いざエルフの里

「「「それじゃ、いってきま~す」」」


 翌朝、またスイの家に集まったリシア君と私はスイと一緒に森を目指して出発した。見送ってくれるノームさんとカイトさんに大きく手を振りつつも若干疲れ気味な私。


「なんか疲れてない?」


 スイにまで心配されてしまった。


「いや、出かける前にちょっとあってね。でも大丈夫だから」


 そう。昨日の話でエルフの里に行くと決まり、さぁ早速行こう、ってなったのだけれど、さすがに準備が必要だろうとノームさんとカイトさんに止められ。翌朝、つまり今日ね、に出発となったのだ。

 私とリシア君も一旦タキの町に戻ってお互いに準備するはずが、マダムに報告した瞬間にリシア君も呼び出されてマダムの尋問開始。結局、お許しがでたのが夜中だったのだ。それから準備したから、ほぼ徹夜。三十路に徹夜はきつかった。あぁ、太陽が眩しいよぉ。


「ホタルさん、無理しないでくださいっすね」


 ありがとう。リシア君は優しいね。でも、キミも私と一緒でほぼ徹夜のはずだよね? なんでそんなに元気なのさ。あぁ、リシア君の若さも眩しいよぉ。


「しんどかったら言えよな」

「えっ?」


 心の中で散々嘆いていたら、予想外のスイの言葉にびっくりしてしまった。足手まとい、くらいは言われるかと思ったのに。


「別に心配とかじゃねぇから! 怪我とかされたら面倒って話だからな!」


 何それ! 可愛いじゃないか! ツンデレか、これがツンデレってやつなのか!

 慌てて付け加えるスイの顔が若干赤い。それを見てついニヤニヤしてしまう。


「何、ニヤニヤしてんだよ」

「はいはい、ありがとう」

「だから、ホタルのためじゃねぇし」


 そんなことを言いつつ、森の中でもスイは、ここに木がある、とか、そこはぬかるんでいる、とか、ちょいちょい声をかけてくれた。道も多分私が歩きやすい道を選んでくれたのだと思う。歩くのに苦労するような道もなく、お昼前には目的地にすんなり着くことができた。


「さて、問題はここからっすね」


 森の中の少し開けた平地。木漏れ日が暖かくて気持ちはいいけれど、あたりを見回しても見えるのは木々だけ。入口らしきものは何もないし、もちろん、エルフの里はこちら、なんて立て看板もない。


「スイ」

「わかってる」


 スイはうなずくと大きく息を吸う。そして。


「サクラとカイトの息子、スイだ! 力を貸してほしい! 道を開いてくれ!」

「ちょっと、スイ!」


 その言葉に驚いて私はスイの袖をひいた。確かにカイトさんから言われたのは、目的地で大きな声で名乗って道を開いてもらえって話だった。話だったけれど、カイトさんからは自分の名前は出すなと言われていたのだ。ただサクラの息子と名乗れと。それなのに。


「いいんだよ。俺は父ちゃんと母ちゃんの息子だ。母ちゃんの名前をだして道を開いてくれねぇくらいなら、そんな奴ら、こっちから願い下げだ」

「まぁ、それもそうっすね」


 ドヤ顔で言い切るスイに、あっさりと同意するリシア君。いやいや、これでエルフの里に行けなくなったらどうするのよ。

 

「もう、リシア君まで」


 全く。これだから若いって。思わず軽いため息がもれてしまう。


「なんだよ。文句あんのかよ?」

「ホタルさん、スイのこと馬鹿だと思うんすか? 駄目なら他の方法を探せばいいだけっすよ」


 そんな私をスイとリシア君が見つめてくる。私は思わずもう一回り大きなため息をこぼしながら二人に答えた。


「二人とも馬鹿だと思う。……思うけれど、嫌いじゃない」


 あぁ、私も馬鹿だ。でも、これで門前払いされるようなら、きっと力なんて貸してくれない気がする。それに何よりそんな人たちの力なんて借りたくもない。


「ホタルさん、さすがっす! ……あの、じゃあ、帰ったらまずは魔力をあげてみてもいいっすか? ホタルさんに負担がかかるかもなんすけど、まず思いつくのはそこなんすよね」


 おいおい。すでに力を借りられない前提かい。私の体を心配して少し言いづらそうなリシア君の提案に苦笑してしまう。でも。

 

「いいよ〜。いくらでもあげて。耐えてみせようじゃないの!」


 こうなったら乗りかかった船。とことんやってやろうじゃない。こちとら体だけは丈夫なんだから。

 

「ホタルさん、男前っす!」

「任せなさい!」


 おだてるリシア君にふざけてふんぞり返る私。


「お前ら。人間にしては悪くないじゃん」


 リシア君と私のやりとりを見ていたスイがニヤリと笑う。あっ、その笑い方カイトさんにそっくり、ってスイに言おうとしたのだけれど。


「ふふっ、確かに。面白い人間ね」


 急に響いた女性の声にびっくりして辺りを見回す。でも、見えるのはさっきまでと同じ木々ばかり。


「誰だ!」

「スイと言うのね。サクラの息子である証を何かお持ちかしら?」


 相変わらず姿は見えないまま柔らかな声だけが返ってくる。どこからか微かに甘い花の香りが漂ってくるけれど、これはフリージア? でもフリージアなんて咲いていなかったはず。


「この声ってまさか」

「そのまさかじゃないっすか」

「でも、証なんて何も持ってねぇよ」


 姿の見えない声に顔を見合わせる私たち三人。それに証なんて、そんなことカイトさんもノームさんも言ってなかったぞ。


「ないのかよ。秘密の暗号とか、代々伝わる歌とか。物じゃないかもしれないじゃん」

「知らねぇよ。そんなもの」


 リシア君の言葉にスイが苛々した声で言い返す。

 でも、物じゃないかも、って確かにアリかも。何かサクラさんとスイの繋がりがわかりそうなのって。


「あっ!」


 まじまじとスイを眺めてふと気が付く。あるじゃん。サクラさんとスイの共通点。


「これでどう!」


 見えない声にそう言い返すと私はスイの前髪をかきあげた。深緑の前髪に隠れていたサクラさんそっくりの鮮やかなピンクの目が顕わになる。


「!」


 姿は見えないのに確かに息をのむ音が聞こえた。


「本当にサクラの息子なのね。あぁ、よく来てくれたわ」


 その言葉とともに視界がぐにゃりと歪む。

 これはもしかして。


「ようこそ。春の里へ」


 柔らかな声とともに視界に広がったのは、溢れるパステルカラーの世界。ところかしこに春の花が咲き乱れている。

 どうやら私たちはエルフの里に入れてもらえたらしかった。

  

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