作戦開始

「さぁ、もう一度復唱!」

「オ、オジイ様、オバア様、アイタカッタデス」

「棒読み過ぎ! もっと可愛く! あざとく!」


 何度目のダメ出しだろう。私は腰に手を当てて仁王立ちで怒鳴る。目の前にはぐったりした顔のスイ。

 

「ホタルさん、スイに可愛さを求めるのは無理っすよ」


 隣でリシア君が呆れた顔で言う。カイトさんとノームさんはテーブルで何やら難しい顔で話をしていて、こっちを見ることすらしていない。


「ってかさ。向こうも会いたくねぇんじゃねぇの? なんせ俺はきん……」

「ストーップ!」


 何か言いかけたスイの口を両手で塞ぐ。


「それは自分で言っちゃ駄目なやつ!」

「んがぁ?」


 口を塞がれたままのスイから変な声がもれる。


「他人の言葉はどうしようもないけれど、自分の言葉は自分で決められるんだよ。たがら、わざわざ自分で自分を呪うようなことは言わない!」


 私の言葉にスイがもごもごと何か言い返そうとしている。でも口は私が塞いだまま。


「残念でした〜。何を言っているかわかりませ〜ん」

「ふがっ!」

「そして、異論も反論も認めませ〜ん」


 はっはっはっ。年上を舐めるなよ!


「ホタルよ。取り込み中のところ悪いが、ちょっといいかな」

「ふぇっ!」


 スイの口をおさえたまま勝ち誇っていたら、テーブルにいたはずのノームさんに肩を叩かれて変な声がでる。


「ぷはぁっ! おい、ホタル、何、ガキみてぇなことしてんだよ!」

「ホタル『さん』な!」


 しまった。驚いた拍子に手を離してしまった。って、今はそれはいいとして。


「ノームさん、どうしました?」


 無視すんな、とか、俺の話をきけ、とか、スイとリシア君が何やらごちゃごちゃ言っているけれど、それも無視。足元のノームさんに返事をする。


「ふむ。カイトと話をしていたんだがな。エルフの里の入り口があったのは村の裏に広がる森だそうじゃ」

「入り口のそばだったから、この村に住むことにしたんですよね?」

「そうそう。でも今回はあたしは行かないほうがいいと思うんだよね」


 いつのまにかカイトさんも合流して話に加わる。


「えっ? でもカイトさんがいないと場所がわからないですよね?」

「いや、そこはスイに教えるよ。……なぁ、スイ、大丈夫だよな?」


 これまたいつの間にか大人しくなっていたスイとリシア君。カイトさんの言葉にスイがうなずく。


「大丈夫かよ。森で迷子とか嫌だぞ」

「はぁ? 誰に物言ってんだ? こちとら生まれたときから森が遊び場だったんだ。迷子とかありえねぇし」


 リシア君の言葉にスイが噛みつく。


「もう。すぐに喧嘩しない! じゃあ、カイトさんは待っていてもらう感じですかね」

「我も遠慮しよう」

「えっ? ノームさんも?」


 スイを疑う訳ではないけれど、森ならノームさんがいてくれた方が心強い。それに相手はエルフ。人間だけよりノームさんがいた方が信用してくれそうだけれど。


「向こうを下手に刺激したくはない。訪れる人数は少ない方がよかろう」

「それもそうですね。じゃあ、スイと私で」

「俺は行くっす!」


 当たり前だけれどスイは外せないし、私も素材のことを考えるとついて行った方がいい。となると二人かぁ、と思ったんだけれど。

 なぜかリシア君が元気に手をあげる。


「いやいや、リシア君。ノームさんの話を聞いていた?」


 ぶっちゃけリシア君は絶対留守番でしょ。石板の調子は万全だしさ。って言おうとしたのだけれど。 


「一人で行ったらマダムに言うっすよ」

「うっ」


 リシア君にボソリと囁かれて言葉に詰まる。

 そうだ。そうだった。誰か連れて行くのが条件だった。すっかり忘れていたよ。


「俺はホタルさんの相棒っすからね。もちろん連れて行くっすよね。ホタルさん」

「……卑怯者」

「聞こえな〜いっす」


 勝ち誇るリシア君に心の中で膝をつく。


「スイ、三人でもいいかな?」

「別に。どうせまた門前払いだろうし」


 パシッ。

 やる気なく答えたスイの頭をカイトさんが叩く。


「痛っ! なんだよ!」

「あんたがそんな態度じゃ、開く道も開かないでしょうに!」

「はぁ? どういう意味だよ?」


 うんうん。どういうこと?

 スイの言葉に私もうなずく。とノームさんが後を続けた。


「エルフの里の入り口は精霊の通り道と同じなんじゃよ」

「うわぁ、面倒くせぇ」


 えっ? 何? どういうこと?

 スイはノームさんの言葉を聞いて嫌そうな顔をしているけれど、私は全然話が見えてこない。そんな私を見てノームさんが詳しく教えてくれる。


「精霊の通り道は入口と出口の両方が了解しないと開かないのじゃ」

「入口と出口?」

「例えば今日なら、庭側が入口、スイの家が出口じゃ。我とスイが両方で了解したから道が使えたんじゃよ」

「なるほど」

「おい。本当にわかってんのかよ」


 うなずく私にスイが呆れた声をあげる。


「えっ? だから、今回はエルフの里にいるスイのお祖父様かお祖母様と、こっちにいるスイが、入口と出口になるってことでしょ?」


 精霊の通り道と同じなら人間であるリシア君と私は駄目で、ノームさんは行かないから、こっちは必然的にスイしかいない。


「そう。俺なの」

「そうでしょうね。……って、あぁ、そうか」


 スイが嫌そうな顔をした理由がやっとわかった。


「俺が向こうに会いたいと思わないとそもそも駄目ってことかよ」


 嫌そうに言うスイにノームさんが答える。


「そこまで好意的でなくとも大丈夫じゃよ。ただ少なくとも相手を拒絶だけはせんようにな」

「スイ、大丈夫?」


 少なくとも今までの話の中で相手を好意的に捉える要素はなかった。その上、ハーフエルフとして生まれて嫌な思いをしてきた背景もある。

 無理って言っても仕方ないかと思ったのだけれど。


「まぁ、桜の木のためだからな。努力はするよ」


 意外なことにスイの返事は一応は前向きなものだった。


「何、意外そうな顔してんだよ。ここまできたら行くしかねぇだろ」

「うん、そうだね」


 スイの言葉に慌ててうなずく。

 こうして、スイ、リシア君、私の三人でエルフの里を目指すことになったのだった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る