでてきたのは。
「あら、そういえばそうだったわね。みなさん、こんにちは。私はジア。スイの祖母です。この度は孫がお世話になりました」
まん丸の白い顔に優しく三日月を描く黄色の目。柔らかな黄色の髪は緩やかなお団子にまとめている。とっても可愛らしいお祖母ちゃんが、何事もなかったかのようににっこりと笑いかけていた。
「「は、はぁ」」
その呑気な姿にリシア君と私はその場にへたり込んでしまったのだった。
「ごめんなさいね。嬉しくて、ちょっとはしゃいじゃったわ」
「どこがちょっとだよ!」
場所は変わって、ここはさっきの騒動があった場所から少し離れたところにある東屋。とりあえず一度落ち着いて話をしようということでジアさんが案内してくれた。目の前にはジャスミン茶の入ったカップが置かれている。
「えっと、スイのお祖母様と言う事はサクラさんの」
「母です」
恐る恐るたずねる私ににっこりと答えるジアさん。どうみてもほっこり可愛いおばあちゃん。ずいぶんと人間らしくてちょっと花の妖精には……。
「ってことはあんたも花の妖精なの? 花の妖精ってもっと美形とかじゃねぇの?」
「こら! スイ!」
ストレート過ぎ! なんてこと言うの! へそ曲げられたら困るのはこっちなんだからね!
慌てて止める私をみてジアさんがケラケラと笑う。
「はっきりしたところはカイトさんにそっくりね」
げっ! ほら、怒らせているじゃん〜。にこにこした笑顔が逆に怖いよ〜。って、あれ? おかしくない?
「……なんで母ちゃんのこと知ってるんだよ」
ジアさんの言葉にスイの態度が一気に固くなる。
そうそう。カイトさんの話ではいきなり門前払いだったんだよね? 会うどころかエルフの里すら見られなかったって。だったらジアさんがカイトさんの性格なんて知っているはずはない。
「あっ、それは」
しまった、と言いたげに口元に手をやるジアさん。そんなジアさんをスイが無言で見つめる。
嫌な沈黙が流れること暫し。静けさに耐えかねたようにジアさんがぽつりと口を開いた。
「エルフには人とは違う力がいくつかあってね。その一つに遠くを見聞きする力があるの」
「えっ?」
「あの日、サクラとカイトさんを追い返してしまった後、二人が心配でね」
「ずっと見守っていてくれたんですか?」
私の言葉にジアさんが首を横にふる。
「ずっとではないのよ。私たちは春の妖精。春の花を通してしか見られないの。だから春の間だけ。でも、毎年、春になるとサクラとカイトさんをそっと見守っていたの」
「そうだったんですか」
「そのうちにカイトさんがスイを授かったことを知って。ますます春が楽しみになったわ。まさか実際に会える日がくるなんて思っても見なかったから」
なるほど。だからあのテンションだったわけか。でも、それなら。
「後悔していたなら、なんで仲直りしなかったんすか? こんなに近くにいたのに」
リシア君の言うとおりだ。エルフの里の入り口まで私の足でも歩いて半日弱。すぐに行ける距離なのに。
「距離の問題ではないのよ。入り口はお互いが望まないと開かないの。サクラはきっと私たちを許してはくれなかったでしょうから。サクラとカイトさんを最初に拒んだのは私たち。自業自得だったのよ」
そう言って目を伏せるジアさん。その姿にリシア君と私も黙り込む。
そっか。ノームさんもスイに言っていたものね。拒んだら開かないって。でも残念だな。
「あら、愚痴っぽくなってしまってごめんなさいね。スイ、あなたたちがここに来た理由はわかっているわ。さぁ、行きましょう。あの人も待っているわ」
気分を変えるように、パンパン、と手を叩くとジアさんが立ち上がる。つられるようにリシア君と私も立ち上がるとスイも無言で後に続く。
「スイ、大丈夫?」
さっきから急に黙り込んでしまったスイが心配になって声をかけたのだけれど、スイからの返事はない。そのまま無言でジアさんのあとを追ってしまったスイにリシア君と二人で首を傾げる。
スイ、一体どうしちゃったんだろ?
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